11.夜のたんぼ
できるだけゆっくりと閉めたつもりだったのに、ステンレスの窓枠からは耳障りな金属音がして、わたしの心臓は跳ね上がった。
お母さんは昼間ずっと仕事に行っていて、たいてい夜はぐっすり寝入っている。今日も、夕ご飯の最中なのにうつらうつらと居眠りしていた。
だから、これぐらいで起きるはずがない、と自分に言い聞かせても、さすがにドキドキが止まらない。震える指をこすりあわせた。
夜の空気は、冷たかった。日中はかなり暑いと感じる日がまだ続いているのに、厚手の上着を羽織っていても肌が粟粒つほどだ。
念には念を入れて鞄の中身をチェックする。
その後に、深呼吸をひとつ。勢いよく足を踏み出した。
こがね色に輝く月が、夜空でいびつにまあるく浮かんでいる。
そういえば、もうすぐ十五夜だ。
街灯ひとつない田んぼ道であっても、用意してきた懐中電灯を点ける必要がないほどに、明るく照らされている。
刈りいれ寸前の稲穂が、月の明かりを反射して、銀色に輝いている。
彼女の待ってるであろう待ち合わせ場所へ、息を切らせて走った。
夜のお堂を前にしてわたしは立ちすくむ。
ここは、わたしの知っている場所じゃない。
月に照らされた外壁。いつもは朱色の幟が、夜気を通して黒く見える。
内部は当然、真っ暗だった。
そんなことは承知の上だ。そのはずだ。
でも、何故だろう。表から見ているだけなのに、異様に怖いのだ。
いつも見慣れているはずの祭壇が、闇の中で白く浮き上がっている。
「どうしたの?」
舞ちゃんはわたしの顔を覗き込む。
わたしは震えながら、彼女を見つめ返す。
この剣呑な気配が、彼女には分からないのだろうか。
「大丈夫、一緒にいてあげるから」
わたしが怖がっている。そう思ったのか舞ちゃんは、わたしの手を握った。
「こういう時だけ、お姉さんぶるんだ」
わたしもどうにかひきつった笑いを返した。
ここで帰りたい、と言ったら、彼女はそうしてくれるのに違いない。
でも、引き返したくなかった。
わたしは、今夜の冒険にかけている彼女の好意を強く感じていた。
ここまで来たら、最後までやってしまおう。
そう思えば、かえって度胸がついた気がする。
わたしはその手を強く握り返すと、自分から進んで真っ暗な洞穴のようなお堂へと入っていくのだった。
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