第21話

体が揺すられる。目を開けると猫又が目に入る。交代の時間なのだろう、寝惚け眼を擦りながら体を起こす。


月待「おはようございます猫又さん。」


猫又「おはようございますっす月待さん。じゃ見張り頼んだっすよ。」


そう言って昨日と同じくさっさと横になってしまう。特に何も無くなんとなく寂しい。


月待「えっと猫又さん。」


猫又「何っすか。まだ寝たいとかは聞きつけないっすよ。」


月待「なんかお願いとかないですか?できる範囲でならその…しますけど。」


猫又「ああ、そうっすか。それならっすね…。」


どんなことを言ってくるのかハラハラしながら身構える。


猫又「静かにしててくれっす。」


それ以上何かを言うことはできなくなってしまった。空を見ると今日も月は綺麗だった。



日が昇り始めた頃に神湊が起きる。


神湊「おはようございます月待さん。見張りお疲れ様です。」


月待「おはようございます神湊さん。お疲れです。」


神湊「猫又さんは…まだ寝ているみたいですね。どうしましょうか。」


少し迷ったが気になっていたことを聞いてみることにした。


月待「神湊さん少しいいですか?」


神湊「はい?」


月待「昨日末尾さん達と戦ってる時に乱入してきたあの化け物。神湊さん何か知ってますか?」


引っかかっていたのだ。急にあんな化け物が出てきたら猫又のように驚いて行動が遅れてもおかしくないはずなのだが、特にそういう訳でもなかった。


神湊「あ、それはですね。月待さん達と合流する前に霊界堂さんという人から聞いていたんです。薬が打てなかった人のなれの果てらしいんです。良くわからないんですが人を襲うみたいで…。」


昨日自分は薬を打たないと言っていたが、打たなかったらああなっていたと思うとゾッとする。


月待「それでその霊界堂さんはどうしたんです?」


神湊は口を噤む。一呼吸おいて重々しく口を開く。


神湊「そう…ですね…。丁度いいですし、前後の話もしておきますね。」


話を始める。7日前…つまり初日に末尾と他2人と出会って過ごしたこと。そして2日目に化け物を追って来た霊界堂と和倉という人物と出会い、そこで話をしたこと。そしてなぜか殺し合いが始まったこと。正直朝から聞きたくなるような話ではなかった。


月待「そうだったんですか…。」


月並みな相槌を打つくらいしかできなかった。長い間重苦しい沈黙が空気を包む。そうしていると猫又が起きる。


月待「と、とりあえず朝飯にしましょう!」


神湊「そ、そうですね!」


振り切るように食事にすることにした。



今日も二人が水浴びしている間に水の操作の練習をする。水を分裂させて動かすが3つまでが限界だった。4つめを作り、動かそうとするとどれか一つが操り切れず落ちてしまった。現状では3つに分割して動かすのが限界のようだった。練習をしていると水浴びを終えた2人が来て、薬集めを開始する。今日こそは失敗できなかった。


猫又「ん?1…2…3…3人っすかね。激しく動いてるみたいなんで戦ってるみたいっす。」


月待「どこからです?」


猫又「あっちからっすね。早く行きましょうっす。」


そう言って昨日と同じく一人で先に行ってしまう。手持ち無沙汰なのも嫌なため、神湊の手を握り引っ張る。駆け足で急ぐ。


猫又「ここっすね。」


小声で指を指す。そこは3日目に羽佐間兄弟と戦った場所だった。そこには切り株に腰かけている見たことのある人物と2人の人型のようなものが2つ転がっていた。片方は見たことがあった。2日目に襲って来た石を投げる男だった。薬が無く化け物になった者達だということは想像にかたくなかった。水を取り出しながら2人に伝える。


月待「それじゃあ行ってきます。」



男の死角に水を配置して、茂みから出る。


月待「久しぶりですね、室戸さん。」


飲んでいたペットボトルを腰かけていた切り株に置くと、立ち上がる。


室戸「どこかで聞いたことのある声だ。ええっと…そう!思い出した!月ま。」


振り向いた瞬間に顔に水を纏わりつかせたため、それ以降の発声したものは水に吸収される。今までの人のように、室戸も顔に張り付いた水を手で払い除けようとしてくる。だが、今までと同じく水は顔に纏わり続ける。剥がせないと悟ったのか手を下ろす。すると次は右足を地面に擦りつける。まるでポイ捨てしたタバコの火を消す時のような動作をやり続ける。訝しみつつも顔に水を纏わり続かせていると、急に遠心力で左側に飛ばされそうになり視界が回る。


室戸が視界から消え自分が歩いてきた方向を見ることになる。振り向くと室戸が顔に付いた水滴を拭っていた。


室戸「なんでお前らみたいな外的影響を与えられて、なおかつ攻撃力のある奴らはその場にとどまり続けるんだ?」


先ほどまで室戸の顔にあった水の塊はなくなり、足元が湿っている。自分が目を離した…いや、離されたのだから水は地面に吸い込まれていったのだろう。だがそんなことは問題ではなかった。なぜ自分が室戸とは逆の方向を向かされたのかの方が問題だった。


室戸「どうしたそんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔…いや険しい顔をして。まあ、とりあえずさっきの続きを言わせてもらおうか。久しぶりだな月待君。」


月待「ええ、久しぶりですね。」


適当な受け答えをしながら水を新しく取り出す。相も変わらず能力は分からないままだが、やらなければならない。


室戸「おいおい連れないなぁ。知らん仲というわけではないし、久しぶりに話ができるかと期待したんだがな。」


月待「知らない仲が敵対関係じゃなかったらしてたかもしれませんね。」


室戸に水を向かわせる。能力を暴こうにもとりあえず行動である。


室戸「そう早まるな。そうだ!俺の能力の話をしよう!これでどうだ!?」


水を止める。


月待「なぜ話すんですか?」


室戸「さっきから話がしたいだけって言ってるはずだが?そこに転がってるやつらは薬を狙って問答無用で襲って来て話どころじゃないしよ。ま、それにそっちの能力は分かってるのにこっちの能力が分からないのは不平等だからな。心優しい俺としては非常にここが痛むわけよ。」


そういって胸のあたりを親指で突く。理由が本心かどうかは分からないが聞いておくに越したことはないだろう。


室戸「お、どうやら聞いてくれるようだな。じゃあ喋らせてもらうぜ。俺の能力は衝撃を移動させるって能力だ。そうだな、例えばここに木があったとして。こうする。」


空に拳を突き出す。続けて足を蹴り上げる。


室戸「そうしたら数秒後に指定した場所に伝わるってことだ。ついでに伝える時間も指定できる。どうだ理解できたか?あ、真偽を疑うだろ?さっき月待君の体ごと振り返らせたのは足を擦りつけた時の外に向かう力を月待君の足裏に時間差を無くして一気に送ったからなんだが。」


言い終わると置いていたペットボトルを手に取り、飲み干す。


室戸「ご清聴ありがとうございます。」


ご清聴では会話になっていないのではないかと思ったがわざわざ指摘するほどのことではないだろう。


月待「いえ、こちらがお礼を言わせていただきたいくらいですよ。わざわざ能力を教えてくれたんですからね。」


室戸「いやいやこっちが感謝感激雨あられだぜ。馬鹿正直に話を聞き入ってくれて・・・その場から動かないでくれたんだからな。」


首が左に捻られる。自分の意思で向いたのではない、向かされたのだ。右頬に強烈な”衝撃”が来たのだから。室戸の攻撃であることは想像に難くなかった。だが分からなかった。自分の顔は何かに触れてもなかったし、室戸が物に対して殴ったり蹴ったりをした様子はなかった。


室戸「馬鹿な月待君は混乱してるだろうから律儀で心優しい室戸さんはそれに答えをやるよ。俺の衝撃移動は物だけじゃなく空気を通してもできる。」


さっき説明の際、拳を突き出したり、蹴り上げた時に攻撃をしていたということだということに気付く。向き直るとまたもや出していた水が地面に落ち吸い込まれていた。室戸は持っていた空のペットボトルを握りつぶす。


室戸「これがなんだかわかるか…?」


月待「さぁ?リサイクルにでも出すんですか?」


余裕があると見せかけるため軽口で返す。喋ると口の中に何かが転がるのが分かる。鉄の味もする。さっきの攻撃で歯が抜けてしまったのだろう。


室戸「これがお前の・・・未来だ。」


ペットボトルを落とし手を握りしめるとその場で正拳突きを始める。だが自分も何も考えずに話を聞いていたわけではない。衝撃は伝わるのに数秒のラグがあると言っていた。つまり動き続ければ的が絞れずに当たらないということだ。駆け出し不規則に動き回る。


室戸「ああ!動くんじゃねぇ!当てられねぇだろうが!」


露骨なまでに焦る室戸。当然止まるわけもなく、でたらめに動き回りながら水を取り出す。これならさっきのように体の向きを変えさせられることもないだろうと再び水を手足を振り回している室戸の顔に纏わりつかせる。更に慌てるかと思ったが、むしろ動きを止める。そして、足を地面に叩きつける。数秒後、室戸の前の土が空を舞い室戸と水が見えなくなる。すぐに舞い散った土は地面に帰り、室戸の姿が見えるようになるが顔にあった水がなくなっている。


室戸「これだけはしたくなかったんだがな…一張羅の服が汚れちまうからよ。ま、だがおかげで土が水を吸い取ってくれたぜ。」


舌打ちをしながら新しい水を多めに取り出し始める。足を凍らせれば今のような対処できなくなるだろう。水にはまだ余裕があったが少し焦っていた。もしまた昨日のように逃げたら…という考えが脳裏によぎっていたからだ。


室戸「感服するよ月待君。俺の能力の弱点をすぐに見破る洞察力。俺が焦っているように見えたからと頭を冷やしてくる優しさ。頭じゃなく顔を冷やしてくるのは勘弁して欲しいところだがな。」


こちらの狙いを分かって茶化しているのだろう。しかし不気味な程に自信に満ちているように感じる。能力の弱点を突かれているとは思えない程の余裕。


室戸「どうだいお互いの能力は通じないことは分かったことだ。せっかくの男同士、不良漫画よろしく殴り合いってのは。」


その提案に乗るわけがなかった。室戸の体格は男の目から見てもかなりいい。何度か攻撃を受けているがそのどれもが重かった。それに比べて自分は帰宅部、特に鍛えてもいないため、殴り合いになったら負けるのは明白だった。それにまだ手が尽きたわけではない。水を分け片方を室戸に向かわせる。


室戸「はぁ…お前それしかできないのか?7日間も考える時間あってそれだけか?」


地面を蹴り始める室戸。水が顔に張り付く直前に下降させ、室戸の膝に纏わりつかせ凍らせる。遅れて土が舞い上がる…がすでに水ではなく氷なため土に染み込むことはない。分けていた水を室戸の顔に張り付かせる。勝ちを確信する。足が使えなければさっきのように土を舞わせることもできないだろう。手でやろうとしても足程の力はないだろうから足でやる規模をやろうとすればだいぶ時間がかかるはずだ。室戸が左に倒れ込む。体を振って隙を見て呼吸をしようといるのだろうがしっかりと追従させる。そのまま体が地面と衝突するわけもなく室戸が右手で受け身を取る。そこからどう動こうがどこまでも水を追従させるつもりだった。室戸は右手首を捻ると捻りを戻そうとする。そうして室戸の体が右手を支柱として回転する…丁度文房具のコンパスのように。意図に気付いた時には遅かった。すでに室戸は自分に背を向けており…顔は見えなくなっていた。左手で膝を何回か殴りつけると氷が砕ける。自由になった足を動かしながら立ち上がる。その一連の動作を眺めているしかできなかった。


室戸「いや、まさか水を氷にできるとは驚いた。焦ったよ。どうしたんだい月待君そんな呆然として。防ぐ手立てを潰して勝ったとでも思ってたのか?そうだな確かに防げはできなくなったが回避ぐらいはできるぞ。」


室戸は何度か足で地面を蹴り、呆気にとられて動かせずにいた水に土がかかり無くなる。


室戸「お前のような能力は視界内にしか影響及ばさないのはとっくに知ってるさ。顔を背ければ回避できるのは最初やられたときから思いついたさ。だがなんで馬鹿正直に相手してやったと思う?お前の操る水を少しでも減らそうとしてたからだよ。さて、そろそろ満足しただろうしこっちからもいかせてもらうぜ。」


手と片足を横に振り続ける。自分も我に返り、動き回りながら新しく水を取り出し始める。そうしていると突然足が掬われる感覚と共に倒れ込む。


室戸「そこら一帯に一斉に足払いをした。んで。」


拳を振り降ろす。立ち上がろうとしていた自分の後頭部に飛ばしたのだろう頭から地面に叩きつけられる。ついでとばかりに地面に顔が付いた瞬間張り手でもされたかのような衝撃。


室戸「おっと、その様子じゃさっき一応飛ばしておいた倒れ込んだときの衝撃が当たったようだな。まさか当たるとは思わなかったぜ。」


恐らく何度もこの状態に相手をしてきたのだろう。追撃に手馴れているようだった。なんとかして抜けなければ、と思い考えを巡らせる。立ち上がろうとしてもさっきと同じく殴られるだけだろう。なら、前にと思い手足の指に力を入れ地面を蹴る。脇腹に衝撃が来るが傷口を氷で固めた場所だったため、痛みはなかった。移動するとすぐに立ち上がる。荒い呼吸をしながら水を取り出し始める。だがどうすれば室戸を窒息させられるのか分からなかった。まだ日没まで時間があるのなら一度体制を立て直すべきだろうか。


室戸「おっと抜けられてしまったか。まあ、また転ばせればいいだけか。あ、そうだ月待くん。」


月待「どうしましたか室戸さん。降参ですか?」


室戸「忠告しておくぜ。動くと疲れるし、疲れは溜まるものだ。」


月待「?何が言いたいのかわからないのですが。」


室戸「分からないかぁ。仕方ない馬鹿な月待君にはっきりと伝えるとだな。さっきから動き回って疲れてるだろうから逃げようとしてもすぐ追い付くから逃げようなんて考えないことだよってことだ。」


確かに室戸の攻撃を避けようと動き回り息が荒くなっていた。まさか最初に自分の能力を喋ったのも動き回ることを予想して息切れさせるため…?


室戸「近寄ろうと思えばできるが、あえて寄らずに選ばせてやるよ。このまま俺の攻撃でちまちまやられるか、殴り合いをするかをな。」


一定の距離を保ち続ける。殴り合いなどするわけがなかった。このままだと負けるのは目に見えていた。負けるとどうなる?薬が集められないだろう。薬が集められないと、きっと神湊と猫又に見捨てられてしまうだろう。見捨てられる?嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。見捨てられるというのは自分に対して呆れだとか侮蔑的な感情しか向けられなくなるだろう。そんなの嫌だった。好きな人がその感情を向けてくる。そんなの耐えられるはずがなかった。どうすればいいのか考える。思考回路が焼き切れてもいい、どうにか室戸を倒して、2人に見捨てられない方法を。そして、気付く。自分が引かれないように今までいい子ぶっていたことに。倒すこと自体は簡単なことなのに手段を選んでいたことに。水を室戸に向かわせる。


室戸「そう何度もくらうとでも思っているのか?」


地面を蹴り、向かっている途中の水に土が覆いかぶさろうとする。最高速度を出したまま水を凍らせて、室戸にぶつける。土の中を突っ切ってきたことに気を取られている間に水を室戸に向かわせながら金鎚を模させ、それを室戸の膝にぶつける。ボキッと鈍い音と続いて絶叫が響く。どうみても室戸の足は普通なら向くはずのない方向に向いていた。足を抑えているようだったが構わず水を増量し、同じように鈍器を模し叩き続ける。足を折って逃げられない様にしたのだから次は何もさせないようにするため腕だった。ある程度やったら足に戻る。特に折っていない方の足は念入りにする。そして攻撃対象は全身に移る。倒れ込もうと薬を折らないようにリュックを避け叩き続ける。必死だった。何もできないだろうがそれでも叩き続ける…つもりだったが後ろから何かが抱き付いてきたことにより中断される。


神湊「渚君!」


振り返るとそれは神湊だった。


神湊「もう止めてください!もう抵抗どころか動かないじゃないですか!操っているの月待さんでしょう!」


神湊の言葉を聞き、自分の口は震えながらも返答をする。


月待「見捨てないでくれますか?」


神湊「見捨てるわけないじゃないですか…。居ますよずっと傍に!」


安堵し、冷静になる。そして室戸を見ると、殴りつけていた水は目を離したため無くなっており、室戸は手足が軟体動物のようになっており、関節がどこかも分からないような有様だった。動く様子は一切なかった。


月待「もう大丈夫ですから、神湊さん離してください。薬を回収しに行かないとですから。」


少し名残惜しいが薬の確認はしなければならなかった。少し離すまで間があったが分かってくれたのか手が離れる。室戸に歩み寄るとあちこちが赤く腫れ、気絶しているようだった。リュックサックを剥ぎ取ると、中身を漁る。目的のポーチはすぐに見つかった。中身を見ると12本入っていた。持って神湊と茂みから出てきていた猫又のところに走る。残りの日数を生きるには十分な量の薬を手に入れたと伝えるために。



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