3.春のなれそめ

 この町の空には、いつも変なものが浮かんでいる。

 当時、小学五年生だったわたしが、ソレに気が付いたのは、この町に引っ越してすぐのことだった。

 黒い糸でグルグル巻きにされて、お蚕様に似た形。それが春の青空の、はるか彼方から、いくつもいくつも吊り下げられていた。

 まるで、冬の寒い日にみんなで仲良くぶらさがっているミノムシのようだった。

 とは言っても似ているのは姿形だけ。その正体はさっぱりわからない。初めはこの田舎町の観光か何かのオブジェクトと思ったぐらいだ。 

頑張って見上げて目を凝らしたところで、なにがなんだか?

 ずっと視線を飛ばしていっても、空のドンドン高いところへあがっていくだけで、たどり着きそうにもない。

 そのうち辺りはだんだん暗くなってきて、空気もこころなしか薄くなってきて。

 あれあれ、なーんか。

 へんなの。

 最後の方はいつも呼吸困難みたくになっていて。ひとりふらふらになって座り込んでいるのを、お母さんに見つかって終わってしまう。

 お父さんがいなくなった後、お母さんはわたしを一人連れて、この町へ帰ってきたばかりの頃だったから、いつも忙しく、そして、いつも気が立っていた。

 とてもじゃないけれど、こんな変なことを相談するなんてできやしない。おまけに、出戻りの親子二人を温かく迎え入れてくれたお祖母ちゃんも、仲良くなりきる前にお墓に行ってしまって、お母さんが仕事に出ている昼時になると、わたしは独りきりになった。

 最後に、とどめじゃないけれど、色々な諸事情から、わたしはこの新天地でのデビューを失敗してしまい、同じ年の友達もできなかった。

 だから、わたしは、その事を誰にも話せないまま、ぼんやりと空ばかり眺めて、毎日を過ごしていたのだった。

 そんな時だ。わたしが彼女に呼び止められたのは。

「――ねえ、あなたがさつきちゃん、だよね?」

 舞ちゃん。

「いつも空ばかり眺めているけれど、何が見えるの?」

 一つ年上の、違う小学校に通っている女の子だった。

「なあんだ、そんな事」

 お父さんとふたりきりで暮らしていて、髪がとっても綺麗だった。

「そんなの全然変なことなんかじゃないよ。ウチのお父さんだって、えぇと、よく神様の話とかしているし、こんどさつきちゃんもおうちにおいでよ」

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