第05話 「手順省略(チェック)」

>所属を選んでください。

>ただし、あなたの能力が足りない場合、選べないグループも存在します。


第一位 赤薔薇ランカスター

 リーダー:三日月みかづきトワ

 副リーダー:神在月泉かみありづきいずみ

 アジト:黒狭間くろはざま地区

>>現在選択出来ません。

第二位 狩猟社ティーアガルテン

 リーダー:黒野衣範くろのきぬのり

 アジト:白野居しろのい地区

>>現在選択出来ません。

第三位 トワール

 リーダー:セレン・ミドツカル

 アジト:黄佐々芽きさざめ地区

>>現在選択出来ません。

第四位 寄生木ヤドリギ

 リーダー:オルトリンデ

 副リーダー:紅愛宕くれないあたご

 アジト:鳩碧はとみどりA地区

>>現在選択出来ません。

第五位 五星宴フィヴス

 リーダー:なし

 アジト:鳩碧B地区

>>所属を決める

第六位 切札スリーヴ

 リーダー:■■■■

 アジト:■■■■

>>現在選択出来ません。


>五星宴

 にしますか?

>>はい

>五星宴 に所属しました!

>「私は追儺幸ついなさち。リーダーではないけど、二番目に所属が長いの。私があなたを案内するわ、よろしくね」

>キミはこれから起こるであろう出来事に身震いしながら、深く頷いてみせた。



 時間は二十分前に戻る。

「――で、毎度のことですけど」

 静まりかえった昼間の繁華街から、一本外れた裏道。街路樹も街灯も無い、夜間には通るのを少し憚ってしまうようなその薄暗い路地の入り口で、訳扇敬と樋場莉玖が路上に車を留めて、何事かをしている。

「特撮の撮影隊だって、もっと慎重に事を進めますよ」

 訳扇は先ほどから高くそびえ立つ灰色の建築物にしみじみと触れながら、何かを測っているようだった。樋場は、真鍮製の取っ手が付いた杖にやや体重を預けながら、その訳扇の所作を彼の背後から見守っている。

「何を言うか、緊急逮捕という言葉を知らんのか。使える武器オブジェクトは全部使わせて貰うだけだ」

 先ほど、事務所で樋場と訳扇が対象復讐者――ルルナリィ・マクロック・スティーンの話をしていた時。都合良く彼女の元に、近くでメーヤと何者かが争っているという一報が来たのだ。

 当然、訳扇はそれを訝しむ。

「またあなたはそうやって、メーヤをあんな所に放り込んでおいて、が食いつくのを待つだけ。都合の良いシナリオですね」

 その言葉に、樋場はそれをフッと聞こえよがしにあざ笑った。

「……何ですか」

「いや、気にせんでくれ。しかしそもそもだが、あそこまで『一人でも何でも出来る人間』が存在しないのが悪いとは思わないかね?」

「思いません」

 訳扇はとうとう手を止めて振り返り、彼女を睨めつけた。彼女はそう言うとき、必ず笑って――嗤っていたから。そうして彼女に対して、失望したかったのだ。だけどその表情は、天王山を睥睨する豊臣秀吉のような、先ほどの冗談はどの口から出てきたのかと思わんばかりに強張っていた。

「まぁそう逸るな、その意気は大いに評価するよ。だがその意図は――果たして、な。誰か代わりを連れてくるなら一向に構わんが、さてどうしたものかな」

 そうして諦めて、彼は嘆息した。

「……だから、僕がこうやって少しでも負担を下げようとしているんですよ」

 訳扇は言いながらビル壁をぺたぺたと触り、距離感を測っていた。その様子に、組んだ腕の指先で二の腕を叩きながら、樋場は注文を増やしていく。

「遅いぞ。桐生芽衣なら勘で叩けばほぼアタリだというのに」

 あんなスーパーコンピュータ入りの占い師と他の人類を比べないでくれ、と訳扇は心の底から思った。

「そうやって僕を誑かして。ピエロも鼻で笑いますよ」

「誑かしてなんかいないさ。些事にかまけて大義を見失う方がよほど愚かだと、私は思っているからね」

 訳扇敬の願いは、ただ一つ。。樋場莉玖は、その為の最大の支柱でありながら、障害でもあった。

 訳扇が樋場に出会ったのも、桐生芽衣に出会ったのも、同じ三年前。当時の訳扇にとっては捨てる神に拾う神といった流れであったが、彼が思い返すに、どうにも都合が良すぎる気もする。

 だけど、どんな訳扇の反駁にも、彼女は澄ましてこう返す。

『この世界に恒久の平和をもたらすことが出来るなら、全ての要因を掛け合わせた時それが負に振れていたとしても、それは正と呼ばれるんだよ』

 訳扇は彼女の顔を見ずに、手が汚れぬように軍手をはめ、灰色のビル壁に赤いチョークで長々と線を引いていく。普通ならば警備員辺りがすっ飛んできそうな行動だが、その場には誰も、偶然辺りを通りがかる人間すらも見当たらない。

 ひとしきり線を引き終えた後、訳扇は額の汗を軍手の甲でぬぐいながら彼女の方を振り返る。

「ここから、入射角三十度で」

 訳扇がそう言うと、樋場は懐から取り出したシルバー・フレームの眼鏡を掛け、コツ、コツとゆっくり音を立てながら壁の元へ近づいてくる。

「それでは隣接ビルとの密接具合から勢いが出ないな。もう少し高めがいいだろう」

 樋場は訳扇からチョークを奪い取ると、目を閉じて耳を澄ます。静かな世界に響き渡るのは、街頭ビジョンから流れるニュース、歩行者信号のラッパ音、そして――かすかに聞こえた金属がぶつかる時の音。

「これぐらいか」

 小さな横棒が引かれたのは、チョーク三本分上の位置だった。

「じゃあ、僕はメーヤの気を引きに行きます」

 そう言って訳扇は走り出す。樋場は腕組みをしながら、ビルの谷間から僅かに覗く青空を見上げる。

日日是好日にちにちこれこうにちとはこの事だな」

 樋場莉玖は右半身を半歩退き、右手では虚空に何かを描く。簡単に言えば契約印。使

「開始手続きが必要とは、いつもの事ながら、不便だが……」

 まぁこれもよし、と告げるように、彼女は左手をぐっと握りしめ、呟く。

手順省略チェック――」

 その言葉で、空気が恐怖を感じたように、静まりかえる。遠くの音も、一切が遮断され、さながら時間が停止したような感覚。

天空全殺ブラストアーク

 そして訪れる、大きな鉄の塊を落としたときのようなけたたましい衝撃音。

 樋場莉玖はそこに近づき、先に少しだけ触れる。それだけで、彼女の身体の何十倍もある大きさの鉄筋コンクリートの塊が、ゆっくりと傾き始める。

「年貢の納め時だよ、『リン・グ』」



 現場は文字通り、瓦礫の山と化していた。建築物同士を激突させるという、震災後のような光景に身震いしながらも、訳扇は感覚を研ぎ澄ます。背後から多数の気配。恐らくは、樋場莉玖の関係者であろうと意に介さない。

 ――今は、前だけ見るんだ。

「メーヤ!」

 その声に、遠くの山が盛り上がる。

「よォ――」

 男は、訝しそうな顔を一瞬見せた後、破顔する。

残念ざァんねんだったな」

 訳扇の見たことが無い男だった。背丈はほぼ同一、髪の毛は藍色で男子にしては長い。肌は少しだけ浅黒い。

彼女メーヤを、放してくれ」

「お、敵意むき出しかよ。助けてやったってのに」

 その背中には、見慣れたことのある少女の躰。力なくうなだれているようだが、大きな怪我はしていないようだった。

「……そうかよ、悪かった」

「よろしい。礼節を重んじるヤツに悪いやつは居ないからな」

 彼はゆっくりと訳扇の方に近づき、彼女をゆっくりとその場に下ろす。

「――いいや、大いに問題ありだよ。

 その樋場莉玖の声と同時に、訳扇の左脇を一陣の風が吹き抜けた。

わりぃ。見たことねーツラだからな」

 群青色の長髪が、ふわりと靡く。一瞬で、何者かが距離を詰めて、目の前の男に先制攻撃を加えようとしていた。

「おっ――と」

 彼は、逆袈裟に振り上げられた両刃の獲物――西洋剣の先を、左手の人差し指と中指で白刃取りしている。

「見切ったのか!?」

 鋭い碧眼。ストレッチパンツに赤いジャージ。背丈はメーヤと同じぐらい。肩よりも少し長い群青色の髪。男は柔和な表情を崩さなかった。

「よっ」

 男は、そのまま受け止めた刃を生の手で握りしめると、剣士をそのまま空中に投げ出し――背中から叩き落とした。

「――――ッ!」

 彼は刃を掴んだ左手をじっと見て、もんどり打っている剣士の方を見やる。

「魔法使いじゃ、なさそうだな。――キミ、名前は?」

 その言葉に、倒れ込んだ剣士はハッと目を見開く。

「名前――名前は、」

 二人とも、訳扇敬が見たことの無い、誰か。

 なのに、二人だけは何故か何事かを理解したような雰囲気になっているのが、訳扇にとって倍以上理解出来ない状況だった。

「ラキス、だ!」

 ラキスと名乗ったその剣士は、両手を地面に思い切りたたき付け、放っていた足で地を蹴り、体を一回転させるという、体操選手のような形で直立に戻る。

「おっ」

 感嘆の声を漏らす間もなく、彼は足で左手を払われ、獲物を奪い返される。ラキスは一歩引くと、剣を逆手に、その身で対象から動きを悟られぬように持つと、深く腰を落とす。

「ルルカルーザ――」

 ふわっ、と風が強まった――と、訳扇は感じた気がした。これは何かが起こるな、と思っていた矢先。

「やめろ、ラキス!」

 それが窮地の一助だったのか、差された水だったのかは、二人の顔を見れば明らかだった。

「――目的を見失うな。そいつはルルナリィ・マクロック・スティーンではない!」

 樋場莉玖が戻ってきて、そう一喝すると、ラキスと呼ばれた剣士はゆっくりと立ち上がる。

「すまん、トップ。俺はルルナリィとやらの顔を知らんのでな」

「名乗りが遅れた。ラキス・ルヴェントだ」

「おう。俺は雁ヶ屋工、よろしくな」

 ――何だ、こいつら。

 訳扇敬は話の流れも、その場でのびている桐生芽衣すらも忘れて、呆れた。





「パーカーお化けは見つからなかった。あったのは、せいぜいこれぐらい」

 雁ヶ屋工が面白そうな顔で摘まんでいたのは、彼が打ち抜いた、ルルナリィの衣服の一部だった。 

「そう、か。今回ならば確実に仕留められると思ったのだがな」

 気がつけば、街の中には堰を切ったように次々と人気が戻り始め、その場には意味の無い救急車や事故対応の消防車が次々に押し寄せ始めていた。

「私はソコの雁ヶ屋と小一時間ほど話がしたいのだが、しばし内部処理に時間を要す。――車の場所は訳扇が知っている、先に事務所に帰っていろ。――訳扇、一応言っておくが。雁ヶ屋が逃げよう者なら命がけで捕らえろ。逃がしたらキミを一生奴隷として扱う」

 樋場莉玖は返事を待たずに、その人混みの中に割って入っていく。

「雁ヶ屋クン」

「タクミで構わないよ、ヤコーギ・タカシ」

「じゃあ、タクミ。自動車は運転できる?」

 訳扇は遠くに留めてある黒いクラウンを指さしながらそう言った。んー、と雁ヶ屋は頭を掻いてから、確信めいた表情で結論を言い渡す。

「ま、何とかなるだろ」

 間髪を入れずに取り下げた。

「あー、すまんね。横から失礼するよ」

 現れたのは、赤みを帯びた金髪に、赤い手袋に赤いコートを羽織った、視覚的にかなり浮いた見た目の女性だった。その肩口に、同じぐらい紅い薔薇の花弁を三つ携えた紋章が縫われている。

「うむ、警戒ご尤も。私は神在月泉かみありづきいずみ。あぁ、別に無礼を詫びる必要は無いよ、そうでなくては今後とも色々と困るだろうからね」

 訳扇の目に映った彼女のその唇は、紅というよりは桃色に近かったので、ポリシーの適用範囲をにわかに疑いだしていた。

「で、その横から出てきた同族さんが何のご用で?」

 雁ヶ屋匠は全く疑っていない、むしろ楽しんでいるような表情でそう聞いた。

「いやいや、運転手にお困りのようだからね。ここは一つ、お姉さんたる私の腕の見せ所というヤツだよ」

「はぁ。では、事故を起こしたら私はあなたを全力で訴えさせて頂きますよ」

 一向に構わん、と豪語するその女傑の気迫に圧されるように、訳扇は、車の鍵を手渡す。

 ――先に結果を言ってしまうが。その場の誰もが、その訳扇の行動を後悔した。




 常人であれば危険運転致死傷罪を適用していたかもしれないほどに悪質な運転の中で、涼しい顔をしていたのは桐生芽衣だけだった。

「おたくの組織には、まともに運転免許を取った人はいねーのかよ!?」

 あんなに頑健そうだった雁ヶ屋匠の顔には脂汗が浮かび。

「オエッ」

 ラキス・ルヴェントは顔面蒼白になっていた。

「僕が近いうちに取ることにします。そう決めました」

 事務所の一階の警備員室には、寝ているか起きているか分からない表情の老人が座っている。訳扇はそれに一礼すると、四人を招き入れる。そのまま奥にある階段を上っていくと、すぐに右折すると、特に飾り気のない白色の片開きドアが見える。

「ここか?」

 そう言って徐に手を伸ばそうとした雁ヶ屋匠を、訳扇がガッチリと抑えた。

「やめときなよ。手首とオサラバしたくないならね」

 訳扇自身はそれについて確かめた事は無いが。昔、樋場莉玖のそんな言葉が彼の心の隅っこに引っかかっていた。

「何だそりゃ。フツーに恐いじゃねえか、先に言えよ」

「先に言う前に手を出したのはあなただ」

 ともかくも、そんなわけで、この扉に鍵は掛かっていない。

 室内は異様に静かで――という光景を想像していた。

「電話が鳴っていますねえ」

 暢気そうな声で、神在月泉がそう言う。その通り、デスクの上の電話がルルルルと音を鳴らしている。

 樋場莉玖は殆ど事務所から出ないが故に、彼が事務所の電話を取ったことなど二度しか無かった。どちらも彼女が席を外していると言うとすぐに切れてしまったが。

 訳扇が徐に、とっ散らかったデスクの山の中から電話を取り出すと、受話器を取った。

「もしも――」

『訳扇! 訳扇だな、その声は! !?』

 樋場莉玖だった。しかもその声は、かつて彼が聞いたことがない程に切迫している。

「えっ? ――ええっと、僕にメーヤ、あと神在月さん、それにラキスさん、あと雁ヶ屋匠で、五人です」

『時間が無い、手短に済ます。今すぐにもう一度車を出せ。場所は――』

 その名前を聞いて、くたびれた表情をしていた訳扇の顔も強張っていく。

「――!」



 どうしても、と訳扇とラキスが頭を下げ、どう考えても信用ならないはずの雁ヶ屋匠に、車を運転させることにした。

「俺もこんなので異世界移動出来ればなぁ」

「いいから、さっさとアクセルを踏め!」

 後部座席にメーヤ、神在月、ラキスを座らせ、助手席で訳扇が指示する形で、何とか道交法を遵守させながら、十五分ほどで五人は指定された家の前に到着する。

「樋場さん!」

 その建物――瓦屋根の目立つ、囲いのある一軒屋の門前には、十人程度の、黒いスーツを着込んだ人間達が立っていた。

「桐生芽衣だけ来い」

 その言葉に、メーヤは一歩前に出る。その表情には、一辺の歪みや曇りも無い。

「……僕も行きます」

 樋場莉玖は止めなかった。ただ、勝手にしろと言って、メーヤの背中に腕を回しつつ、背後の訳扇に静かに忠告した。

「他人の悲しみを他人のモノと思える優しさがあるなら、な」

 そんな事は百も承知だ、と訳扇は無言で二人の後を追う。

 その彼の視線の端に映った『桐生』と書かれた木製の表札は、少しだけ日に焼けていた。

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