第27話√月待
視覚情報を遮るために下りていた肉の膜を上げる。日は沈み代わりに微弱ながらも月の光が辺りを照らしている。上体を起こし腕を伸ばす。周りを見渡すが他に人影もなく、どうやら生き残ったのは自分たちだけらしかった。
神湊「渚君起きましたか。おはようございます。」
自分が寝ている間ずっと起きて見張りをしていてくれたのだろう。
月待「おはようございます。見張りをしていてくださっていたみたいでありがとうございます。」
神湊「いえ、いいんです。むしろ今まで任せっきりでしたから、気にしないでください。」
月待「そうですか…。ならあとは自分が引き継ぎますから神湊さんは寝てください。」
神湊「そうさせてもらいますね。実は私結構眠くてですね。」
細かい時間は分からないがおそらくかなり深夜だろう。昨日の移動で疲れがあるのにも関わらず昼からこんな深夜まで起きていてくれたのだ。見張りのために常に気を張っているのは大変だっただろう・・・ん?ということは昼から今まで寝ていたわけで…。枕代わりにしていたリュックサックを大慌てで漁る。
神湊「どうしたんですか渚君?」
荷物から薬の入っているポーチを取り出し、すぐに注射をする。大丈夫なのだろうかという不安よりずっと寝ていたことを後悔する。まさか脱出できる前日に薬を打ち忘れて何度か見てきた化け物にはなりたくなかった。空になった注射器を捨て意味があるかは分からないがもう一本取り出そうとする。2本目に行こうとしていると服が引っ張られる。
神湊「あの渚君。薬なら私がやっておきました。」
月待「え?ほ、本当ですか?」
神湊「はい。」
安堵の息が漏れる。最後の最後で化け物になることは避けれた。
月待「ん?」
遠くから飛んでくるものが見える。少し遅れてヘリ特有のパラパラ音が聞こえ始める。迎えのヘリだということに理解するとまだ寝ていた神湊を起こす。
しばらくするとヘリは野原の真ん中に降下して着陸する。そして扉が開く。中に入っていいということだろうと思い荷物を担いで中に入る。中には先客…というより最初から乗っていたであろう初老の男性と警護であろうしっかりとした体格の男が2人いた。最低でも操縦席にもう1人いるだろう。
初老の男「ふむ。君たちだけかね。」
腰の水に手を伸ばして臨戦態勢を作る。
初老「そう構えなさんな。とりあえず座ってはどうだね?色々話したいことがあるのでね。」
向かいの席を勧めてくる。物腰は柔らかく敵意も感じられない。今のところは何もする気はないと信じ神湊と並んで座る。
初老の男「10日間お疲れ。君たちは薬を集めることが必要になることが分かり、なおかつ集められたとても賢く豪勇な人間だ。」
月待「何が言いたいんですか。」
初老の男「いやいや素直に讃えているだけだよ。ところで、だ。我々は君たちに前途ある若者の貴重な時間を奪ったことと、了承も得ずあのような状況に放り投げてしまったことに少なからず心を痛めていてね。君たちも能力を貰ったとはいえ分不相応だと思っているだろう?そこでだね、我々にでき得る範囲での願いなら一つ叶えることにした。」
月待「願いを叶える?それがあなたの能力ですか?」
初老の男「ははは、何も私の能力はそこまで全能じみたものではないよ。ただ純粋に使える金や人を使って叶えてあげられる範囲のものさ。」
普通ならどうにもうさんくさいと感じるものだが、不思議とそう感じないのは非現実的なことを10日間に及び体験したせいだろう。なら自分の懸念していたことをどうかしてもらおう。
月待「この右足折れているんですが、今すぐに治してください。」
ただでさえこの島に連れてこられてきたせいで学校を休んでいるのだ。あげく戻ったところでこれではすぐに入院しなければならない。さすがにこれ以上休めば勉強に付いていけなくなる可能性が高い。
初老の男「ふむ、堅実な願いだ。確かに承った。それでそこのお嬢さんはどうするかね?」
神湊「私は…渚君が殺人の罪で捕まらないようにできますか?」
思わず神湊のほうを向く。なぜ自分のことをかばうような願いなのか。無欲な僧ではないのだから他に願い事などあるはずだろう。
初老の男「ほほう、なかなか面白い願いをするお嬢さんだ。本人ではない人がその願いをするのか。」
神湊「それで、できますか?」
初老の男「そもそもこの島のこと自体漏れることがないから心配する必要はない。だが、万が一漏れたとしても、そこの男の殺人だけは何の証拠も挙がらないようにしておこう。」
神湊「お願いします。」
初老の男「ふむ、承った。もう変更は聞かんぞ。願いも聞いたので早速だがお別れにじゃな。」
男が指を鳴らすとあれだけ寝ていたはずなのだが急に眠気が襲ってくる。抵抗しようとするが何もすることができずに視界は闇に包まれる。
自分の部屋だというのに落ち着けずにそわそわしてしまう。普段は自分しかいないはずの部屋の流し台に人が立っている。
あの意識を失った後、自分の部屋のベットで目覚めた。すぐ右足を動かしてみると痛みもなく動かすことができた。自分の夢かとも思ったが確かに進んでいる日にち、腕にある注射痕、そしてなにより水が操れる。現実だということを分からせるには十分すぎる材料だった。
平日なため登校をするが、自分が休んでいたことに関して誰も話題にしなかった。自分から言い出すようなことでもないため授業が内容が飛んでいる以外、何の問題もなくその日は終わった。
次の日、登校すると神湊が話しかけてきた。夢じゃないことを確認するためか突拍子もない質問をされた。神湊も同じく友達どころか親ですら、何も聞いてこないのとあれだけの人が失踪したのにも関わらず何の報道も無い事を疑問に思ったらしい。だが、大方の予想はついているとはいえ何の確証もないためただの憶測にしかならなかったため、適当に会話を切り上げた。
神湊「そうですね他に渚君に聞きたいこともありますし。」
月待「他に聞きたいこと?」
神湊「味噌汁のことなんですが今度の休日の昼でいいですか?あと渚君の住所を教えてください。」
というわけで今日がその日である。せっかくということで味噌汁以外にも作ってもらうことになった。大人しく座りながら料理している神湊の後姿を見続ける。
自分は人を殺して、自覚できるほどおかしくなっている。価値観が変わってしまったのだろう。その影響でこれから自分の考えや思いが変化していくだろう。だから変わる前に今、この確かであるはずの気持ちを食後に神湊に伝えようと思う。
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