第09.99999話 Many fragments

 話を整理しようか。

 本日は六月三十日。天候は晴れ、湿度は七七パーセント。

 場所は日本。こちら側で言う所の『極東第二支部』。ちなみに、極東第一支部は君たちの知る中国の辺りにあるぞ。

 私の名前は樋場莉玖といばりく。前に居た世界ではトーパーリークという呼ばれ方をしていたな。これは王としての名前であるからにして、本名ではないのであるが……む、そんな事は分かっているからそれを教えろと? ――恥ずかしいからダメだ。……違うぞ、どこぞの『空気を読まない奴ら』は、私をからかうつもりでそう呼び付けているだけだ。

 この世界には、割と昔から居る。……年齢? 日が昇って沈むことを一日、それが三百六十五回繰り返すことを一年と呼ぶ、君たちの考え方は非常に独特だな。その計算で言えば、四百六十三歳と九ヶ月だ。これでご満足頂けたかな。

 さて、既に詳らかであるが、私が持ち合わせる異能は『天空全殺ブラストアーク』、履行契約内容は『物理的な絶対切断』。つまり、目で見える範囲であれば何処でも瞬く間に両断可能だ……が、ご覧の通り、こちらに来てからはあまり視力が良くなくてな。昔ほど乱発も出来ないので、襲うのは止してほしいものだ。

 弱点をさらけ出すのはあまり良くないが、この程度なら誰もが一目で分かってしまう内容だから、問題ないだろう。視力もそうだが、こうして杖がないと、歩くのも覚束ない。走ろうと思ったら……車椅子でもない限り、厳しいだろうな。

 ――今話せるのがこの程度で申し訳無いが、私については分かってくれたかな? それではの話に移ろう。

 時々主人公面をしているあの青年は、訳扇敬やこうぎたかしだ。身長は百六十八センチ、私と同じぐらいか。体重は知らん。高校二年生だが、同年代であそこまで肝の据わったヤツは居ないだろう。そもそもあんな平々凡々そうな見た目の青年がここまで『協会』――異能を管理する団体、私はそこの大主任だ――のビジネスに踏み込んでくること自体が、この三十年の中で異常な事態なのだが。

 何でそんなことになったかと言えば、例の桐生芽衣を拾ってきた事と、アイツが彼女の責任者を気取っている事が大きい。

 そして話題はその桐生芽衣の話になる。

 桐生芽衣きりゅうめい、推定十五歳。とは言え、この世界の一般的な十五歳と比べたらずっと身体のつくりが異なっている。身のこなしだけならば、まさに大人顔負けと言ったところだろう。持ち合わせている異能は『二手読みオ・ジート』もとい『引く標縄サンクヘブン』。どんな相手でも、二手先を読んで行動できる、『未来を見通す能力』と『分岐世界を覗く能力』を持ち合わせた、素晴らしい能力だと私は評価している。

 ともあれ、その性質的には暗殺者のような側面が強く、敵と認識した相手は徹底的に抹殺するが、それ以外だと油の抜けたロボットのようになってしまうのが短所であり長所と言える。

 敵にすると最悪だが、味方だとこの上なく頼もしい性質を買った私は、普段から護身用にこのオフィスに呼んで、雑用を任せている。

 寝床? レディの居場所を聞こうとは良い度胸だ、後でオフィスに寄るがいい、丁重にもてなしてやる。

 ……さて、オフィスの話が出たな。私は普段、郊外にある築二十年程の小さなビルの中にオフィスを構えている。本当は街の中にも『協会』のマイデスクがあるのだが、どうもあそこに居ると仕事に忙殺されているような気がして、非ッ常に息苦しいので、必要な書類がある時以外は寄らないようにしているのだ。

 無論、身を危険に晒している事は承知の上だ。だから桐生芽衣を住まわせているし、普段から『悪意を以て接近する人間が近づかないように』人払いを行っている。仕組みは……ナイショだ。

 

 まず、いま倒すべき敵について話そうか。

 この、パーカーに金髪、真っ青な瞳の女がシェンズ……あ、いやいや――ルルナリィ・マクロック・スティーンという。年齢は十四歳、身長は百四十センチ前半。

 持ち合わせる異能力は『十二世界完全ブランク・エンド』、掌で触れた物質を問答無用で消し去るというものだ。しかしお察しの通り、訳扇は彼女の手を握ったことがある。つまりこれは、無条件発動という能力ではなさそうだ。……すまんな、彼女の能力についてはまだ研究段階なので、確信を持って発信出来る材料が少ないのだ。

 ただ、こいつが本気で『存在』を消すと、ことが確認出来ている。これは恐ろしい事態だ。殺人事件は、死体があるから成り立つのに、これでは事件にすらならないのだからな。それに我々が気付いたのもここ数ヶ月の話だから、一体それまでにこの世界で何人が消されたのかについては、もはや把握しようがない。

 それを含め、我々の職員も何人かが彼女に手に掛かって『抹消』されている事実は、到底看過出来ない。そのため、今回こうやって大規模捕縛作戦を打ち出したのだ。

 幸い、ルルナリィ自身は自分の行動を目撃した人間を須く消し去るポリシーがあるようで、それを桐生芽衣が破ってしまった(目撃したのに生き残ってしまった)。彼女は現在そのメーヤにご執心なわけだから、状態で言えば必ず食いついてくれる鯛といった所だろうか。

 だから、都心の中から人間を追い払い、その中で彼女を囲い込み、能力を無効化して、捕縛する。『手』が使えると、如何なる拘束も通用しないからな。

 この中で、既に名前が出ていて、この作戦に参加している奴らについては改めて紹介しておこう。

 まずはラキス・ルヴェント。桐生芽衣がルルナリィと最初に対峙したときに出てきた奴だ。身長は一四九センチ。年齢は二十三歳。上は肩ぐらいまで伸ばしていて、中性的な見た目の騎士だ。武器は西洋刀だが、これが特別製らしく、代替が利かないと言っている。魔法については知見があるようだが、彼のバトルスタイルに、魔法は一切取り入れられていない。何があったか聞こうとすると、口ごもって何処かへ行ってしまうので、きっと何かのトラウマを抱えているのだろう。第三班のリーダーだが、今のところは特に動きが無く、ヒマなようだ。騎士ならばロマンスっぽく、守るべき姫の一人や二人、居ても良いだろうに。

 次が神在月泉。年齢は二十一歳。赤髪の長髪を靡かせながら、マイペースな発言を繰り返す変人だ。昔はどこぞの秘密結社に居たと宣っているが、あの明け透けな様子で秘密を守れるのか、不安で仕方がない。能力はまだ明かされていないが、運転や機械類の取り扱いが得意、と言い張っている。あの自動車運転技術の前では、君たちの信頼度もマイナス振り切りだろうが。

 そして、その神在月と一緒にやってきたのが追儺幸。身長は一四〇センチ。茶色のショートヘアーで、子リスみたいにちょろちょろ動き回るが、言動は神在月よりスローペースで、自己中心的だ。こいつは彼女とは別の秘密結社に居て、元の世界ではライバル関係だったらしいが、現在は呉越同舟ということで共存している。家も一緒らしいが、仲が良すぎるのではないか。能力は、『オアシスの魔猫ロルサ・イランテ』。特定の場所に人を集めたり、逆に遠ざけたり出来る。私の事務所の人払いも、彼女に依存している。

 目下、ルルナリィと対峙しているのが、この鋤島糸里。年齢二十八歳、職業は警察官だが、『協会』側の人間だ。

 能力は『革命の一撃アップ・マイ・スリーブ』、光の柱を発生させるだけだが……この光の柱が恐ろしく使い勝手が良い。本体がそれなりの強度を持ち、更に柱同士を接触させると強烈な光を放って崩壊する。そして、この光の柱は発生させるときに『底面積』と『高さ(長さ)』を必要とするのだが、この値を『虚数』にすると、なんとこれが君たちの言うところの『ブラックホール』になってしまう。発生は一瞬だがね。効果? 君たちが知っての通りさ。

 ……さて、作戦には主体的にではないが、一応名を連ねている彼も紹介しておかねばなるまい。

 雁ヶ屋匠。年は不明だが、見た目は二十五歳ぐらいだ。身長一八〇センチ、髪は黒で、肌は浅黒い。

 その能力については研究中で、協会こちらに属する気もないようだが、この作戦には賛同してくれている。傭兵扱いといった所だ。

 暫定では、『何度でもその場で復活可能な人間』という認識でまとまっている。ナイフで心臓を貫かれようが、ルルナリィに存在を消されようが、彼という存在がその場で失われる事は無い。

 能力について聞いても「早撃ちが上手い」としか言わないのだ。どうやら、その恐ろしいまでの生命力は、付与された異能とは別の要素のようだ。妖精みたいなものだろうか。




 さて、ここからの話は私の独り言。蛇足、余談だ。

 これから始まる大捕物への、全ての前提は提示された。だから、無理せずに無視して貰って構わない。

 それでもいいというなら――フフッ、続けるとしよう。

「この地区――日本で発見されたは全て私にある」

「異世界からやってきた人間には寿命がないし、病気に罹って死ぬ事も無い。私のこれ――視力、杖――は、寿命でも病気でもないのだ」

「そう、つまり生きているという共通項を取っ払ってしまえばそれらは人間とは言えない。実は映像をホログラフィックに描いているだけなのかもしれない、とばっさり言い切る科学者だって居るかもしれない」

、この科学に支配された、物理法則外の事象に全く縁のないこの世界の中でも、は平気で自分たちの中にしかない法則を行使出来る」

「例えば、異能を行使するとき、代償を伴う存在がいる。自分が火を放とうと思う度に、いちいち自分の血で魔方陣を描き、長々とした呪文を口ずさむことでそれが成立するというものだ。それに対し、指で弾くだけで目の前で爆発を起こすことが出来る異能者も確認出来ている。その違いは何か? どちらかが、どちらかの使い方に近づくことはあり得るのか? ――無論、この先何が起こるかなんてのは創造主だけにしか分からない事だから、統計でしかないが――その確率はゼロだ。そして、その違いの原因が『生きるルールが違うから』なのだ」

「……すまんな。疑問はあるだろうが、私の独り言はここでおしまいだ」

「無論、私だって秘密はある。だが、これだけは保証しよう」

「ここまでで話したことは、全て真実だ」

「ああ。もう時間だ、行くとしよう」



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