15.あれからあったこと
あの事件から一年が経った頃、必死に勉強して受かった中学にすっかり馴染んでいたわたしは、どうしても自分のセーラー服姿を直接見せたくて、他の人とは内緒で、彼女と会う約束をした。
絶対に、会っちゃ駄目。って。
もしお母さんにバレたら、そう言われるのは必死だ。
お母さんは、お堂が焼けた直後から、随分ナーバスになった。以前に比べておしゃべりはグッと減ったし、張りつめた顔を見せる事が多くなった。
ある晩、お風呂につかっていると、台所からすすり泣く声が聞こえてきた。前のわたしだったら、お母さんの傍に寄り添い、迷いなく
「何があったの?」
と訊いていた所だ。
でも、わたしはそうすることができないままで、長いことお風呂から出られなかった。
その夜、お母さんはわたしの部屋へ何も言わずに入ってきた。寝ているわたしを見ろしている間、わたしはずっと、寝たふりをしていた。
お母さんが向けてくる悲しくて青い視線が、瞼越しに頭へ染み入ってくるようだった。
ぼそりと、つぶやいた声。
「お母さんは、何があっても、貴女の味方だから」
……。
…………。
やさしいお母さんを悲しませたくない。その想いが常に胸にあって、彼女へのメールさえもためらっていたのだった。
……。
家から遠く離れた街での待ち合わせ場所に現れた舞ちゃんは、わたしの記憶にある彼女の姿とあまり変わっていなかった。
「あれ!? さつき、髪の毛伸ばしたんだ」
第一声がそれだった。
それが、あんまり狙いどうりの言葉で、わたしはにんまりとなってしまった。
「うん!」
わたしは、三つ編みにした自分の髪を持ってみせると、舞ちゃんは指を伸ばして、その先端をそっと撫でた。
その感触。
ああ、なにひとつ変わっていない。
近くのカフェに入り、彼女は紅茶とチーズケーキ、わたしはレモンティーとショートケーキを頼んだ。
その間に、最近自分の中で流行っているものについて、おしゃべりをした。
「あれから眼鏡も辞めたんだ。ちょっと悩んだけれど、なんか子供っぽいかなって思って」
「今の方がよっぽどいいよ。なんか肌も綺麗になったんじゃない?」
ひさしぶりにあの頃の雰囲気を取り戻しつつある、と思った。
なんだ、あのことはたいしたことじゃなかったんだ。だって、こんなにも簡単に手で掴めるほど、近くにあるんだもの。
離れ離れにはなったけれど、わたし達の犯した罪は、ふたりの間できちんと完結したんだ。
って。
そう思ったその矢先、わたしは、見てしまった。
わたしの差し出した携帯の待ち受けを見て笑っている彼女の右肩。
何か、黒いモノが付いている。
それはまばたきする間に、煙のようにかき消えた。けれども、わたしの表情がほんの一瞬こわばったのを、舞ちゃんは見逃さなかった。
顔をさっと青ざめさせた。目つきが、明らかに変わった。
本当に、わたしの知ってる舞ちゃんだ、と思えない、見たこともない顔になった。
「ごめん」
「なにが?」
わたしは笑ってみせる。
舞ちゃんは立ち上がった。テーブルに広げていた小物を鞄にしまいこみ、もう店を出ていく気配だ。
「舞ちゃん?」
「ごめん、ちょっと体調悪いんだ。お金、ここに置いとくから」
ケーキセットが運ばれてきた。入れかわるように彼女は表に向かって歩き出す。
「舞ちゃん!」
声に振り返ることなく、雑踏に消えていく彼女の背中が、谷底のように深く、真っ暗に『くぼんで』見えた、……気がした。
気がした、だけだ。だけのはずなのに。
わたしは膝頭がガクガク震えて、彼女を追うどころかその場に立っていることさえ出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます