四日目 猫は目を丸くして、にゃーと鳴いた。
『もう、すでに終わっているとはね』
キベルテネス級獣型兵器『ビースト』と呼ばれる兵器の中からミケの意志を伝える合成音声が外に響き渡った。それは幾分か残念そうな、つまらなさそうな、玩具を取られて拗ねている子供のような声にもフランには聞こえた。
『まあ仕方ないわよ』
そこはインド領ベナレスコロニーの内部。すでに別のキベルテネスによって攻略されて
『ここを落としたのはキベルテネス級人型兵器『デウス』ね。インドネシア方面からここまで侵攻した彼がこの場を経ってからもう八時間は経過している。今頃は地中海でキベルテネス級鳥型兵器『フェネクス』と合流して南下しているところでしょうね』
フランの言葉にミケが『完全に出遅れたよね』と返し、それにはフランも少しばかり苦笑をして頷きながら口を開いた。
『中国領の攻略には少しばかりかかったし、すでにスクラップ寸前だったとはいえ別のキベルテネス級まで出てきたんですもの。その後処理もあったのだからさすがにこれは不可抗力よ』
そのフランの慰めの言葉は実際に正しいものではあったのだが、それでも現実は変わらない。その結果によりこの後のミケの予定もすでに確定していた。
『ともかく当初決めていた通り、遅れた私たちはここで待機。私たちもここを発つことになるのは二機がエジプト領に封印されているキベルテネス用兵器の確保をした後……ということになるわね』
そのフランの言葉に合わせてミケの目の前のモニタには地図が表示される。そこには『ビースト』とその他二機のキベルテネスの侵攻ルートが映し出されていた。それによればこの場にいる『ビースト』と二機のキベルテネスがユーロ領をそれぞれ別ルートから攻めてユーロ領のコロニーを制圧して合流。それから大西洋の海底基地で最後の補給を受けた後、最終目的地であるアメリカ領のフリーダムコロニーへと侵攻すると書かれていた。
『後三日でフリーダムコロニーか。そこに
ミケの言葉にフランも頷く。
『そうね。最終的な目標は機械種の制圧か、或いは破壊。相手は機械種とは言っても対
それは力の強大さから地上での運用がそもそも想定されてはいない宇宙専用の兵器なのだが、フリーダムコロニーの地下にあるという機械種は演算処理装置として特化したものであるらしく、世界中のコロニーを統御している個体なのだと
『しかし、ひとつのシステムにすべてを委ねるというのはどうなんだろうね。こうして僕たちが攻めているように危険な構造に思えるけど』
そのミケの問いにはフランも「そうね」と同意する。もっともフランの考えはその先もあった。
『けれどもミケ。多分だけど、この仕組みを作った人……初代の
『だから彼らは急所を握ったのだということかな? 面倒だね、人間は』
ミケが目を細めてそう言うと、フランが『まあ、ただの推測でしかないけどね』と笑って返す。
『どうであるにせよ、私たちはそれを目標に進むだけよ。コロニーの支配は無理でも、かつての文明の力があれば私たちの暮らしはきっと良くなるはずだから』
そう口にしたフランの言葉は本心から来ているようであった。もっとも……とミケは思う。
『それまでは、この解放されたコロニーで少しばかりの休息ね』
『休息……そうだね。けれど解放されたというのはね』
ミケがモニタに映るいくつもの映像を見ながら呟いた。
そこには色白い、まだ少女と呼ぶべき年頃の女たちが虚ろな目をして浅黒い男たちに組み伏せられている映像があった。規則正しい銃声が街のあちらこちらから響き渡っているのが聞こえていた。何十何百という死体が積み上げられ、それにゲラゲラと笑いながら小便をかける男たちがいる姿がモニタには映っていた。
それらはミケから見れば『酷く正しい』光景ではあった。だが人の価値観を押し付けてくる仮想人格AIモジュールからは道徳的に間違っているという答えと不快感を表す感情をミケに与えてきている。
そしてミケはフランを見た。その顔はコロニーの様子を直視していないようだった。その状況に耐えているようにも見えない。そもそも見てもいないのだろう。ないものとして考えているとしか思えなかった。
『何かしら?』
笑顔のフランは含みあるミケの言葉に首を傾げている。自然に、まったく気付いていないかのように。或いは慣れていて麻痺しているだけなのかもしれない。ここはそうした世界なのだ。少なくとも
『いや、なんでもないよフラン』
であればミケも何を言うつもりもない。
わずかばかりの疑問はあったが、それで飼い主のご機嫌を損ねるのはミケとしても本意ではないし、汚いモノを見たくないという感情は人だけでのものではないのだから理解もできた。
それにミケにとって重要なのはカリカリで、その次がフランで、それより優先順位の低いものに関してはどうでも良いということもある。だから、唐突なる攻撃に対してミケが守るように動いたのは、当然のごとくフランだけであった。
『キャァアアアアアアアア!!!』
フランの悲鳴が響く。それはまったくの不意打ちだった。突然、膨大な熱量の光が『ビースト』のいる場所に降り注いだ。そして多層ディストーションフィルターの影響範囲外の周辺すべてが瞬間的に蒸発した。瓦礫も男も女も死体も何もかもが一瞬で消え去る。
『こりゃあ強烈だ』
ミケがそう呟いた。放たれたのは上空から発せられた大口径レーザーだと戦術AIモジュールが解を示してる。けたたましくアラームが鳴り響き、ディストーションフィルターすらも何層も破壊されつつあることをミケに伝えている。
それはここまでにはなかった正しく命の危機であった。だが『ビースト』の中という絶対的な安全圏にいるミケに焦りはない。現状のままでは無理だが、この攻撃を攻略するすべは存在するのだ。であれば……と、ミケは『自らの意志』で兵装の使用制限を解除する。ミケは『ビースト』の背部のウェポンコンテナを開き、その中に収納されていた盾のようなものを出すとそれを広げて上に向けて展開した。
そのミケが出した盾は、アイギスシールドと呼ばれるキベルテネス級専用兵器だ。それは正しく機能を発揮して放たれた光学兵器を反射するだけではなく、シールド内で留めて集束させてから一気に撃ち返した。
その一撃により上からと下からのエネルギー同士の摩擦が起こり、天地を結ぶ巨大な光の柱が生じた。それは成層圏にあった衛星兵器を破壊したことで収まったが、標的となっていた『ビースト』の周辺はもはや完全に溶けて、赤く輝く液体の川ができている。むろん、人の気配などそこにはあるはずもない。
『ピンポイントで僕へ攻撃を仕掛けてきたか』
すでに指揮車両も溶けてしまったため、ミケはフランを『ビースト』の機体内に収容しながらモニタに目を通すと迎撃完了の表示が出ていた。その様子を見ながらミケは訝しげな視線をモニタに映し出された情報に向けると、すぐさまスタンドアローンでの周辺観測を行い始めた。そしてにゃーと鳴いた。
『やられたよ。気付かなかった。というよりは気付けなかったと言うべきか……外部の観測機に頼ったのが失敗だったということなんだろうけど』
ミケの言葉を聞き、端末に送信されてきた状況のレポートを見て、フランの顔も青くなっている。それは先ほどまで表示されていた周辺情報とはまったく違うもの。『ビースト』が観測をスタンドアローンにして得た正しい情報であった。そして、そこに映っている情報によれば北西より迫る大隊があると表示されている。
『機関の情報が漏れている? それもあなたに誤情報を送るほどとなると……』
フランが頭をかきむしりながら状況を整理する。何かがおかしい。何かとても悪いことが起きているとフランは感じていた。もっともその推測の答えをミケはすでに出していた。
『その手の工作は『人型』の得意技だったはずだよね』
つまりは裏切り。それもミケより示唆された犯人はキベルテネス級人型兵器『デウス』である。その答えに愕然とするフランにミケはさらに言葉を紡いだ。
『それでフラン。ノンビリ構えている暇はなさそうだから、もう少し『ビースト』の中で我慢していてくれるかな?』
『これ以上、何があるって言うのよ?』
混乱状態のフランが声を荒げてミケに問うと、端末にミケが現在観測している状況がまた更新されていく。
『ユーロ領の軍隊『
端末を介して遠方よりこちらに向かってくる光がフランにも見えた。すでに発射されもうじきここに着弾するであろうソレは、たとえベナレスコロニー内に生き残りの
そして『ビースト』がその場を離れた直後にベナレスコロニーにミサイルの雨が降り注ぐ。その爆発の余波を受けながら『ビースト』は飛んでいく。ひとまずは目の前の『
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