10.神社でふたりきり(3/3)
思いついたら、すぐにやってみるものだ。
顔の向きはそのままで、目をぐっと凝らしてみる。
自分の虹彩が、カメラのレンズのように絞られるのを、自覚した。
と思った次の瞬間、もう視界は、秋雲を飛び越してしまった。
常識はずれにも程がある速さで、空の中心に近づいていく。
真っ暗なあの世界が、ぐんぐん、ぐんぐん迫ってくる。その速度が、自分で考えていたのよりも、もうめちゃくちゃに早すぎて、ちょっと怖い。知らないけれど、ロケットで打ちあげられた先端に括り付けられたらこんな感じなんだろうな。いや、というか、これマジにちゃんと止まるんだろか。ほんとに、洒落にならない速さなんだけれど。まるで真っ逆さまに頭を下に向けたままで、真っ青な湖のそこに落下していくみたいだ。
そんな未知の感覚に圧倒されて、大急ぎで心の中でブレーキを踏む。そしたら、よかった、ちゃんと止まってくれた。危うく目的地を通り過ぎるところだった。
軽い気持ちで挑戦しただけなのに、この分だと、一息で、空の果てまで意識が飛んでいきそうだ。いったい、わたしはどうしてこうなった。
ほっと息をついて、辺りを見渡す。
……到着したそこは、とてつもなく巨大な空間だった。
光もないのか、何も見えない。けれども、真っ暗なその先にある空間のスケールを肌で感じたのだ。現に体がびびっちゃってて、もう指一本動かせない。もし不用意に手を伸ばしたら、その手首がどこかにすっぽぬけてしまうのではないか。そんな錯覚に襲われるほどの広さなのだ。
確かに、ここには何かがいる気がする。いや、いても不思議ではない。この真っ暗闇な、どでかいスケールの空間に住んでいる存在。それがひょっとして、舞ちゃんの言う……神様というものなのかもしれない。
でも――――
得体のしれない怪物が、闇の奥で蠢いているような感覚に覆われて、背筋がぞっとなった。
これ、どうやって戻るんだろう。と急に不安にかられてしまう。
ほらほら、だめだめ。不安なことを想像しちゃ。
わたしは瞼をぎゅっと閉じて、かぶりを振った。
強く、想う。創造する。
――――でも、ぜんぜん。
――――でも、全然、わたし達の知ったことじゃないんだから!
今のわたし達には、他に楽しいことや興味を引かれることがいっぱいあるのだ。
今の学校で流行っている歌や服の事だとか。
塾から出される宿題が難しすぎるだとか。
明日はクラスのあの男子をどうシメてやろうだとか。
舞ちゃんのお父さんがまたお母さんに色目を使ってくるかもだとか。
果たしてわたしの来年の中学受験はどうなるのか。
……だとか。
うーん。
ああ、頭が痛い。神様。やっぱり助けてください。
わたしのお願い、聞いてください。
でも、だって。ほら、今だって。
瞼を開けたなら、ほらね。
――――たくさんの蜻蛉たちが音もなく飛んでいる境内。
この光景の方が、わたしには不思議に思えるのだから。
「でも、本気でかなえようとするなら、それに見合ったお供え物がいるんだけどねぇ」
一瞬、完全にトンでいたわたしにまったく気が付かなかった舞ちゃんはそう何やらぼやきながら、顎に手をあてて悩んでいる。
「お供えってなに?」
「お願いにまつわるものがいいんだけれど、そうね。じゃあ、こないだの誕生日であげた櫛、大切にしてるみたいだけれどあれなんかどう?」
「えぇー、それっていいのかな。まぁ、明日また回収しても怒られないよね、きっと」
「そこまでは知らないよ。もとは怖い神様だからねー」
自分の家の神様なのに、そんな適当な返事をされても困る。わたしは彼女に話題を振り返すことにした。
「舞ちゃんは何をお供えするの……っていうか、何かお願いするの?」
その返事は意外なモノだった。
「欲しいモノ……。私は、……さつきの眼が欲しいかな」
「め?」
「うん、さつきの見ているものが見てみたい。もっと、私の知らなかった、不思議な世界に行ってみたい」
「うえー、そんなにいいモノじゃないよ」
「そうかな。面白そうなのに」
「いっそのこと、この能力。全部アゲルよ。正直、そっちのほうが暮らしやすいな」
「え、じゃあ、そうしよ! そうしよ!」
急にテンションが上がった彼女に、ちょっとわたしは引いてしまう。
「……まあ何かあっても、舞ちゃんは、お化けもお気に入りにしてくれるよね、美人なんだし」
「あはは、そんときはさつきも一緒に行こ。さつきはわたしのお気に入りだから。ちゃんと迎えに行くからね」
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