第19話

太陽という名の光源は地球に隠れ、辺りは暗くなっている。それでも完全な暗闇にならないのは代わりに微弱ながらも光り輝く月が空にあるからだ。古代ギリシャでは、昼夜がある理由を太陽の神と月の神が争ったからだと考えていた。太陽と渡り合うほど力を持っていると考えられていて、信仰されていた。実際には太陽の光を反射しているだけの腰巾着だというのにも関わらずに、だ。他に光源がない状態で唯一照らしてくれるというのはそれほどまでにありがたられていたということだろう。今ならその信仰が分かる気がする。というわけで信心深く、何時間でも月を眺めていられる・・・なんて思っていたのは3日目の5分間だけだった。特に変化が起こるわけでもないものを何時間も毎日眺めていられるほどの想像力は自分にはなかった。そんな月も上がり続けていたのだが、とうとう西に落ち始めようとしていた。自分の眠気の限界もあり、そろそろ見張り交代の時間だろうと思い猫又の肩に手を置きゆする。


月待「猫又さーん。そろそろ見張りの交代お願いします。」


声を掛けながらゆすっていると目が薄く開き、こちらをしっかりと目で捉えてくる。


猫又「ああ、もうそんな時間っすか。お疲れ様っす。」


状態を起こすと体育座りをする猫又。


猫又「?どうしたんすか月待さん。じーっと見て。」


月待「眠るので膝枕をしてくれるのを待っているのですが。」


猫又「ああ、そんなこともあったっすね。でも自分じゃなくて神湊さんにしてもらえばいいじゃないっすか。」


予想外の返答に面食らう。昨日までは言いださなくてもさせてくれていた。それどころかなぜか神湊の名前が出てきたからだ。


月待「神湊さんは寝てますし、毎日猫又さんがしてくれるって約束じゃないですか。」


猫又「そういえばそうっすね。」


渋々といった様子で立ち上がり座り直す。いつものように猫又の太ももの上に頭を置く。会話はない。今日はどんなことをさせられるのだろうと気構えていたのだが肩透かしをくらう。なぜだろうかと考える前に脳が睡眠欲求に負け、それ以上考えることはできなくなっていた。



水をシャトルランの要領で行ったり来たりをさせる。それでも、やはり一定の速度以上は出る様子はなかった。分子運動を激しくし、熱湯どころか瞬時に蒸発させる程、水を早く動かせるはずなのだが。分子を動かすのと物質を動かすのは別ということだろうか、などと考えてみるものの、そもそもこの能力自体謎が多いため考えるだけ無駄なのかもしれない。次は操っていた水の一部を手のひらの上で氷にする。どれほど睨みつけ、念じようともピクリとも動かない。水が変化したものなのだが一向に動かせる気配はない。神湊と猫又が水浴び中をしている間、身に着けてからだいぶ経っている能力に変化や成長が見られないかと思い、色々と試しているのだ。しかし今のところ何一つ目新しいことはなかった。能力はこれで完全の状態なのだろうか。ため息をつく。今までの戦闘は(一度は負けたが)なんとか勝っているものの決して楽勝というものではなかった。そのため少しでも戦闘が楽になる要素があれば…と思ったのだがそう都合よくあるわけがなかった。神湊も猫又ももっと頼っていいと言ってくれた。だがそれは自分が頼りになっていないということではないだろうか。だから頼りにされるようになるようにならなければならなかった。そのための能力確認だったが特に変化がない。仕方なく少しでも水の操作に慣れるように水をやたら動かすことにした。


そうこうしていると水浴びを終えたであろう2人がやってくる。水を全てペットボトルに戻す。


月待「今日も元気に薬を集めましょう!」


神湊「おー!」


神湊も一緒に手を突き上げてくれる。それに対し猫又の反応は


猫又「そうっすね。じゃあ探すんで静かにしててくださいっす。」


と素っ気無いものだった。おかしい普段なら乗ってくれると思っていたのだが。



猫又「あっちから話し声がするっすね。結構近いっす。」


それを聞いて猫又を抱き上げようとするがスルリと手をすり抜け、一人で茂みの中に入っていってしまう。


月待「猫又さん抱きかかえなくても平気なんですか?」


猫又「ん?ああ、そういえば毎回持ってもらってたっすね。あれはもういいっすよ。」


そう言って先に一人で進んで行ってしまう。追いかけようとすると袖が引っ張られていることに気付き、振り向く。


神湊「月待さん、その、はぐれないように手を繋いでもらってもいいですか。」


いきなりの提案に困惑するが、すぐに答えは思いつく。


月待「ええ、いいですよ。」


手を広げると神湊の少し冷たくしっとりと水気を帯びた柔らかい手が握ってくる。その手を握り返し神湊を引っ張りながら早足で猫又に付いていく。1分としないうちに猫又は立ち止まり指を指す。その方向にいるということだろう。頭を低くし、様子を伺う。そこには2人の女性と石の上に木が何本か並べられており、さながら屋根のようになっているのが見えた。当然だが自分の知識では自然にあのように木が何本も石の上に並べられるというのは聞いたことがないので、どちらかの能力でああなったのだろうと想像がつく。根元からかなり無茶な力で引き抜かれたようになっており、筋力の強化だろうと推測をする。そこまで考えていると、


神湊「末尾さん…。」


と横で同じく覗いた神湊が呟く。


月待「神湊さん知っているんですか?」


神湊「あ、えっとあの刃物を持っている人…末尾さんって言うんですが、月待さん達と会う前に一緒に行動していたんです。」


月待「一緒に行動していた?」


初耳のことだったため、思わず聞き返す。


神湊「この島の初日に会って2日目まで一緒だったんです、でも…。」


猫又「その話は後で聞かせてもらうっす。それより能力は分かるっすか?」


神湊「確か幻覚を見せると聞いてます。見せてもらった人から聞いた限りじゃ末尾さんが2人に見えたそうです。」


幻覚を見せる、かなり厄介そうな能力だった。持っている刃物は鉈だろうか、かなり大きい。もう1人の事も知っているかと尋ねるが首を振られる。神湊の話も気にはなったが、今すぐに聞き出す必要のあるような話ではないと判断する。リュックから2本ほどペットボトルを出し、戦闘の準備をする。


月待「それじゃあ行ってきます。」



ある程度の距離まで近づき、水もすぐに顔に貼りつけさせられる位置に移動させる。まず狙うのは刃物を持っており、厄介そうな幻覚を見せる末尾だった。


月待「すいませんそこの人。」


二人の顔がこちらを向く。ほぼ同時に待機させておいた水を末尾の顔に纏わりつかせる。今までの人のようにやはりもがく。だが、当然今までのように剥がれるはずもなく、無意味な行動に過ぎなかった。ここでもう一人が状況に気付いたのか足元の石を拾い上げる。手のひらに乗せたかと思うとなんの動作も前触れもなく、石が飛んでくる。幸いなことに見当違いな方向に飛んで行ったものの目で追ってしまった。すぐに「しまった」と気付く。2人を見直すと案の定、顔に纏わりついていた水がなくなって、足元が湿っていた。


月待「突然ですいません。こちらも無理に傷つけたくないので薬を渡してもらえるとありがたいのですが。」


降伏を促しながら時間を稼ぎ、新しい水を出す。あわよくば抵抗をしないでもらいたいと思う気持ちも嘘ではなかった。


末尾「なn・・」


???「何言ってんの!!あんたなんかにやらないわよ!」


分かっていたが交渉決裂。


月待「なら…実力行使で行かせてもらいます。」


再度、水を顔に纏わりつかせるために向かわせる。末尾はなぜか動かなかった。顔の手前までいったとき、もう一人が末尾に飛び込み、転がる。だがそれで終わるはずがなかった。すぐに軌道を変え、末尾の顔に…。


月待「え?」


さっきまでいたはずの末尾がいない。居た付近を注視するが人が隠れられそうな障害物などなかった。透明になる能力?いや、それでは神湊の言っていたことが嘘になる。そこで気付く、幻覚は見ているものを増やすものという先入観があった。が、増やすだけでなく消すこともできるとしたら…。


神湊「1時の方向から来るよ!!」


神湊の声に現実に引き戻される。そして左にかわす。さっきまで自分の立っていた場所から空気を切る音が聞こえてくる。


末尾「菫!さっきの声が聞こえたところに攻撃して!」


突如それなりの大きさの石が浮き、自分の後ろに飛んでいく。声がした方がから遠ざかりつつ、2人がこのままでは危ないと思い、末尾に向かわせた水に近かった菫と呼ばれた一人を狙うことにした。だが、読まれていたのかもう一人の姿も見えなくなってしまう。自分以外も消せるということに一種の腹立たしさを覚える。自分の身を守らねばと思い水を戻そうとするが、間に合わないと判断。さっきまで操っていた水の操作をやめると地面に吸い込まれていく。すぐさま新しく出した水を操作する。見えない末尾の位置を調べるために水を薄く水平に扇状に広げていく。水が先に進まないところがあり、そちらから来ていると推測するためである。効果はあったがすでにかなり迫られていた。バックステップをするが、脇腹に痛みが走る。水で位置を見る限りかなりもたついているようだった。恐らく鉈が重く振り回せないのだろう。だが不利なことに変わりはなかった。


神湊「渚君!逃げよう!私の勘がそう言ってます!」


歯ぎしりをする。神湊の能力がそう言っているのなら自分はこのまま続けても勝てないということなのだろう。悔しかったが、自分でも痛いほど理解していた。敵の姿は見えず、このまま戦い続けてもジリ貧だと。神湊達の場所に向かって走る。すると急に神湊達の横を通り人影が現れ絶句する。その人影はおおよそ人ではなかった。二足歩行はしている、目からは生気がなく頭や腕のようなものも確認できるがそれはかろうじて人型だったが…肉塊と呼んだ方が正しいような気すらした。ソレは見た目からは想像できない程の機敏な動きで自分の方向に向かってくる。ぶつかりそうになり横にずれるがソレは初めから自分に興味などなかったかのように自分の後ろの空間に走っていく。頭の中でいろいろな疑問が浮かぶが逃げるために考えている余裕はなかった。自分と同じく理解が追い付いていないのだろう呆然としている猫又の手を引っ張る。


月待「とりあえず逃げましょう猫又さん!」


猫又「え、は、はいっす!」


猫又を引っ張りながら、逃げる体勢に入っていた神湊と並走しながら走り続けた。



追撃など無く、無事に河原に戻ってくることができた。安心して息を整えようとすると脇腹が痛む。痛みのある個所を見やると深くはないが浅いともいえない傷口から激しく動いたせいか血が出続けていた。


猫又「渚さん大丈夫っすか!?」


神湊「月待さん大丈夫ですか!?」


二人も気付いたようだった。手で押さえるが血は止まらない。


月待「ちょっと…まずいですね。」


まず横にさせられた。神湊と猫又が話し合っている。どうやらどうやって手当てするかを話し合っているらしかった。神湊がリュックから水を取り出す。


猫又「今から神湊さんが傷口に水かけるっす。その後傷口を氷で覆ってくださいっす。できるっすか?」


頷く。神湊が自分の近くに座り込み、服が少しまくり上げられる。


神湊「少し染みますけど我慢してくださいね。」


水が傷口にかけられる。逃げ出したくなる衝動をこらえる。


猫又「そろそろいいっすよ。」


言われるや否やすぐにかけられていた水を固める。これで止血はできただろう。立ち上がる。


月待「それじゃあ薬集め再開しましょうか。」


すぐに取り押さえられる。


神湊「こんな状態で動こうとしないでください!」


月待「でも薬の数が…。」


自分の記憶が間違ってなければあと3本…つまり今日の分しかないはずである。そうでなくても毎日消費され続けるのだ。一日でも早く集めたかった。


猫又「万全の状態でも勝てなかったのに手負いで勝てるとは思えないっす。薬は今日分はあるっすから安静にするっすよ。」


悔しいが何も言い返せなかった。結局何も言い返せないまま時間は過ぎていった。



日が海の向こうに沈もうとしていた。薬の時間であった。神湊も猫又も最後の一本であろう薬を取り出していた。自分も取り出すがまったく注射する気にならなかった。


神湊「どうしたんですが月待さん。そろそろ打たないとですよ。」


月待「自分は打つ資格がないんですよ。自分の役割は戦って勝つことなのに負けてしまった役立たずですから…。」


顔を伏せる。神湊がいろいろと励ましてくれているようだったがまったく耳に入らなかった。自分が打たなくなれば毎日薬の消費が抑えられるではないか。この1本も残せる。それに打たなかった場合どうなるかもわかる。ああ、なんて丁度よくていいこと尽くしで自分に言い聞かせるには十分な言い訳なのだろう。いやまずこの二人から離れるべきだろうか。そもそも男がいては色々不安なこともあっただろう。出ていこうと結論付けようと思考が向かっていると後頭部が殴られる感覚がくる。見上げると猫又が木刀を持っており、柄で殴られたのだとわかる。


猫又「何うじうじしてるんっすか月待さん。さっさと薬打つっす。」


月待「でも自分は…。」


猫又「全部聞いてたっすよ。資格がないだとか役立たずだとか言ってたっすね。」


月待「なら…!」


猫又「大方これで薬一本残せるとか考えてたんっすよね?馬鹿っすか?中途半端に一本だけ残されても困るっすよ。それに薬打たないで能力が使えなくなったりしたら自分と神湊さんじゃ戦えなくて本当に詰みっす。」


月待「でも資格がなくて…。」


猫又「ああ、もう!いつから月待さんの能力は人をイラつかせる能力になったんすか!資格がない?なら取り戻せっす!負けたことを償うっていうならこんな形じゃなくて薬を集めるっていう償い方をしろっす!それにこれじゃあ、ただの責任放棄っす!ここまできたんっすから最後まで一緒っす!だからさっさと薬打て!!!」


あまりの剣幕に押される。そして意味を理解して、さっきまでの情けない自分に笑ってしまう。責任放棄?その通りだった。自分は逃げようとしていただけだった。先も分からないのにこっちが楽だと決めつけていた。手に持っていた注射を腕に刺す。


月待「ありがとうございます猫又さん。そうですよね。自分はただ逃げようとしてただけですね。許してください猫又さん、そして神湊さん。諦めようとしていた自分を。」


猫又「さっさと食べて寝て、少しでも傷癒すっすよ。」


神湊はきょとんとした顔をしていたが、事態が呑み込めたのか笑顔になる。


神湊「いいんです。私も月待さんのことわかってあげられてなかったですから。」


安堵する。どちらも怒ってはいないようだった。そうと分かると食料を引っ張り出し、食べれるだけ食べた。そして食べ終わるとすぐに猫又に膝枕をしてもらい深い眠りに落ちた。「明日こそは」と思いながら。

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