あきの世界
10.神社でふたりきり(1/3)
「けっきょく、お父さんは、この先もずっと一人みたい」
と、舞ちゃんはベンチに腰かけて、わたしに愚痴をこぼす。
秋のお祭りが終わったばかりの神社の境内には、誰もいない。
風が吹いてポプラの枝がざわめくたびに、積もった枯葉の山に乾いた音が鳴る。
端っこには、畳まれたテントと机。無人の軽トラック。商品を抜き出した後の空っぽの段ボール。
たったそれだけ。
わたしは黙って彼女の髪を梳いていた。
そして、ため息をひとつ。
「……わたし、もうこれ以上家族は、いらないかな」
「そう?」
舞ちゃんのその声には、色がない。
「わたし、お母さんとふたりで生きていくよ。お母さん、アホみたいに優しいし、だまされやすいけれど、大好きだもん」
わたしはそう言いながら、鳥肌が立ちっぱなしの二の腕をさすった。
境内を吹き抜ける風が冷たい。
わたし達の周りは、音もなく飛ぶ蜻蛉でいっぱいだった。
「それにしたって、さあ、ちょっと聞いてよ。うちのクラスの男子、馬鹿すぎて呆れるよ」
最近、クラスメートの男子がちょっかいばかりかけてくる。
今日も、面と向かってかけられた言葉が気にかかっていた。
……わたしはそんなに生意気なのかな。
舞ちゃんと一緒に手鏡を覗き込む。
わたしは全体的に色素が薄いのか、髪も瞳も少し茶っぽい。舞ちゃんとは似ても似つかなかった。
「生意気っていうけれど行動力があるってことだよ。さつきはなんでもどんどん言えちゃうからうらやましいなー」
「そうかなぁ」
「絶対そうだよ。私、お父さんにもクラスの子にもなんにも言えないままだからすごくうらやましい」
「わたし、目がキツいからかも。舞ちゃんは目じりが下がっていていいな」
「大丈夫だよ。その眼鏡だって似合ってるし。それに、そのうち誰もいじめなくなるよ。きっとすぐにもっと綺麗になるから」
わたしは、ため息をついた。どんな感情を込めればいいか分からない時に、つくタイプのため息だった。
舞ちゃんは中学に入るちょっと前あたりから、見る見るうちに大人の体になっていった。
遊びに出かけた街先で、モデルの仕事の勧誘も受ける事もしょっちゅうだ。
「お父さんが絶対だめって言っちゃうからなー」
って。
正直、うらやましいというかねたましいというか。
「わたしは、今すぐ美人になりたいかなー」
「じゃあ、ウチの神様にお願いしてみる?」
ウチの神様。その言葉、ずいぶん久しぶりに聞いたな、と思った。
気づけば彼女が中学生になってからというものの、めっきり『神様』のことについて話す事をしなくなった。同様に、わたしが無理に彼女の宗教に付き合う事も、なくなった。
どちらかがそうと決めたわけではないのに不思議なものだ。
でも、彼女は、中学になってからより一層、オカルトにのめりこんでいった。お父さんに隠れて買ったパワーストーンや怪しいネックレスなどと言ったグッズは、わたしの部屋で『ふたりのもの』として大切にしまわれている。
それに比べて、わたしはそういった話に少々食傷気味だった。
なにせ道を歩けば何かしら変なモノにぶつかるのだ。せっかくできた友達と楽しくお喋りしながら登校しているのに、黒い影にずっと付きまとわれたこともある。こないだなんか、お母さんの代わりに、うんうん悩みながらお夕飯の惣菜を選んでいたのに、物陰からイヤな視線が飛んできて離れなかったこともあった。
縁のない人からすれば、いかに恐ろしく、不思議なモノであっても、それが日常そのものになったわたしにとっては、面白みのない、面倒なだけの現象だった。
「そんなの、聞いてくれるわけないじゃん」
その言葉に、彼女は少し考え込んだようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます