五日目 猫は興奮しながら、にゃーと鳴いた。

『乗り心地はどうだいフラン?』

『さすがに悪くはないわ。あなたはいつもここで戦っていたのね』

『いや、もう少しこっちは快適なんだけどね』


 現在、フランは『ビースト』内の緊急待機用スペースの中で戦闘中のミケと会話を交わしていた。外では今も戦闘が行われているのだが、のんびりしたミケの言葉と重力制御の利いた揺れの少ない機体内にいることでフランは外で戦闘が行われていることにどうにも現実味が持てないようだった。


『ユーロの攻撃は明らかに全勢力で以って僕たちを叩きに来ている。それだけこちらの価値には気付いているということだろうけど、この『ビースト』に彼らの力は届いていないようだね』


 地中海に近付きつつあることを地図で確認しながらミケはそう口にする。

 すでにベナレスコロニーからここに来るまでに『ビースト』は相当数の空中艦隊を落としてきていた。今ミケが戦っている無敵艦隊アルマダと呼ばれる空中艦隊の主力空中艦はコンロンコロニーが有していたドラゴンに近い存在であったがドラグーン艦とシールド艦という攻撃と防御の二面体制の編成をしていた。

 その攻撃も防御も『ドラゴン』に比べれば出力は高いようだが、それでも小型アイテール変換炉に比べれば微々たる差でしかない。『ドラゴン』同様に出力も割り出したミケは次々と集束レーザーでそれらを落とし続けていた。

 その中でフランも己の役割を全うすべく、端末と向かい合って情報を探っている。


『全ラインを通しても『デウス』と『フェネクス』のどちらにも連絡が付かないみたい。機関の方もかなり混乱しているわ。でもどちらかも撃墜されたのでなければ、やはり裏切りがあったとしか。まさか両方が』


 フランの言葉にミケは『さてね』と返した。すでにミケの中では『デウス』の単独犯であろうという解答は出ている。しかし、確証はない。


『共謀しているのであればこちらとの連絡を絶って警戒させるとも思えないけど……ともかく本当のところは当人たちに聞いてみるしかないよ』


 ミケはそう言いながらリアフットペダルをグンッと踏んで一気に上昇する。すでに兵装はA3までの使用許可は出ている。

 いい加減に火力が集中してきたことともうひとつの問題が近付いてきていることを察知したミケが腹部より特殊兵装であるマナ拡散結晶器を散布し、それを拡散レーザーでロックしあてると、拡散レーザーの光が威力はそのままに複数に分かれて周囲の敵を一掃していく。その攻撃は大地を抉り、復活した緑すらも焼き尽くしていく。

 その一撃にはフランも驚いて三毛に声を掛ける。


『い、いきなり切り札を使ったわね』

『露払いにはちょうど良いからね。ここから先の戦いには邪魔なんだよ、彼らは』


 そう口にしたミケの合成音声は今までにフランが聞いたことのない緊張が含まれていた。


『やっぱり来るかッ』


 ミケはそう言いながら機体を最大加速させた。翼からアイテール粒子が大量に噴射されてまるで流星のように『ビースト』が空中を駆け抜ける。だがロックオンされた現状からは逃げきれないとミケは理解すると、にゃーと鳴きながら背中のコンテナからアイギスシールドを出して正面に展開した。


『ミケ?』


 その行動にフランが疑問に感じてミケに声を掛けるが、その直後に巨大な赤い光の柱が地中海側から放たれ『ビースト』を直撃した。

 それはアイギスシールドも反射こそはできても、集束することはできないほどの出力の光だった。


『キャァァ』


 その衝撃にフランが悲鳴を上げる。またアイギスシールドから反射された赤い光は大地を抉り、地図を書き換えるほどの亀裂を生み出していく。それはレーヴァテインと言われたキベルテネス専用の『航宙』兵器によるものだとミケはモニタの情報から理解する。


『なるほど『デウス』か』


 ミケはそう口にしながら、なおも『ビースト』を加速させていく。すでに危機的状況は去った。光の奔流が消失したのを確認しながらミケは対象を捉えて突き進む。


『アイギスシールドは機能不全に陥っているみたいだね。無理もないけどさ』


 ミケはそう口にして、使用が不能になったアイギスシールドをその場でパージするとレーヴァテインの次弾が装填される前に……と突撃していく。

 『ビースト』を襲ったレーヴァテインは小型アイテール変換炉でもまかなえぬほどのエネルギー量を放つ兵器だが、その原理は『ドラゴン』などと同様で、膨大なアイテール粒子を補充したカートリッジを弾丸のように装填して使用する兵器である。

 エジプト領に封印されていたという兵器だが、カタログスペック通りであれば大陸を分断できるほどの威力を誇る。しかし一度の射撃で熱された砲身を冷まさなければ次射は撃つことができないシロモノだ。


『チッ、やはり一撃では倒させてはくれないようだな。『ビースト』のパイロット』


 そして近付く『ビースト』に対して通信が入ってきた。その発信元は『ビースト』の正面の空に浮かんでいる人型の兵器からであった。


『そちらは『デウス』のパイロットだね。『フェネクス』はどうしたのさ?』

『さてな』

『そう撃墜したってわけだ』


 うそぶく『デウス』のパイロットの言葉を解析し、もう一機のキベルテネスの結末をミケは即座に知った。


『可愛げがないな。勝手に結論付けてくれるなよ』

『あいにくと君の戯れ言に付き合いたい気分じゃあないんだよ』


 そう言い交わした次の瞬間に、互いの姿が見えた『デウス』と『ビースト』が同時に拡散レーザーを放った。しかし、そのレーザーは互いの間の位置で干渉しあい、両者に届く前にエネルギー爆発を起こす。


『なぜです? なぜなんですか?』


 そんな中でフランの声が戦場に響き渡った。


『へえ、彼女同伴かい』


 フランの声を聞いた『デウス』のパイロットが笑ってそう口にするとミケが『飼い主だ』と即座に否定した。


『ははは、そりゃあマニアックな関係だな。で、何を疑問に思う飼い主さん?』


 そう言い合いながらも戦闘は続いていく。互いの拡散レーザーを再度撃ち合いながら接近しあい、多層ディストーションフィルターの中和を行っていく。それはまるで空中で絡み合うふた筋の閃光のようであった。


『あなたは救世メサイア機関に選ばれたパイロットのひとり。であるのになぜ裏切ったんですか?』

『ああ、それかい。そりゃあ決まっているな。これ以上上級市民ノーブルに利用されないためだよッ』


 『デウス』のパイロットはまったく躊躇わずにそう答えながら、攻撃の手を一切ゆるめない。


『それはどういうことでしょう?』


 フランの再度の問いに『デウス』のパイロットが鼻で笑いながら、問い返した。


『そもそもがだ。救世メサイア機関ってのが何なのかをアンタは知っているのか?』


 その言葉にフランが息を飲み、それを聞いた『デウス』のパイロットがヘッと笑う。


『ほらな。あんたも分かっているはずだ。連中は上級市民ノーブルだ。それもその中の最上位である賢人ワイズマンたちの手の者たちだってな』

『何を馬鹿なことを?』

『はは、馬鹿とは口が悪いな。大体こんな兵器を偶然、外側の人間アウターの人間が発見して、それを匿名で渡してくるなんてことあるはずがないってのはアンタらだって承知のことのはずだ』

『確かに……そういう話はありますけど』


 それは恐らくは誰もが感じていたことだ。だが、救世メサイア機関が最初に行ったモスクワコロニーの殲滅を見た外側の人間アウターは飲まれた。得られた兵器で戦えることを知った。故に彼らは自らに武器を提供する存在の正体を積極的に知ろうとはせず、むしろタブー視すらして目を逸らしてきた。


『すでに主要コロニーの半数以上を俺たちは落としてしまった。であれば上級市民ノーブルも認識したはずだ。外側の人間アウターが取るに足らないゴミ屑ではなく、危険な存在であるということをな』

『それがあなたの裏切りとどう関係があるって言うんですか?』


 フランが叫んだ。そこまでのことをフランが考えていなかったわけではない。しかし、そんな誰もが疑問に思っていることを今更言われてそれが裏切りの理由だと返されても納得ができるわけがなかった。


『あるんだよ、それがな。俺は見せられた。連中の中で外側の人間アウター排斥論は常に持ち上がっていた。だけど結局は外側の人間アウターという存在の非力さを理由にここまで留められてきたんだ。だが俺たちが出てきてしまった』


 『デウス』からマナ拡散結晶器がバラ巻かれる。それを見たミケは『デウス』から拡散レーザーが発せられる前に破壊咆哮ハウリングバスターを放って砕き一掃した。


『チッ、止めやがったか。まあ、そういうことだ』

『それが救世メサイア機関の目的だと言うことですか。私たちは外側の人間アウター排斥論を後押しするための存在だと?』

『そうだ。キベルテネスを駆る俺たちは外側の人間アウター殲滅の理由となる。最終目的地アメリカ領のフリーダムコロニー、その地下にいる賢人ワイズマンたちは自らの手で危険分子を生み出し、この地上から外側の人間アウターを一掃しようしている。それを俺は見せられた。その準備ができているのを俺は知ってしまった。それはもう実際にできているんだ』

『一掃? 見せられた? 誰に? 一体何を言って……』


 困惑するフランに『デウス』のパイロットは叩きつけるかのごとく、続けての言葉を吐いた。


『俺が負ければ、ユーロ領も落ちるだろう。そうなることを『ビースト』のパイロットよ。お前は証明した。連中にキベルテネスを倒せる兵器はないとな。だから彼らは外側の人間アウター殲滅のために、地球上のコロニー外の人間を一掃することを躊躇わない』


 そして『デウス』の腕から巨大な光の剣が放たれる。それは『ビースト』の持っていたアイギスシールドと同様に『デウス』に用意されていたキベルテネス専用兵器グラム。それを人型の機械が振り上げた。


『だから、ここで俺に倒されてくれ『ビースト』のパイロット! 俺も後から逝くッ!』

『断るよ』


 全く迷いのない合成音声がその場に響き渡った。それと同時に『デウス』の身体に槍のような物理兵器が突き刺さっていた。それは『ビースト』の口から発射されたものだ。


『馬鹿な……これで俺たちは、外側の人間アウターは……』


 血を吐くような声が漏れた。


『それは僕の問題ではないよ。僕は僕のためにこれを動かしているのだからね』


 そして『ビースト』が口から放ったブリューナクと呼ばれる兵器が『デウス』内部に高熱ガスを噴射し、パイロット諸共『デウス』という存在を燃やし尽くしていく。それはまるではりつけにされて火刑に処された咎人のように炎を上げながら地上に落ちていった。


『それで、どうなるの? ここから私たちは……』


 そう呟いたフランの瞳に端末からの映像が映る。それは遙か彼方、恐らくは宇宙より降り注ぐ無数の流星群だった。

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