第23話

目を開ける。まだ少し眠たいが体がこの時間に起きることを覚えてしまったようだった。


猫又「あ、月待さん起きたっすか。そろそろ起こそうとしてたし丁度いいっすね。」


腹筋に力を入れ上体を起こす。半開きの目を擦ると脳が働き始めるのが感じられる。


月待「おはようございます。そしておやすみなさい猫又さん。」


猫又「そうっすね。お言葉に甘えて寝させてもらうっす。」


昨日と同じようにすぐに横になってしまう。やはり何もないと少し寂しい。何もすることがないまま数十分程過ぎる。


猫又「渚さん。」


唐突に話をかけられる。ここ数日猫又から話すことはなかったため驚く。


月待「まだ起きてたんですか猫又さん。どうかしました?」


猫又「…いや、やっぱりいいっす。分かりきったことっすから。」


一方的に話を切られてしまう。声を掛けても応答がなかった。何を言いかけたかが疑問だったが言いかけたことを推理することが、見張り中の良い暇つぶしになるだろうとそれ以上聞くことにしなかった。



神湊「月待さんはこの島から出たら何をしますか?」


いつものように猫又が起きるまでの会話が始まる。薬が集まり帰れるのが現実的になったからだろう。


神湊「私はお風呂に入りたいですね。水じゃやっぱり物足りなくて。」


女性らしい意見だった。お湯くらいなら作れると言いかけたがやろうとしたら間違いなく近くに居なければならなくなるため、セクハラになるだろうと思い止める。


月待「自分はそうですね…温かいものが飲みたいです。具体的に言うなら味噌汁ですかね。」


久しぶりに自分の家の流し台を水で濡らすのもいいかもしれない。


神湊「それなら私が作りましょうか?料理には自信があるんです。」


月待「本当ですか!それなら是非ともお願いしたいです!」


神湊「良かったです。それで一応聞いておきたいんですが月待さんの家に調理器具はありますよね?」


表情が固まる。


月待「えっと…それって自分の家に来るってことですか…?」


少し間を空けて神湊も意味を理解したようだった。目を逸らされる。


神湊「ち、違うんですよ月待さん。他意は無くてですね。今のは言葉の綾でそ、その本当に純粋にただ月待さんに味噌汁を振る舞いたいなーって思ってたら自然に出てきただけですから!」


月待「分かってます。分かってますから。」


何とも言えない空気が漂う。神湊はただねぎらってくれようとしただけなのだろう。自分が変に意識してしまったことを後悔する。そうなればこの空気にした責任がある自分が打ち破るべきだろう。


月待「えーっと、あと一つ島から出た後したいことがありました。」


神湊「欲張りなんですね。」


月待「はは、そうかもしれません。でもそんな大したことじゃないんです。この島から出た後も神湊さんとはもちろん、猫又さんとも付き合いを続けていきたいってことなんですけどね。」


一緒に苦楽を共にしてきたのだ。この島から出たら何の関わりもなくなるというのは寂しい。


神湊「奇遇ですね。私もこのまま月待さんとの付き合いを続けられたらなと思ってたんです。」


月待「本当ですか。それは嬉しいです。」


内心小躍りする。交流が続けば仲は深まっていくだろう。今はこのままでもいい。そうすればいずれ…。


猫又「朝からお二人は仲良しっすね。」


月待「あ、起きたんですか猫又さん。それじゃあ朝飯にしましょうか。」


神湊「そうですね。」



朝食のあといつものように二人が水浴びするために川から離れる。リュックを置き、水をいくつか取り出す。これ以上戦闘があるとは思えないがちょっとした日課になりつつあるため行う。というより何もせずにいると、覗きに行きたいという欲望に悶々としてしまうから振り切るようにやっているだけだが。


という訳で水を動かし空中に見たことのある造形のものを形成する。自分が思えばかなり細かいところまで再現できる。その気になればジオラマのようなものも作れるのだろう。間違いなく作っていくうちに意識し続けられない部分が出て地面に吸い込まれていくだろうが。


そうしていると突然目の周りが柔らかくほのかに温かい…手に覆われ、視界が暗闇になる。


???「だーれっすか♪」


声と口調で瞬時にわかる。ここ何日も聞き続けた声だ。間違えるわけがない。口を開き始めながら後ろを振り向こうとする。


月待「猫又さ---」


振り返ろうとした顔が殴りつけられ声が途中で遮られる。混乱しつつも前に2,3歩よろけ、そして今度は体ごと捻り腕も振り巻き込むように、振り返る。が、そこには誰もいなかった。いや、正しくは居たのだろう。気配は今も自分の背中から感じる。何とか見ようと、さっきとは別方向に首を捻り見ようとするがまたもや頬が殴られ、振り向くことができない。


後ろにいるであろう人物に肘打ちを試みる。しかし、何かに当たるような感触もなく、ただ空振りに終わる。返しとばかりに背中が殴られる。


とにかく距離を取らなければと思い、前に走り出そうと片足を上げる。そうするとまるで先読みをされているかのような速さで瞬時に片足になったところを狙われ、足が掬われる。前に倒れ込み、受け身も取れずにしたたかに打ちつける。立ち上がろうとするが、後頭部を踏まれ地に顔を伏せるしかできなくなる。


月待「猫又さん、ですよね?」


猫又「ん、さすがにバレてるっすか。」


月待「どういうつもりですか。」


猫又「どういうつもりも何も、体験した通りっすよ。月待さんを攻撃してるだけっす。」


そういうことを聞いているのではないのだろうと分かっていて、はぐらかしているような印象を受ける。恐らくいくら聞いてもまともに答える気などないのだろう。


猫又「腰のペットボトルに手を伸ばそうとしてるっすね。無駄っすよ。いくら取り出して水を操れたとしても…自分は月待さんの視界に映ってないんっすから。」


考えが筒抜けだった。そして猫又の言う通りだった。水を操れたところで今見れるのは頑張っても地面を水平にしか見れず、少し離れたところにある自分のリュックを見るのが精一杯だった。これでは自分を踏みつけている猫又にはどう足掻いても無理だろう。


月待「なんで水を取ろうとしてるのが分かるんです。」


猫又「ああ、月待さんは知らないでしたっけ。せっかくっすし、教えとくっすよ。五感強化で視力が上がっているおかげで人がどう動こうかしているかわかるんっすよ。」


さっき振り返る方向に合わせられたのも、背中に貼り続けられたのも、走りに合わせて瞬時に足をかけられたのも先読みができたからこそなのだろう。


月待「それでこの後どうするんですか。すぐに開放してくれるとありがたいのですが。」


猫又「いくところまでいくだけじゃないっすかね。まぁ、要するに殺すってことっすけど。」


月待「殺す…ですか。なら自分も必死に抵抗しないとですね。」


猫又「できるだけ大人しくしてもらえないっすかね。どうせこの状況から抜け出せる訳ないっすから。」


月待「そうですね。猫又さんがご丁寧に説明してくれてなかったら…でしたが。」


直後、ちゃぽん、と水滴が水に落ちる音が連続して鳴り響く。自分にとっては小さな音だったが、五感を強化している猫又にとっては予想外の音だったこともあり、かなり響いたのだろう。ひるんだのか踏みつけていた足の抑える力が弱まる。当然その隙を突かないわけがなく、即座に足を払い除け立ち上がり水のあるリュックに走る。リュックの近くには皿のように伸ばされた水があった。音の正体はこれである。自分のリュックはペットボトルが取り出しやすいように少し開いている。そこから覗き、中の水を操った。


蓋が開いているわけがないため、少々もったいないが水圧のカッターでペットボトルを切り、中から水を出すと二つに分けた。片方を皿のように広げ、もう一つの塊は出せる速力を出して上に飛ばした。すぐに自分の視界から外れてしまうが、慣性である程度上に昇ると、重力に引っ張られ落ちてくる。それを水の皿で受け止めてぶつかる音を鳴らしたのだ。



水をある程度出し終えると、猫又は地面に大の字になっていた。


猫又「降参っす。煮るなり焼くなり好きにするといいっすよ。」


呆気にとられる。どう攻撃をしてくるのかと警戒していたのだが、そんな様子は一切なかった。


月待「どういうことですか猫又さん。」


猫又「どうもこうもないっすよ。月待さんを攻撃して、水を出されて劣勢になったから降参しただけっすけど?」


月待「そういう事を聞いてるんじゃなくて、襲って来た理由を聞いてるんです!」


猫又「ああ、そういうことっすか。自分の能力を試したくなった、これでいいっすか。」


月待「嘘です。」


猫又「じゃあ、前々から殺したいほど気に入らなかった。用済みになったし殺すことにした。」


月待「それも嘘です。」


猫又「じゃあ自分以外の脱出者はいらないから始末することにした、でどうっすか。」


月待「いい加減にしてください!自分の知ってる猫又さんはそんないい加減な理由で襲ってきたりしません!自分の知ってる猫又さんはもっと合理的で打算的なはずです!」


どう考えてもらしくない理由だった。試すならこんな形じゃなくてもいいはず。本当に殺す気なら寝込みを襲えばもっと確実なはずだ。


猫又「はぁ…分かったっすよ。本当の動機を言うっす。そうっすね順序立てて話すと見張り交代のときの言いかけた質問からっすかね。」


猫又の発言を一言一句聞き逃さないように真剣に聞く。自分に問題があるのであれば改善するつもりだ。こんなところで関係を終わらせたくなかった。


猫又「月待さん、神湊さんのこと好きっすよね?」


月待「なななな、なんでそれを…。」


猫又「やっぱビンゴっすか。そりゃあんだけイチャついてれば嫌でも分かるっすよ。今思えば神湊さん仲間にするしないであんなに食い下がってきたのも納得がいくっす。自分の好きな人見捨てられないっすよね。まあ確信したのは土砂で入口が塞がれて、助けたときなんすけどね。」


確か助けられたとき、自分は神湊と手を繋いでいた。そう思われても仕方ない状態だっただろう。


月待「でも、それとどう猫又さんが襲ってくる理由になるんですか。」


猫又「みなまで言わないとわからないっすか。・・・月待さんのことが好きだったんすよ。」


脳の処理が追い付かず、時が止まったかのような錯覚をする。


猫又「月待さん優しいんっすもん。自分初日に知り合いと会ったんすけど、その人は見つけるなり襲って来て…。こんな能力の使い方も知らなかった頃っすからね、逃げるしかなかったんす。薬集めるには他の人に集めてもらうしかないって思って、そして月待さんと出会って。


不安だったんっすよ。問答無用で薬を奪って来ようとしないか、とか。仲間にしてくれたとしても自分が持っている分も含めて残り日数分集まったら見捨てられるんじゃないか、とか。そうならない為にすり寄る必要があると思っていたのに馬鹿正直に月待さん自分に優先的に薬集めてくれたり、武器までくれたんっすから。夜逃げされるとか考えなかったんすか。」


力なく笑う猫又。何も言うことができずに聞くことしかできなかった。


猫又「まあそれは置いておいて、早い話失恋したんっすよ。それだけならよかったんすけどね。この島が出たら会わなくなるっすし、その内忘れるって思ってたんすけどね。今朝に月待さん言いましたよね?『この島から出た後も神湊さんとはもちろん、猫又さんとも付き合いを続けていきたい』って、知らないとはいえどんな拷問っすか。島出た後も会い続けましょうなんて未練ありまくりの自分に断れるわけないじゃないっすか。」


月待「だからこんなことを?」


猫又「敵対すればそんなことも思わなくなると思ってすね。」


猫又は懐から注射器を取り出すと投げ捨てる。


猫又「人間は少量でも心臓に直接空気が行くと死ぬらしいっす。」


聞いたことがある。医療ミスで点滴から空気が送られ死んだ人がいるとテレビで見たことがあった。


猫又「けじめとして月待さん。その注射器で自分を殺してほしいっす。」


月待「嫌です。」


できるわけがなかった。猫又さんは仲間で、この島で一緒に生きるために行動した戦友でもあり…。


猫又「嫌っすか。そうっすよね。ならこれでどうっすか。自分は月待さんと神湊さんの匂いを覚えてるっす。五感強化して嗅覚が鋭くなればどこまでも追えるっす。月待さんを襲っても返り討ちにされるだけっすし、次は神湊さんに危害を加えるっすよ。」


月待「なんですかそれ…。」


猫又「嫌なら自分を殺してくださいっす。」


何を言っても無駄なのだろう。固い決心を感じる。自分はそれに答えなければならないのだろう。猫又に近寄る。そして手を…。


注射器に伸ばし、拾い上げる。中に空気を満たす。自分がこれから行おうとしていることに恐怖を感じ手が震えている。

だが、やるしかなかった。不規則になりかけていた息を整えながら猫又の腕に突き刺す。

月待「がああああああああああああああああああああああああああ」

叫ばずにはいられなかった。注射器を押し、中の空気が注入されていく。

猫又が何か言っているような気がするが自分の絶叫で聞き取れない。そんな余裕もない。

すぐに注射器を最後まで押し込み終わる。

すぐに引き抜き、そこらへんに投げると脇目も振らずにリュックを回収してその場から逃げ出した。

居続けることなどできるわけがなかった。


無我夢中で走っているとすぐに川に出る。神湊がいた。あちらも気付きこちらを振り向く。

神湊「どうしたんです月待さん。なんで泣いてるんですか。」

自分の顔を手で触ると水が付着する。その場に崩れ落ち、しばらく泣き続けた。

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