第09話 『この世界じゃゴミみたいな称号だ』
『ウソだ』
あの時、この国の言葉が口を吐いて出た。それは、どんな生を受けようとも、どんな***を受けようとも、この身に刻まれた本能だけは塗り替えることが出来なかったという事の証左でもあった。
今一度、彼はこの言葉を口にする。
「ウソだ」
驚嘆が、感激が、こうして呪詛にもなる。実に便利だ、と彼は感慨すら覚える。
「もういらないよ、この世界は。僕が帰ってくるべきは、ここじゃなかった」
どうやっても評価されなかった。足下を見られ続けた。手前勝手な理屈を並べ立てて、自分の都合の良いようにするなと、鏡を見たことの無いような物言いをされた事もあった。
だから自分がこの世を去ったのだと知った瞬間、これは好機だということも理解出来ていた。
生死を超越して、神の眼に触れて。記憶は無いが、証拠はここにある。
「結局いつまで経っても、この国は腐ったまんまだってことだ。だったらもう、全部ぶっ壊させて貰うよ。次また来るときに、もうちょいマシになってくれてりゃ、それでいいからサ」
だから彼は、この世を飾り付ける。
「――
群青色のアスファルト、鈍色のコンクリートジャングルに、赤い波紋が広がっていく。血溜まりの中に彼は一人立ち尽くし、嗤う。
――こっちの方が、ずっと僕好みだ。
†
「何で二重に?」
「今は考えなくていい。切り札は、切らせない事こそが至上命題だ」
†
「我々の正義を述べるとしよう」
そうして王は、ようやく毒を吐いた。
「キミは多くの人間を、あまりにも軽い方法で手に掛けた。私怨、衝動、その他の怨恨、色々な動機があるが、キミのソレは何れにも属さない」
「キミは誰かのために戦ったことがあるか?」
「切欠の話じゃない。もしキミのキッカケがそうだったとしても、今のソレは目的から大きく逸れている」
「ママゴトだよ、お前のそれは」
「習い、性となるというヤツだ。お前のそのクセを、施設に押し込んで直すような事は既に諦めている」
「だから、ここで潔く死ね」
†
硝煙の臭いが立ち込める町中を、一筋の影があみだくじのように、不規則に逸れながら迸る。その影こそが、樋場莉玖の求むる、ルルナリィ・マクロック・スティーン本人であることに他ならない。
その彼女の目的はただ一つ、桐生芽衣に出会い、決着をつけること。そのためであればたとえ火の中水の中、このように普段からあまり物事を深く考えない質である彼女でさえも何となく察せてしまうほどの罠だと分かっていたとしても飛び込まずにはいられないほど、彼女にとってその存在は異質であり、脅威だったのだ。
ルルナリィは、行く手を塞ぐ黒スーツ姿の男達の腹部を蹴り、五メートル以上吹き飛ばす。
銃弾はかき消せる。被弾しても傷跡ごと消し去れる。ルルナリィはフルフェイス・ヘルメットで頭部を隠すことで、その弱点を何とかカバーしている状態であった。
「見えたぞ!」
その声に彼女が振り向く。眼前十数メートル先で、自動小銃を構えた男達が十人程。それが、一斉に火を放つと同時に、その躰は発砲元の人塊へと向けて跳躍している。
「んなッ」
バースト射撃一回分を撃ちきる前に、男達は四方八方に吹き飛ばされていく。
「き、貴様――」
残った一人が、すっかり腰の抜けた様子で、震えた銃口を彼女の首筋に向けている。
ルルナリィはその男に音も無く近づき、その銃身に触れる。すると、まるで魔法のように、先ほどまであった獲物は残滓すら見せずに完全消滅する。
「いいや。お前はミセシメだ」
彼女はヘルメットのフェイスを上げ、男の着ている服の襟を引っ掴んで軽々と持ち上げる。
「こーやって安易に犠牲を増やしたくなかったら、大人しくこんな作戦は中止しろ、って意味での、な」
そう言うと、腰を少し屈めてから真上に投げ飛ばした。その体は、ロケットのように勢いよく、高く高く天へと登っていく。
「こりゃあ最高記録だな」
ルルナリィの能力――十二世界完全は、現実に存在する物体に留まらず、目に見えない概念的な物量に対しても適用されうる。ここで彼女は、男の体重――重量を消したのだ。ただし、常に働き続ける概念に対して、その消去効果は一時的なモノでしかなく、すぐに元通りの物理法則が働き続けるようになる。
やがてビルよりも高い空の上から全員に響き渡る断末魔の叫びと共に、ぐしゃり、と。かつて人間であったはずの赤黒い塊が形成される――はずだった。
「――
「――
「
彼女の目の前でその声が過ぎると、強いフラッシュが炊かれたように見えた。光は音となって、さらに遅れて衝撃波となってその場をビリビリと揺らす。
「
まるでそれは太陽が落ちてきたかのような閃光だった。
――あんなものをいきなり焚きつけられたら、失明しかねない。そう思った彼女は、自身が吹き飛ばした男達と同じ位置まで大きく後退させられていた。
そして先ほど宙を舞った部隊員は――かすり傷だけを負って、とある男の前に横たわっていた。
その一瞬で起きた光景を全て理解するのは、彼女でなくても無理だっただろう。
「おーッす」
灰色のスーツに身を包み、紺色に一筋の青い線の入ったネクタイを着けた、けだるい表情の男。それが、青色のラベルが付いた缶コーヒーに口を付けながら、彼女の元へ一歩だけ近寄る。
「なに、あんた」
当然ながら、その声には怒気が籠もっていた。
「――邪魔する気?」
指先をわきわきとさせるその様子に、男は右手をパーに開いて、まぁ待て待てと落ち着かせようとする。
「おいおい、平和に行こうや? 俺はさしずめ貧乏くじなワケだ、って事はここはお互い、ローコストな振る舞いが吉だと思うぜ?」
「じゃあ、
ルルナリィは強く地面を蹴る。獣が獲物に対して一瞬で肉薄する時のような俊敏さで以て、鶏を割く事を厭わない。
だが男は驚きもせず、その顔が触れあう寸前まで、ただ笑っていた。
「――『
瞬間、物体が何かにぶつかる音が、世界をほんの少しだけ揺るがす。
「この世界で暮らすための大事な知恵を教えてやる――人の話はきちんと聞く事だ」
「……あァ?」
二人の間の見えぬ壁によって、獣の牙は届かなかった。その、触れたもの全てを消し飛ばす獲物ですらも、その壁を全て砕くことは出来なかった。
「――とは言え。キミみたいなバ――ああ、えっと――衝動で動くヤツ、もっと政府は大事にしてもいいと思うんだがなぁ。人間、若さってのは一番の財産だよ。思いのままに生きずして何とする、ってな」
そのまま、彼は彼女を壁の向こうに追いやったまま、二、三歩後ずさりする。
「それに引き替え、オジサンはもうダメだ、これが終わったら整体の予約を入れなきゃ、明日の仕事すらままならねえ」
その男の顔には、その愚痴っぷりとは異なり、薄らとした笑みが貼り付けられていた。
「知らないモノは消せないんだな」
「……!」
透明な結晶体は、彼女が手を放すと煙のように消え失せる。
「オジサン、ただ者じゃないんだね」
男は缶コーヒーをくいっと呷ると、彼女の右後ろに設置された、くずかごに投げ入れる。
「おう、一般人じゃあないとは思うぜ」
空き缶同士がぶつかった時の、乾いた音が空虚を裂く。
「第六位『
そうして、鋤島糸里が右手の指をパチンと鳴らすと、すぐに事態は動き出した。
†
地面が大きく揺れる。視界の向こうに、一瞬だけ鏡のような光の反射模様が現れる。その薄く張られた壁は、作戦地域一帯を取り囲むように造られていく。鋤島糸里の能力で作られる『光の柱』を、広大な範囲に適用させたものだった。
風の強いビルの屋上から、下界を舐めるように見ていた樋場の側に、シャッポを被った背の高い男がゆっくりとやって来る。
「おいおい樋場、危ないじゃねえかよ。あと五分到着が遅かったら、締め出されてたじゃねえか」
「はい。なので、開始時間を貴方だけには二時間半遅く伝えさせていただきました」
「あー、そういう事ね……って納得すると思ってんのかよ。性格の悪さ・ワールド・チャンピオンシップでも狙ってんのか?」
その言葉を聞いても樋場はまったく悪びれない。澄ました顔で遠くを見ながら、風に靡いた髪を直していた。
「自分が世界一である事は、他者に評価されるまでもないことです」
「そんな事は、お前を見れば生まれたての赤ん坊でも分かる。大事なのはそんな事じゃない、この現状だ。どう見ても、人間一人捕らえるための体勢じゃ無いだろ?」
時点、前衛部隊十二分隊のうち五部隊が崩壊していた。だが、この奥――ルルナリィから見て、トーパーリーク側――には、ラキス・ルヴェントや神在月泉、蘭堂仟ほかが主体となる大部隊が二十は待機しており、他の『協会』が目にしたら、国家間戦争の予兆と見紛う程の緊急招集が掛けられていた。
「俺が見た限りじゃ、あの『切札』だけじゃなく、お前のような『王』、天使、和製の吸血鬼まで……一体どこから雇用したんだ、あんなの? なぁ、言えよ腹黒女。お前は何を考えてやがる?」
二人は視線を交わす。
方や破顔、方や引き笑い。ややあって、樋場が応える。
「恒久平和ですよ、ミスター・
聞いた俺が悪かったよ、と男は至極つまらなさそうな顔で帽子を直した。
†
『ヒマじゃない?』
『はい。あとすんげー眠いっす』
『また樋場さんにしごかれたんでしょ?』
『はい。例のお気に入りさんの所に行ってきました。すんげー、何考えてるか分かんない人でしたけど。樋場さんはアレの何処がお気に入りなんすかね?』
『さぁ――てね。一体どういう――』
『オイ、緊急通信回線を私用に使うな。今、外部連絡が入った、個別認識外反応が二体出てきた。北部の第八隊と十二隊は緊急で中央部隊に合流しろ』
『それって――』
『そうだ。オペレーション・Bの開始地点を作戦領域北部に指定する。神在月、追儺を呼んで例の準備をしろ』
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