第15話
肩に何かの感触を感じ、目が覚める。雨の音が聞こえるため、水滴かと思ったが濡れている感覚は感じず、少し頭を働かせれば猫又の手であることに気付く。
猫又「渚さん起きてくださいっす。」
体勢を横向きから仰向けになると猫又が顔を覗き込んでいる。
月待「起きました。そしておはようございます猫又さん。」
猫又「おはようございます渚さん。見張り交代の時間っすよ。」
体を起こす。出口の方を見るとまだ雨は降っており昨日より勢いは強くなっているようだった。昨日はそのまま神湊の提案通り何もせず、幸いなことに見つかって戦闘ということもなく過ごせたため、体の疲れは感じなかった。
月待「見張りお疲れ様です。あとは自分に任せてゆっくり休んでください。」
猫又「遠慮なくそうさせてもらうっす。」
そう言うと猫又は昨日と同じくリュックサックを折り畳んで頭に敷いて横になる。しかし数分経ってもなかなか寝付けないのか体勢を変え、もぞもぞしている。
月待「猫又さん眠らないといくら昨日休んだからって今日持ちませんよ。」
猫又「そうはいっても休んだせいで疲れてないっすからね。眠気があるようなないような中途半端な感じっす。眠くなる方法ないっすか?」
と聞かれるがそんな方法睡眠薬以外に知っているはずがなかった。もし、そんな方法があるのなら人はこんなに困っていない。
猫又「あ、そうっす。渚さんが昔話でもしてくれればいいんっす。」
あまりに唐突な提案だった。いやきっと何かの聞き間違いだろう。
月待「すいません今、昔話をして欲しいって聞こえたんですが。」
猫又「はいして欲しいっすよ?あ、絵本とかになってる昔話のほうっすよ。まさか人に膝枕とかさせておいてお返しが無いわけないっすよね?」
月待「いや膝枕は確かにしてもらってますけどあれは猫又さんが何でもするからって言ったからですね…。」
猫又「ええ、そうっすね。ただそれは1回だけっすよ?昨日と今日の膝枕についてはその範疇じゃないっす。」
なんという詐欺。猫又は期待の眼差しでこちらを見てくる。やや納得いかないが毎日膝枕をしているのだからとせめてものお返しだと自分に言い聞かせる。猫又の枕元まで移動し、桃太郎を聞かせ始める。
月待「えー昔々あるところにおじいさんとおばあさんがいました。」
犬にきび団子を食べさせるあたりで猫又に止められる。
猫又「うーん知ってるのは面白くないっすね。渚さんが自分で作った昔話を聞かせてくださいっす。」
なんという無茶振り。だが、これも膝枕のお返しだと納得する。というかさせる。そして即興だがその場その場で話を繋ぎ続ける。ある日老夫婦が町に行くと橋の下で捨てられている赤子を見つける。老夫婦はこれを家に持ち帰り育てる。すくすくと育つがある日、近頃山の動物を大量に殺していた鬼に襲われる。しかし元伝説の勇者であったおじいさんの活躍により撃退に成功する。鬼の恐ろしさを知った橋太郎は人を救うため全国にいるという鬼を退治する決意をする。旅に出ようとする橋太郎だったがおじいさんの厳しい試験が待ち受ける。これを幼少の頃よりおじいさんを手伝ってきた農作業により培われた体力と技術、そして犬、猿、孔雀の力もあり合格する。試験に合格した橋太郎はおじいさんの使っていた名刀を貰う。そして犬、猿、孔雀と合わせてストーム1と名づけられる。こうして旅に出るストーム1・・・猫又は常に笑い続け、寝かしつけるためだったはずだが、いつの間にかなぜか上体を起こして話を聞いている。後ろではいつから聞いているのか神湊が寝たふりをしながら笑いをこらえている。
自分は祈る。この雨音が子守歌になり、2人とも寝ますようにと。
相も変わらず雨は降り続けており外に出るのを億劫にさせる。雨雲は空を覆っているが太陽から発された光は隙間を通り抜け辺りを視認が可能なくらいの明るさにしてくれる。
月待「今日は薬集めをしましょう。」
猫又「えー穴から出たらずぶ濡れになるっすよ。」
月待「自分も濡れるのは嫌なんですが2日続いて薬が集められないとなると、さすがに厳しいんです。」
猫又「むー分かったっすよ。」
渋々という印象を受けるが分かってはもらえたようだ。荷物をまとめ外に出る。そしていつものように猫又が音を拾おうとするが…。
猫又「ぎゃああああああああ。」
いきなりの耳をふさぐほどの絶叫。猫又は耳をふさいでうずくまっていた。
月待「どうしたんですか猫又さん!?」
猫又「うう、雨音がうるさすぎるっす…。あまりにうるさすぎて音を拾うどころか頭痛が…。」
どうやら木の葉や水たまりに雨が当たる音があるせいで草をかき分ける音などを探すことすらできないらしい。
神湊「月待さんそっち持ってください。一人じゃ猫又さんを穴まで運べないので。」
月待「あ、そうですね。」
神湊が猫又の肩を担ごうとしていた。言われてから気付く。すぐにもう片方の肩を担ぎ穴まで猫又を運び、横たわらせる。
神湊「大丈夫ですか猫又さん。」
猫又「申し訳ないっす。索敵は自分の役目っすのに…。」
月待「いいんですよ。むしろこうなることを予測できなかったこっちの不手際でもあるんですから。」
とはいえ少し厳しくなった。見たところ猫又はしばらく動けそうにないため連れ歩けない。だが薬集めのためには歩き回らなければならない。だからといって置いていくわけにはいかない。
月待「神湊さん少しいいですか。」
神湊「どうしましたか月待さん。」
月待「今から質問をし続けるので神湊さんの第六感でそれを答えてほしいんです。」
神湊「良いですけど…。私の能力は自動的に発動するみたいで私の意思で発動できるわけじゃないんです。」
月待「ええ、だから発動したのだけでいいので答えてくれればいいんです。似たような質問ばかりしてどれか1つでも分かればいいので。」
神湊「そうですか。分かりました頑張ります!」
自動で発動するのだから頑張るも何もないと思うが、と思い少し笑ってしまう。
月待「このあたりに自分たち以外が来るか?」
神湊「ごめんなさい。わかりません。」
月待「いえいえいいんです。分かったのだけでも答えてくれればいいんですから。それでは次、この場に居続けた場合自分たち以外の人間に出会うか?」
首を振る神湊。分からないということだろう。質問を続ける。
月待「今日この穴の前を通る人が自分たち以外にいるか?」
神湊「えっと…あ!いません!誰も通りがからないと私の勘が言っています。」
神湊の能力がどこまで有効なのか分からないため、延々と質問が続くかと思っていた部分もあったがそれを聞くと安心し、立ち上がる。
月待「自分は薬を集めに行ってきます。」
神湊「あ、それなら私もついていきます。」
荷物を持って立ち上がろうとする神湊を制止させる。
月待「神湊さんは猫又さんを見ていてあげてください。他の人と合わないことは分かりましたが万が一ということもありますから。それに風邪を引くのは一人で純分です。」
神湊「でも、一昨日みたいに月待さんが危機になるかもしれないじゃないですか。」
月待「大丈夫です。あの時みたいなことにはそうそうなりませんから。」
説得して止められないことを察したのか黙ってしまう。そして少し間を開けて月待の服の裾を掴みながら。
神湊「絶対戻ってきてくださいね。」
月待「はい。絶対に戻ってきます。」
裾を掴んでいた手が離れる。自由になった自分は人を探すために雨が降り続ける外に出る。
雨に濡れないようできるだけ森の中を進む。とはいえ昨日から降りっぱなしのため大きめの水滴が大量に滴っているためあまり意味はないのだが。かれこれ数時間は歩き続けただろうか。一向に見つからず猫又の能力がいかに助けられていたかがわかる。
月待「しまった神湊さんに人と出会うか聞いておくべきでしたか。」
だからといって戻るわけではない。そもそも発動するかどうかも分からない能力なため不用意に信じて戻ったところで無駄足になる可能性もある。というわけで人探しを続ける。特に何も考えずにうろついていると少し開けた場所に出る。足跡などの形跡がないかと中央に向かうと急に得体のしれない感情が湧きだす。いや足元に…いや視界内の下方に見えるあるものに恐怖をしていると直感する。思考が真っ白になる。真っ白になった部分に上塗りするかのように
”逃げる”という行動が頭の中を侵食する。続いてその行動の意味を理解しようとする。”どうして””なにから?””どこに?”と3段式で。すぐに返答は帰ってくる。”怖いから””君が今踏んでもいるし見えてもいる…土から”。なぜ急に怖くなった分からない。さっきまで何も感じていなかったし、もちろん急に過去を思い出し、地中に埋められてそれ以降トラウマだということでもない。というよりそんなことを考える余裕すらない。そして3段式の質問が2つまでしか返されていないことに気付く。そして脳はそれに即座に答えてくれる。”どこに行っても土はあるんだから逃げられない”という絶望的な回答を。
月待「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ああああああぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁぁぁぁぁぁぁ」
息が荒くなり、感覚も短くなる。絶望に腰の力が抜け、へたりこみそうになるがその先にあるのは地面を構成する土であることに気付き両足に力を入れ無理矢理立ち続ける。悪化は防ぎ打開策を考える。
???「あの…そこの人…すいません…。」
背後から声をかけられる。振り向くとそこには小柄な男がいた。
串長「自分は串長 小布って言うんですけど…ああ違うなんで自己紹介してんだボク…えっと今、土が怖いですよね?それはボクが能力でそうしてるんですけど…解除して欲しかったら薬を渡してください…。」
正直話を聞いている余裕はないため、ほとんど聞き流してしまった。とりあえず地面に触れているということをどうにかしたい。せめて何か足と地面の間にあればと思うが周りに間に挟めそうなものはなかった。限界だった。精神が瓦解しそうになるが直前で気付く。そんなものがないのなら作ればいい、と。いや正しくは変えると言った方が正しいのだが。落ちてくる雨を地面で氷にする。瞬く間に自分の周りが…と言いたいところだが視界内しか操れないため自分の前方だけに氷の床ができていく。氷の上に立ちいくばくか心に余裕ができる。
月待「さっきの話ほとんど聞いてなかったんですがこの状態にしてるのはあなたって本当ですか。」
串長「こ、氷…?なんでこんなので平気になるんですか。」
かなり戸惑っている様子だった。恐らく今までこれで薬を奪ってきたのだろう。これ以上厄介なことをさせる前に倒すために雨を集めて顔に纏わりつかせようとする。が相手の方が行動が早かった。
串長「なら…これで…。」
握りしめていた左手を開き、そこから土が落ちる。そして手を上に向け再び握りしめる。直後、土に対する恐怖はなくなる。だが代わりのように今度は降り落ちてくる雨に対して恐怖を抱くようになる。土の比ではなかった。上から無限のように降り注ぎ、体に落ち纏わりついてくる。反射的に上への面を少なくしようとうずくまる。焼け石に水だった。頭の中が真っ白にはならず頭を必死に回転させる。雨のしのげる場所に行けば、まてそこまで動くために雨に当たる面積を多くしないといけないか、それなら元凶を潰せば、あいつを気絶させるのに数秒かかるその間水を浴び続けないといけないのか。結論は出ない。本来なら何もしないのが一番の握手だとわかるはずだが恐怖により混乱していて正常な判断ができない。明らかなメリットがささいなデメリットによりかき消される。どうにかどうにかどうにかどうにかしてどうかできないか。例えば水を操って…。
決心をしてゆっくりと立ち上がる。恐怖の対象を操り、数秒で氷の柱が立ち並ぶ。その柱に乗っかるように氷の屋根があり、氷の東屋になる。これで雨が落ちてくることはなくなった。唖然とする串長。
串長「な、なんで…平然としていられるんですか…。」
月待「自分の思うように動かせるものに怖がることはないということです。」
強がりだった。未だに水は怖いし体に滴っている水の感覚だけで気分が悪くなってくる。だがそれでもさっきまでの打たれ続けていることに比べれば些細なことに感じれた。
串長「そんな無茶苦茶な…。で、でも氷だって元は水です。氷に怖がったりするはずです。」
残念ながら氷に対しては冷たい以上の感想が出ない。そもそも氷が水として認識できるのであれば自分は氷を操れているはずである。今度こそ雨を集めて串長の顔に向かわせて纏わりつかせる。特に抵抗らしい抵抗もなく串長は気絶したようだった。同時に水に対して感じていた恐怖は無くなった。串長に近寄り、近くで自分のリュックサックを降ろし、串長のリュックサックを剥ぎ取る。中から薬を探し3本の薬を見つけ自分のポーチに移動させる。食料もだいぶ減っていたため、貰っていく。リュックサックを背負い直すとその場から立ち去る。早く2人のいるところに戻るために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます