第17話

猫又「渚さーん起きてくださっす。交代の時間っすよー。」


昨日と同じく肩を叩かれる。目を開けそうになるが寸でのところで気付き、瞼を閉じ続ける。少し唸り、もぞもぞと体勢を変えうつむきになる。そして顔を猫又の足の間に埋めようと顔をこすりつける。


猫又「えっと、渚さん何やってるんすか?早く起きてくださいっす。」


体を揺すってくる。


月待「起きたくないです。」


猫又「なんでっすか。というか返事してる時点で起きてるっすよね?」


月待「だって・・・起きたら猫又さんの膝枕が終わって、猫又さんから離れないといけなくなるじゃないですか。」


猫又「な、なな、何言ってるんすか。膝枕なら明日もしてあげるっすから起きるっすよ!」


顔をずらし、猫又の顔が見えるようにする。


月待「本当に?」


猫又「本当っすよ!だから今日はここまでにしましょうっす!」


渋々といった様子に見えるように名残惜しそうに起き上がる。


猫又「は、ははそ、こんなに思ってくれてるなんて膝枕冥利に尽きるっすねはは。じゃ、じゃあおやすみなさいっす。」


そう言ってさっさと横になってしまった。どうやら昨日のお返しは成功したみたいだった。



雨の勢いは変わらず降り続けており、光が雨雲に邪魔され変わらず薄暗い。昨日と違うのは風が強くなっていることだった。


神湊「ん、おはようございます月待さん。」


声に反応して振り返ると神湊が起きていた。猫又はまだ寝ているようだった。


月待「神湊さんおはようございます。気持ちのいい朝…と言いたいところですが外は大荒れでとてもそんなことは言えないですね。」


クスッと神湊が笑う。何かおかしいことでも言っただろうか。


神湊「猫又さんはまだ寝ているようですし少しお話しませんか?」


月待「そ、そうですね。」


雨音と暴風で木が揺らされ、葉が擦りあう音が鮮明になるほどの沈黙。とりあえず間を持たせないとと思い口を開く。


月待・神湊「「あの…。あ、お先どうぞ」」


一言一句同じだった。お互いに表情が固まる。だがまた沈黙というわけにもいかないと思い、一つ間を置いてから続ける。


月待「神湊さんの能力って限界あるんですかね?」


神湊「限界?」


月待「いや、どこまで分かるのかなと思いまして。例えば宇宙の真理を知りたいと思ってそれに能力が発動したら知れたりするんですかね。」


神湊「うーんどうなんでしょうか。月待さんに会えた時の勘は『誰か頼りになる人』とかなり漠然としたものでしたけど発動しましたし、上限なんてないのかもしれませんね。でも、宇宙の真理に勘が発動したら意味が分からず頭がおかしくなっちゃうかもしれませんね。」


月待「それは発動したら大変ですね。それじゃあ試してみません?」


神湊「試す?」


月待「ええ、そうです。できることの限界は知っておいた方がいいですからね。そうですね…まず手始めに自分の今考えていることを当ててみてください。」


神湊「それもそうですね。じゃあ失礼します。」


と言ってこちらの顔をじっと見つめてくる。なんというか想い人に顔をまっすぐ見続けられるというのはいささか恥ずかしい。そもそも顔を見続ける必要はないと思うのだが敢えて言わないでおく。そのような時間が少し続くが、急に神湊の口が動く。


神湊「え?」


というと顔を伏せてしまう。表情を読み取ろうにも髪が邪魔で見えなかった。


月待「ど、どうかしたんですか神湊さん。」


神湊「あ、あの発動はしたみたいなんですが…。いや違います発動してないです、これは今思いついたのは自分の願望ですから…。」


どことなく歯切れが悪い。自分は温かい豆腐入りの味噌汁が飲みたいと思っていただけなのだがなぜこんな様子になるのかまったく見当がつかない。


神湊「月待さんの考えてる事分かりませんでした。思いついたのは勘でもなんでもない自分のただの願望だったのであんまり気にしないでください。」


猫又「なんすかーさっきからうるさいっすよー。」


猫又があくびをしながら起き上がる。


月待「神湊さんいったん落ち着いて朝飯にしましょう。」


神湊「そうですね!そうしましょうか!」


神湊の事が気になったが今問い詰めても聞き出せないと思いあとで聞くことにした。



簡素で味気のない朝食を食べ終わる。


猫又「外いってくるっすね。」


木刀とリュックを持って猫又が出口に向かっていく。それを追うために急いで準備を…せずにむしろゆっくりとする。さすがに自分も馬鹿ではない。一人になりたい理由などすぐにわかる。猫又が戻ってくるのを待っていると何かが滑る音が聞こえてくる。その音の正体に気付く前に出入り口が瞬く間にふさがれ視界が暗闇に包まれる。


月待「もしかして…閉じ込められた…?」



神湊「土砂ですかね…。」


周囲は暗く神湊の位置もわからない。ここのところ雨が降り続けていたため地盤が緩くなっていたのだろう。


月待「安心してくださいすぐに出れるようにしますから。」


近くにあったリュックからペットボトルを取り出す。この穴を掘ったように水で掘れればすぐに出られるはずであった。だが、自分はそこで気付く。視界内の水の操作で、視界内ということは見えてなければならないのに暗闇でほぼ視界0の状態でどうやって水が操れるのか、と。それを裏付けるように未だに水温がペットボトルを隔てながらも手に伝わってくる。


月待「神湊さんすいません。自分能力が使えないようで…。」


神湊「ど、どうしてですか?」


月待「自分の能力は水を操るには視界内にないとダメなんですが暗いせいで水が見えないんです。」


神湊「えっそれじゃあ出られないってことですか…?」


かなり不安にさせてしまったようだった。言ってから後悔するが黙っていてもいずれバレたことだろうと開き直る。


月待「でも!能力が使えないなら素手で掘ります!だから神湊さんは安心してください!」


少しでも不安を軽くしようと咄嗟に出た言葉だったが自分でもかなり意味不明なことを言っているのが分かる。誰が素手で土砂をどかすと言われて安心するだろうか。


神湊「ふふっ、月待さん安心させようとしたんでしょうけど、それじゃあ不安煽ってるように聞こえますよ。」


やはり不安にさせるような言葉に聞こえていたようだった。


神湊「だから月待さんだけじゃ不安ですから自分も手伝います。」


月待「そんな。自分が能力使えないせいでこうなってるんですから神湊さんもする必要はないんですよ。」


神湊「でも1人より2人でやったほうが早いですよね。それに月待さんの能力が使えないのは月待さんのせいじゃないですし、月待さんに責任があるなら閉じ込められることを能力で察知できなかった私にも責任はあります。」


口を開きかけるが続ける神湊の言葉に遮られる。


神湊「そしてダメ押しに最後に一つ。猫又さんも言ってたように頼ってくれてもいいんですよ?」


その通りかもしれなかった。今思えばこの島に来てから何でも自分で背負おうとしていた気がする。神湊も猫又も仲間なのだから頼っていいのかもしれない。


月待「そうですね。少し気負いすぎてました。神湊さん。」


神湊「はい。」


月待「一緒に脱出するために穴を掘ってくれますか?」


神湊「はい!」


こうして神湊と二人で脱出を試みることになった。そしてなぜだろう。この島に来てから言い負かされてばかりな気がする。



月待「そういえば神湊さん。」


神湊「どうしました月待さん?」


暗くて見えないがおそらくこちらを見ているだろう。休憩中に引っかかっていたことをソロソロ聞けるだろうと思い切って聞くことにした。


月待「今朝の神湊さんの能力試したとき何が思いついたんですか?」


神湊「え、えっとですね、あの時はですね。その『月待さんの考えてる事』じゃ発動しなかったのでその、いろいろアプローチを変えてですね…。」


やはり少し歯切れが悪い喋り方になる。だが今朝とは違い話してはくれるようだった。


神湊「『月待さんが私に隠していること』と思ったら発動してですね。それで、その思ったことが『月待さんが私の事好き』だって…。」


思考が停止する。何という爆弾発言、いや爆弾能力。バレないようになんとか取り繕わなければ。告白が相手の突拍子もない発想というのは何とも言えない。


月待「えっとそれはですね。」


神湊「あはは分かってますよ。冷静に考えてみれば人としてってことですよね。」


月待「そ、そ、そそうなんですよ!人としてね!」


自分でも分かるくらい声が上ずっている。正直このまま話し続けたらボロが出てしまいそうだった。


月待「そろそろ休憩終了して作業の続きをしましょうか。」


神湊「そ、そうですね!」


2人して何かを振り払うかのように一心不乱に穴を掘り進める。最中に神湊がボソりと呟く。


神湊「そうですよね!人としてですよね。人としてですか…。」



ある程度掘り進め、再び休憩の時間にする。


月待「こんなにも素手で土を触るのは幼稚園以来ですよ。」


神湊「そうですか?私は小さいころからスコップを使っていたので手でここまで触ったのは初めてですよ。」


月待「スコップですか。自分の幼稚園は園児数の割にスコップが少なくて競争率が高くてついに一度も持てないまま卒業したんですよね。」


神湊とも話やすくなってきた。話やすくなったことで神湊という人間がより一層理解できるようになっていく。状況が一切好転していない状況下でこういうことを思うのはどうかとも考えれるが閉じ込められて良かったのかもしれない。


月待「しかし何も見えないと気が滅入りますね。」


神湊「そうですね月待さんが何してるのかも見えませんし、少し不安になります。」


急に神湊が立ち上がり離れていく気がする。


神湊「月待さんこっちに来てもらってもいいですか。」


月待「どうかしたんですか?」


不思議に思いながらも立ち上がり神湊の声のする方向に向かう。ぶつからないように手で前方の確認をしながら歩く。すぐに何かに手が当たる。土にしては柔らかく、何より丸みを帯びている。


神湊「あの月待さん、脇腹を弱いのでできるだけ触らないのでほしいのですが…。」


月待「す、すいません。」


即座に手を放す。


神湊「ま、まあいいです。とりあえず右斜めに少し移動してくれますか?」


言われたとおりに右にズレ一歩前に踏み出す。


神湊「急にですね何か残したくなったので壁に名前でも書こうかなーと思いましてね。それでちょうどいいですし月待さんの名前も書いて欲しくてですね。」


肩を触られたと思ったらそのまま腕を沿い、指先を壁に持っていかれる。


神湊「この辺にお願いできますか。」


少し訝しむが壁に名前を書いたところで特に何もないため左手を引っ込め同じ位置に右手を置いて指を壁にそれなりの力で押し付け横方向に月待となぞる。


月待「書きましたよ。」


神湊「本当に!?本当に書いたんですか!?」


なぜか食い気味に確認をしてくる。何度も返答をする。


神湊「それはよかったですえへへ…。」


なぜ満足気なのか首を傾げるが特に理由が思いつかなかった。



閉じ込められてから何時間経っただろうか。掘っても掘っても未だに外に出られずに閉じ込められたままだった。いつ終わるのかも分からない作業に精神は削られ、体に倦怠感が付きまとう。神湊と横に並び休む。神湊も同じく疲れているのだろう。


神湊「月待さん少しお願いがあるんですが…。」


月待「動かないでできることならいいですよ。」


神湊「手を握ってもいいですか?」


月待「きゅ、きゅきゅきゅ急にどうしたんですか!」


あまりの唐突なことに取り乱してしまう。


神湊「暗くて月待さんの姿が見えなくて…実は月待さんなんていないんじゃないかって不安になってきてですね…。」


神湊もそうとうまいっているようだった。すぐに神湊の手を探して強く握る。


月待「大丈夫です。自分はここにいますし離れませんよ。」


神湊「ああ、よかった。確かにいるんですね。」


なんとかして神湊だけど外に出してやりたかった。が、現実はそうも簡単ではなく何時間掘っても外に出ることは叶わずにいた。その状態のまま数分が経過する。すると突如光が目に差し込んでくる。咄嗟に目を閉じるが、徐々に慣れてきて目を開けていく。それとしばらく聞いていなかった声が聞こえてくる。


猫又「渚さん!凛さん大丈夫…すか…?」


後半声が小さくなったような気がするがそれより光が差し込んだことによる喜びで頭が一杯だった。すぐにバッグから水を取り出しそれを凍らせ氷の梯子を創り、猫又の開けてくれた穴に立て掛ける。寝入りそうになっていた神湊を起こし、すぐに脱出する。外に出るとすでに日が水平線に半分ほど消えていた。


月待「猫又さんありがとうございます助かりました!」


猫又「ええ、それはよかったっす。」


どことなく上の空のような返事だ。恐らく自分たちが無事だと分かって気が抜けたからだろうと解釈する。




用を足して洞窟に戻ったら出入り口が土砂で塞がっていた。最初は面食らったが渚さんの能力なすぐに出てくるだろうと待った。だが何分経っても出てくる様子がなかった。もしかして生き埋めにされたのではないかと思い埋められた地点に耳を当て、片耳は手で塞ぎ、5感強化をして様子を伺った。幸いにも話し声は聞こえたが、ならなぜ出てこないかという疑問が出てくる。結論はすぐに出た。中が暗くて水が操れないのだと。そうなればすぐに助けなければと思い行動はすぐに開始した。丁度いい木片を見つけて衣服で木刀と結び、簡易なスコップを作った。地面に突き立て土をどかしていく。無我夢中だった、一刻も早く助けなければと思い休憩も入れずに掘り続けた。そしてついて空間につながる。中をのぞくと渚さんと凛さんがいた。


猫又「渚さん!凛さん大丈夫…。」


そこまで言って中のあるものと渚さんと凛さんが手を繋いでいるのを見る。それを見た途端、自分の中にあった淡い何かが弾ける音がした。




いろいろあって結局、今日薬集めはできなかった。あの後あの場所は危険だと思い薬を打った後すぐに移動した。就寝場所を決めるころには夜になっており、風邪は依然強かったが雨は止んでいた。食事を取り終わると。


猫又「自分今日は疲れたんで先に寝かせてもらうっす。」


月待「はい、分かりました。」


猫又は了承を取るとすぐに横になって寝てしまった。


月待「神湊さんも自分に遠慮しないで寝てください。今日はいろいろ疲れたでしょう。」


神湊「月待さんは?」


月待「自分は見張りのために起きてないとですから。それに寝ようにも猫又さんに膝枕してもらわないとですしね。」


神湊は少し納得していないような顔をしたが、疲れには敵わなかったのか寝てしまった。月を見上げる。どのくらいの高さで猫又さんを起こそうなどと考えながら。

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