第9話

「これでぇ・・・終わり・・だぁ!」


氷で包んだ拳が下からすくい上げるようなアッパーカットで片桐の顎に入る。片桐は数歩後ずさりし持ちこたえようとするが、ふっと糸が切れた人形のようにうつ伏せ倒れる。5分にも満たない近距離による殴り合いは終わった。月待は片桐からバッグを取ると中をあさり、2本の薬を見つける。これで猫又の持っているであろう5本と自分の今取った分も含めて3本。合わせて8本集まったはずだ。遠くで戦いを見ていた猫又が近づいてくる。


猫又「大丈夫っすか!?」


月待「ちょっと…休みたいかな…。」


視界がフラつく。片桐との殴り合いは勝ったが当然反撃もされた。いくらなんでも無傷というわけにはならなかった。空を見ると日が傾いていた。


月待「日も沈みそうですし河原に戻って今日は休みましょう。」


猫又「肩貸すっすよ。」


月待「いやそんな悪いです。」


自分より小柄な人に、ましてや男ならまだしも女性に肩を貸してもらうのは忍びない。


猫又「意地張ってないでくださいっす。足取りふらついてるっすし、何より一番危険な役押し付けてのうのうとしてるのもいたたまれないっすから。これぐらいやらせてくださいっす。」


隠そうとしていたのだがバレていたようだ。結局その言葉に甘えることにし、猫又と肩を組む。



猫又と肩を組んで歩くこと数分朝いた河原に戻ってくることができた。あと数十分もしないうちに太陽は地平線に沈む頃合いだった。


月待「日も沈みそうですし、そろそろ薬を投与しましょう。」


猫又は「そうっすね。」と短い返事をしてバッグを漁り始めた。自分もそれを見習うようにバッグの中を探る。ポーチから薬を取り出し、少し袖をめくり腕に刺す。注射をしている間少し暇なので猫又の方を見る。服を少しめくり、腹部に注射を刺していた。そのことに少し疑問を持つ。普通腕ではないのか、と。


月待「猫又さんは注射を腹部にするんですね。」


猫又「女の子っすからね。腕とか露出する場所に注射跡が残したくないんっすよ。」


自分の腕を見る。初日に刺した部分にはたしかに跡があった。あまり目立ちはしないもののたしかに気付くと気になる。空になった注射器をポーチに戻す。特に使い道があるわけではないだろうが念のため取っておくことにしている。


猫又「そろそろご飯にしましょうっす。」


提案を受け入れる。何を食べるか選ぶため再びバッグを漁るが落胆する。味気のないものがほとんどである。初日は疲れていたのもあり、選ぶということはせず上にあったレトルトカレーを食べたのだが失敗だった。残りの9日間この味気ない食事で過ごさねばならないと考えると少し憂鬱になる。海水を蒸発させたら塩くらいはできるだろうか。そんな考えが出るほどに味が欲しくなる。カレーが入っていたのはこんな状況にした組織なりの手向けだったのかもしれない。仕方なくいくつか選び並べる。少しでも体を温めるために水を白湯にする。


月待「猫又さん水お湯にします?」


猫又「じゃあ遠慮なく貰うっす。」


こうして味気ないながらも安息を感じられる食事も終わる。



猫又「交互に寝ませんっすか?」


急だったため反射的に「え?」と聞き返してしまう。


猫又「夜行動する人もいるかもしれないじゃないっすか。だから片方が見張りとして起きてたほうがいいと思ってっすね。」


月待「ああ、そうですね。じゃあそうしますか。」


そういわれるとそうである。危うく2人同時に寝入り、寝首をかかれるところだった。


月待「それじゃあどちらが先に寝ましょうか。」


猫又「渚さんからでいいっすよ。申し訳ないっすけど襲われたら渚さん起こして頼るしかないっすから先に寝て少しでも疲れをいやしてくださいっす。」


その提案に甘えることにする。と、寝る前に


月待「寝る前に猫又さんが仲間になる際に言った何でもするを今してもらっていいですかね?」


猫又それを聞くと立ち上がってこちらにゆっくりと寄ってくる。顔が赤い。隣に座ると


猫又「よ、よろしくお願いします…。」


絞り出すような声でさらに真っ赤になる。


月待「いえ、こちらこそよろしくお願いします。」


こういうのは親しい人にしてもらうものだと思っていたが状況が状況である。自分も三大欲求の1つをおざなりにするわけにはいかない。おそらく猫又も初めてなのだろう。緊張が見て取れる。自分も恥ずかしさを抑え込み、声を絞り出す。






率直な感想を言えば最高だ。ほど良く付いた肉付き、柔らかさ。


月待「すみませんね。こんなことを頼んでしまって。」


猫又「いや、いいっすよはははは。」


月待「これから毎晩お世話になります。」


猫又「いや、いいっすよ自分から言ったんっすからははは。」


これで安らかに眠れる。今日1日中きついと思っていたのだ。やはり頼んで正解だった。


膝枕を。初日、地面に寝て体の節々が痛くなっていたが、これで少しは緩和されるだろう。


月待「じゃあ少し眠りますが…ほんとに正座のままでいいんですか?」


猫又「ははは!いいんですよこれで!はいこれでだいじょぶです!はい!いや、だいじょぶっす!」


少し変だな。瞼を閉じながら思ったが疲れていたので深く考える前に自分は考えるための意識を手放した。



目を開ける。朝日がまぶしい。そして猫又が夜起こすはずだったことを思い出す。顔を上に向ける。


猫又「ははは、そうっすよね、出会って間もない人間にそんなこと頼むわけないっすし、なに自分一人で妄想膨らませて恥ずかしがってたんだろ…。」


正面を向きながら猫又は独り言をぶつぶつ言っていた。声を掛ける。


月待「あの…朝ですけど寝なくて大丈夫なんですか?」


猫又は自分が起きていることに気付き、遅れてハッとする。


猫又「あ、交代の時間忘れてたっす…」

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