8.ねえ、不思議なものが見えるんだけど
その声に毎晩起こされるようになってからだ。わたし達の周りで次々に不思議なことが起きるようになったのは。
ふたりで街に遊びにいった時のこと。
ひとやすみするために入ったカフェで窓から表を眺めていると、偶然近所に住んでいるお姉さんが通りかかった。
お姉さんは目いっぱいお洒落をしていて、彼氏らしい男の人と一緒にいた。
「あのふたり、お似合いだね。結婚したりするのかな」
と、舞ちゃんとこっそりはしゃいでいると……。
それは突然の事だった。
ふたりが、ぱあっと、輝き始めたのだ。
彼女らを中心に、光の粒が広がっていくその光景は、まるで音のない手筒花火を眺めているかのようだった。
初めは何が起きているのか、さっぱりわからなかった。けれども、光の中心にいるふたりがあんまりにも幸せそうに見えたから。コレはきっととても良いものなのだ、と、直感していた。
わたし達は、ふたりが道路の角を曲がって視界から去るまでの間、ずうっと息をのんで見送った。そのあとも、長いこと、わたしはカフェの椅子に深々と座ったまま、あの光の柔らかさを思い出してはため息をつき、その余韻に浸って、ぼんやりとしていた。
「すごく綺麗だった……。あのふたり、絶対に幸せになるよね」
舞ちゃんも何かを味わうかのようにうっとりと眼を閉じていた。
「うん、よかったね……。私も、あんな風に幸せな家族を持ちたいな」
また別の日のこと。
わたしは、舞ちゃんと一緒で、遠くの駅前で布教のパンフレットを配るお手伝いの帰り道だった。
可哀そうな視線で見られるのは、いつものことだった。
でも、この日は、どうもわたしの心の調子が悪かったらしい。帰りの電車の中で、舞ちゃんの肩に頭を乗せて目を閉じていると、やり場のない黒い気持ちが膨れ上がって、柄にもなく涙が出そうになった。
そのとき、急に髪の毛がざわざわしはじめた。薄く瞼を持ち上げる。すると、眼球に丸く映り込んだ、向かいの窓ガラス全てが、夏の日の夕暮れだった。
飛行機が成層圏のあたりを飛んでいる。
針先ほどの金属の光を先頭にして長く長く糸を引いていくその夕雲は、だいだい色に唐紅の糸を織り込んだ色彩をしてて、細くつながっては、子供の落書きのようにたなびいている。
と、それに行き違いとなって、何か小さく光の玉が登っていくのが見えた。
なんだろう。飛行機じゃない。UFOでも、動物でもなさそうだ。
人工衛星に、似てる。
でも、いつか学校の夜空の観察で見たソレよりも、はるかにかすかで、はるかに儚いもののように思えた。現に、隣に座っている舞ちゃんも同じ電車の人も、誰ひとりとしてその存在に気が付かないようだった。
尾っぽから銀粉をまき散らして飛ぶその様は、見る人によっては美しい羽が生えているように見えたかもしれない。
ひとつ、ふたつ、みっつ……。
そうしてそれらは、数珠つなぎになって、音もたてず、誰に見守られるでもなく、ただただ、空の彼方に向かっていくのだった。
あんまりにもお行儀よく一列に並んで、粛々と天に登っていくその様に、ああ、あれはみんな天国に逝くんだろうな。わたしのお父さんもあんなふうにいったのかな。
と、そんな不信心極まりないことを考えながら、西の空を眺めていると、とうとう抑えきれず、声の無い、静かな涙が出てきた。
それに気が付いた舞ちゃんは、わたしの頭を撫でてくれる。
「ねえ、あんまり気にしちゃ駄目だよ。何も知らない人は色々言うけれど。……ごめんね」
彼女は手元の布教パンフレットの束から目を離さないまま、わたしの指を握って、放さない。
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