4.子供ふたりで、かしましきかな
「だからぁ、そういう深い淵には昔から住んでいる神様がいたりするわけだって」
わたしの昔話は、あちこちに脱線した挙句、ようやく終わった。
大蜘蛛の正体はいにしえの神様で、踏み入ろうとする不埒者をイケニエにしていたのだ、という有名な昔話だ。額の汗をタオルでぬぐう。曖昧な記憶を探りながら、同時に話すことは、思った以上に大変だった。
ああ、もう。こういう昔話は、図書館の児童文学コーナーか、寝る前にやさしいお祖母ちゃんとかに教えてもらうものなのに。
……お互い、そんなお祖母ちゃんなんていないけれどさ。
「じゃあ、そのさつきが言っている、空からぶら下がっている黒いモノって、神様のイケニエなのかな?」
「もしかしたら、だよ。ただの思い付きみたいなものなんだけれど」
気が付くと、話を聞き終えた後の舞ちゃんは、いつになく真剣な表情になっていた。
「さつきの言っていること、本当かもしれない」
「え、そう?」
「お父さんが言っていた。どんな時でも、神様は悪い人かどうかちゃんと見てくださるって。だから、そうやって吊られちゃっても仕方がないかも」
「あ、なるほど、じゃあ、あれって罰なんだ。なんか嫌だね」
「蜘蛛だったら、食べる方かも」
「さっきより嫌じゃない、それ?」
「……ていうかさ。それって、私の家がそんなの崇めてるってこと!?」
その思わぬ彼女のセリフに、ふたり同時に盛大に噴き出した。あわてて口を押えて、周囲を見回す。
良かった。誰も聞いていない。わたしは胸をなでおろす。今のセリフは、特に、彼女のお家では絶対にタブーだろう。彼女のお家は、『神様』を商売にしているのだ。
新興宗教だかなんだか知らないけれど、変わったお家だよね。
でも、別に嫌じゃない。
わたしのお母さんだって、引っ越してきた時はお世話になっていたわけなんだし。
タブーであるはずのこの話題がよほどツボにはまったのか、舞ちゃんのテンションはうなぎのぼりに上がっていく。
もうわたしは無言で見ているだけなのに、勝手にひとりで盛り上がって、かしましいったらありゃしない。
挙句の果てに引っくり返りそうになって、あわててガードレールにしがみつきながら、
「ああ、もう、アブないネタで笑わさないでよ」
と、言って目じりの涙を吹いた。
わたしは、わざとかしこまって彼女に向き直る。
「ふむ。……では、舞さま。あの空からぶら下がっているのは、イッタイゼンタイ何なのでしょうか?」
彼女は、手を扇の形にし、ふんぞり返って、こう言ってのけた。
「あれか? あれは……我が家に先祖代々伝わる、門外不出の大禁忌、取扱い注意のイニシエの神の御業ぞ」
それでわたしは、ろくでもないことを訊いた、という感じにのけぞって見せた。
そして、ふたりは再び耐えきれずに、背を折って笑い転げる。
ああ、ヤバイ、楽しい。二人きりの時にだけにしかできないこの会話。
ようやく笑いが止まった所で、腕時計にセットしたアラームが鳴った。
今は、舞ちゃん家のお堂のお掃除のお手伝いに行く途中なのだ。……自分で設定しておいてなんだけれど、ちょっと休憩が長かったかもしれない。
腰をあげたらお尻が痛かった。ガードレールの跡、痣になってなければよいのだけれどな、と思いながら、短パンを両手でパンパンとはたく。
太陽は空のてっぺん近くにまで登っていた。照り付ける太陽が強烈で、思わず顔を手で覆う。動いた拍子に、額に浮き出す汗の玉が次から次へと、だらだらだら、と、地面にこぼれていった。アスファルトは真夏の太陽にすっかり炙られて、自分の影がそこに焼き付いている。
「ここから、舞ちゃんの家、見えるかな~?」
背伸びをしながら歩いてきた道を振り返ると、田んぼの向こうには茶色とカラフルな屋根が入り混じり、夏の日ざしにくっきりと浮き上がっているのが遠くからでもよく分かる。
「見える見える。さつきの家は?」
「わかんないよ。わたしん家の周り、みんな古くて同じに見えるもん」
わたしとお母さんは、昔からあるような古いお家に住んでいるけれど、舞ちゃん家は新しいお家の並んでいる所にある。
「いいな~。綺麗な家は。ボロくないし、隙間風も入ってこないし、ゴキブリだって出ないし。なにより『お化け』なんて絶対出ないでしょ?」
ここは盆地になっているから夏は熱がこもるんだよ、と生前のお祖母ちゃんは言っていた。
古い家と新しい家がモザイク状に混じり合うこの風景。
すぐ近くの山々は、夏の風になびいて深緑色に光っていた。さらに遠くに長く伸びている大きな山は、どっしりと濃い藍色をして美しい。
そんなのんびりとした田舎の景色に交じり、あの真っ黒いミノムシたちが、空で、小さく、小さく揺れている。
あれこれ考えてみたけれど、いったいアレはなんなんだろう?
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