01-005 世界を棄てる覚悟
第14話 【妾は魔女。平伏して、去ね】
「やぁ、私だ。待ちわびたかね、諸君?」
「――ついに登場だ。分かるだろう、この胸の高鳴り。アイツが散々お膳立てして、匂わせて、ここまで待たせておいて、満を持しての登場というわけだ」
「……なに、私が誰か分からないだと? ほう良い度胸だ、普段なら頭を潰して明日飲むための漢方薬にでもしてやるところだが、許してやろう。今日の私は機嫌が良い――エッフェル塔が後方宙返りを決めてしまいそうなぐらいにな」
「そんな君達に豪奢なプレゼントだ。そう、私の本当の名前――【
『――――』
「安い? ちょっと待て、その言い草は無いじゃろう!」
†
「いやぁ、流石におかしいでしょこの状況」
というのも、彼は数日前にルルナリィ・マクロック・スティーンに刃物で肩を刺されて以来、こうして病院の最上階にある、ワケ有り患者専用の病室でひとり入院中の身であるのだが、数時間前から病院内に他の人間の気配が一切しなくなったのだ。
最後に
トイレ以外は部屋から出るなと樋場莉玖から厳命されて、殊勝に従おうとしてた訳扇だったが、流石にこれは僕も抜け出した方がいいのでは? と思い始めていた矢先。
遠くの方から地鳴りがした。正確には、地鳴りではなく龍の嘶きなのだが、それを訳扇が知るのはもう少し後になる。
「これ、は――」
その腹を突くような音に、訳扇も背筋に悪寒が走ったようで、側に置いてあったものを何点かリュックに詰めると、慌てて走り出そうとする。
「――待て、青年」
「……え?」
訳扇は、病室の扉に手を掛けたまま、事態の飲み込めなさに硬直した。それもそのはず、その声は訳扇がいままでずっと一人で居たはずの病室の中から聞こえてきたのだ。
「ここから一階の出入り口まで走って一分半。そこから被害予測領域外に出るまで一分半、併せて三分じゃ。
その姿は――病室の窓際で、地鳴りのした方角を見つめていた。
開いた窓から吹く、季節に似合わないほどに冷たい風が、それの衣服をはためかせる。すねまで隠れた紺色のスカート、同じ色味のセーラー服。首元のスカーフは――血のような紅色だった。
「と、いうことは僕は――」
女子高生がなぜここに――という疑問が訳扇の中に沸くことはなかった。
誰も入ってこない病院の八階に突然現れた女子高生が、普通であるはずがない。
「お主の程度では、ここで犬死にするのが関の山じゃな」
「……それでは、あなたが居たら、どうなるんですか?」
訳扇がそう聞いた瞬間。窓から入ってくる冷たい風が、勢いを増した。
それは突風を通り越し、台風のような勢いとなって窓枠をガタガタと揺らし始めた。
「危な――」
訳扇が声をかけようとしたと同時に、その女生徒は右手の指をパチンと鳴らした。その音を合図にするかのように、病院全体からズシンという音が響き渡る。
「うわっぷ」
訳扇変な声が出てしまう。風は既に自分たちを吹き飛ばさん勢いだったが、既に彼女の身を案ずる必要は無かった。
病室の窓枠はおろか、天井すらも、鋭利な刃物で切り裂かれたかのように、きれいに消し飛んでいた。
「無論、この場のお主の命は
ふう、と一息つく。
「妾は
ヒンメルストレッペは、そう言ってようやくふり返った。
名前の割には、黒々として艶のある髪、目鼻立ちははっきりとしていて、その瞳は黄金色だった。
「第一波は防げるが、本気で来られたらどうなるか分からん。次がいつ来るか分からんから、今すぐに中央に居る樋場と合流しろ! 大丈夫だ、
「は、はい」
訳扇はそう言うと、倒れたドアに足をかけて、ふり返った。
「そういえば、魔女さん」
「何じゃ。三秒なら聞く」
「――――――――――」
†
誰も居なくなった病室で、さいあくの魔女は遠くに居るはずの龍を睨み付けた。
「神を気取ったゴミとは、言葉遊びをもっと勉強すべきだな、リュケス・パルパ・ラクラ」
その左の掌には、燈赤色に輝く、野球ボール程度の火の玉が浮いていた。
「そして、あのストリーム・ライン……樋場め、地盤固めに精を出した甲斐があったようじゃな」
そして、足下に無数にばらまかれたのは、数十挺の自動拳銃と、大小様々な長さのナイフだった。
龍の甲高い嘶きが聞こえた。瞬間、青白い一筋の線が、彼方の方角からカノジョの居る方目がけて、凄まじい早さで伸びてくる。
それは、彼女の立つ病院から数十メートル先に存在する、見えない壁を一撃で突き破った。
「所詮は
魔女は、振りかぶる仕草から火の玉を放り投げた。彼女のその一撃は、延びてくる一筋の線――龍の放った冷凍光線に真っ向から衝突すると、線を巻き取って、やがて青紫色をしたカーテンのような形となって、発散した。
「(しかし、糸里め。相変わらず光楔の編み方が甘い……ん?)」
壁は先ほど、鋤島糸里が作戦区域内の一般人流入を防ぐ為に作ったものだったが、それはこの事態に対して何の意味も成していなかったことになる。
しかしその壁破壊に呼応するかのように、今度は魔女の更に背後の方で、光楔が地面に建つ音がした。
「(なるほど、二重壁。一枚目の壁は壊されることを織り込み済みか)」
――となると、二枚目の壁の強度はそれなりにあると見ていいな、と魔女は勝手に納得する。
「隙など与えるものか」
その両手には、黒色の拳銃が握られていた。
「妾は神にあらず。然れど人にあらず。名前は無く、本流は模倣に依りて立つ悪魔也」
彼女は引き金を引く。瞬間、戦車が大砲を撃ったときのような衝撃と爆音が、病院の床を揺らした。
「我は人より名を賜った災厄の魔女・イメルストレフ。平伏して、去ね」
拳銃は一瞬にして鉄屑に成り果てる。
そうして魔女は、自らの存在を誇示する。
†
「あれは……!」
全身血塗れ(原因は自分)の神在月泉が、空を見上げながら言う。
「いやー、本当に来やがった。すげぇな樋場……あれはジョーカーだぜ」
パチパチと空拍手をしながらやって来たその男の姿に、また泉は目を見張る。
「
その言葉に、夜木はすこしだけ考え込むような仕草をしてから、
「野暮用」とだけ応えた。
「ちなみに、
「存じていますわ。だから、これはもうこれっきり。
「ま、キミがそうカッカせんでも、ああいうのは誰かがなんとかするさ。血に濡らすのは、顔だけにしとけよ」
********
「はい、唐突に始まりました、魔女のお節介コーナー! ヤッホー、ドンドンパフパフ!」
「はい。というわけでね、妾ことさいあくの魔女がこうやって出てきてしまったので、もはや水を得た魚と言うことで、好き放題暴れさせて頂くわけじゃ!」
「まずは読者の疑問に答えてやろうかのう。ま、聞かれてなくても勝手に秘密暴露しちゃおうっと」
投稿者:女学生の四女
内容:時々、神在月泉が樋場莉玖に向かって「リュケス」って呼びかけてるんですが、あれは何ですか?
「これは本名じゃな。樋場莉玖、もといトーパーリークは王位を示す名前なのじゃ。本名はリュケス・パルパ・ラクラ、さっき妾も言っていたであろう」
ちなみに、女性王位は「トープ」+「ア」+「本名の一部」が王位の名前になるぞ。トープ・ア・リュケスでトーパーリークということじゃな。ちなみに作者曰く名前決めた後に全部後付けしただけらしいが。
ちなみに男性王の場合は「トーブ」で、何故か濁る。ま、どうでもいいことじゃが。
次いこう次。
投稿者:謎の一般薬剤師
内容:お話の小題は本編中のセリフを切り取っているのかと思われますが(注釈・今回の場合は"妾は魔女。平伏して、去ね"のこと)、このカギ括弧の形が異なっているのは誤植ですか? 意図的ですか?
「はい良い質問! 妾が大学教授だったら優以上はあげちゃうな! あ、分かんないお子さん達はお父さんお母さんに聞くか頑張って勉強して立派な大学に入学するんだゾ☆」
「で、この答えなんですけど、明確に分かれておるな。せっかくなので、セリフを発した人物と、その言葉がどちらのカギ括弧になっているかを挙げてみたぞ。所要時間なんと五分。これ給与なしとか時代錯誤じゃろ。イマドキ、残業は五分から計算じゃぞ」
通常カギ括弧:樋場莉玖、訳扇敬(2,5,6,8,12話)
二重カギ括弧:メーヤ、雁ヶ屋巧、ルルナリィ・マクロック・スティーン、鋤島糸里、神在月泉(1,3,4,7,9,13話)
「まぁ、あるなしクイズにしてはちょっと情報が偏りすぎてる気がするんじゃが……言えるヒントとすれば『**側と**側』じゃろうか……」
「ああ、検閲入りやがった、クソ! しかもわざと誤解を生むようにモザイクを張りおった! どちらも漢字一文字で済むかもしれんのに!」
「は? もう終わり? ちょっと待てや妾の出番まだ終わってないし、これで一旦中断って作者妾のこと馬鹿にしてない? ジャンプなら特大号で八十ページぐらい掲載するべき見せ場なん
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