剣姫の怒り
「先鋒はシーナさん、次鋒にユナさん、中堅はナナさん、大将はシン様にお願いしようと思います」
準決勝は予想通りイグジステンス・イーターの男との対戦となった。
リリアナは敵は初めの3戦で勝負を決めて来ると予想していた。
イグジステンス・イーターの能力の効果が薄いナナを中堅に置いたのは、敵の中で1番の強者であるイグジステンス・イーターの男が中堅に来ると考え選択したのだ。
「私の役目は敵の能力の見極めですね」
先鋒に選ばれたシーナは氷狼の力を使い範囲攻撃が出来る。
敵のこれまでの戦いは全て開始と同時に終わっていた為、どの対応が有効なのか確かめる必要もある。
「では、行ってきます」
闘技場へシーナが出ると観客席から嘲笑が漏れる。
これまでシーナは戦いをしておらず、使命を果たせない上に、獣王選定も仲間に勝たせて貰っているとバカにしているのだ。
「お前が相手か?これは当たりを引いたな」
対戦相手の男もシーナを見て観客と同じく見下すように言う。
使命を果たしているこの対戦相手はシーナの頭の氷狼の耳を見て己の勝ちを確信しているようだ。
シーナからしたら使命を果たしているにも関わらず、イグジステンス・イーターの男の力に頼っているこの対戦相手の方が情けなく思えるのだが。
「それでは獣王選定を開始する」
審判の開始の合図が響く。
直後、シーナの左腕に衝撃が伝わった。
だが対戦相手の男はいない。
自動で作動する氷の防御により大きなダメージは負わなかったが、全く感知出来なかった攻撃に思わず距離を取る。
そんなシーナを追い掛けるように次々と氷がシーナの周囲に作られる。
作られた氷の数だけシーナは対戦相手から攻撃を受けている。
「氷散撃」
後ろへと下がりながらシーナは上空へ氷の弓矢を発射する。
氷により作り出された矢は発射の直後に分裂し、細身の矢が闘技場に降り注ぐ。
氷の矢の雨でシーナは敵の居場所を掴む。
ステージの一部にのみ氷の矢は刺さらなかったのだ。
その場には砕かれた氷が舞っていた。
シーナの矢はあの場で敵に防がれているのだ。
(ならこのまま!)
シーナはさらに上空へと弓矢を放つ。
氷の雨はシーナには当たらない。
細かく威力は低いが無視出来ない氷の雨をシーナは作り続けた。
まだ氷狼の力を引き出せないシーナにはその力の行使は負担が大きいが存在を消した相手にはこれを続けるしかない。
動きを封じた敵に向けシーナは氷の弓を引き絞る。
氷の雨を降らせる矢と違い太く貫通力に特化した矢が番えられる。
「氷狼の穿牙」
獲物を穿つ氷狼の牙が音速を超えて放たれる。
轟音を置き去りにして氷狼の牙は身動きの出来ない敵を貫く。
貫通した矢は見えない敵に風穴を開け闘技場のステージへと突き刺さり追突場所は氷の世界に姿を変える。
気温の下がる闘技場に氷の牙に穿たれた敵の鮮血が舞う。
殺害は禁止されている為、シーナは敵の足があると思われる場所に矢を放ったのだ。
未だ存在の見えない敵にシーナは近付く。
降参を言えない敵に勝つには、敵を場外に落とすしかない。
これまでの試合で審判にはイグジステンス・イーターの能力が効いていない事が伺えていた。
移動しようとシーナだが進む為に踏み出した足が体を支えられずその場に倒れてしまう。
氷狼の力を使い過ぎたのだ。
降り注ぎ続けた氷の雨と氷狼の牙は想像以上に無駄が多く、無駄に消費した分だけシーナの使える力の許容を超えていた。
起き上がろうとしても震える体に力が入らず立ち上がる事は出来ない。
だが闘技場に変化が訪れる。
先ほどまで存在していなかったシーナの対戦相手が姿を現したのだ。
男の左の太ももはシーナにより半分ほど削り取られていた。
(なんで?効果が消えたの?)
シーナによる攻撃のダメージによるものか、それとも時間制限でもあるのか、シーナにはわからない。
だが姿を見せた敵に追撃を繰り出す事が出来ない。
「混じり者が、調子に乗るなよ」
怒りに満ちた男の体に変化が起こる。
シーナに削られた太ももに植物が失った肉を補完するかのように生えて来たのだ。
「俺が混ざっていたのは再生能力を持つ蔓だ。体の一部を無くしたぐらいじゃ俺は倒せない」
未だ体に力が戻らないシーナに男は歩み寄る。
「混じり者が」
倒れ込むシーナの頭部を男は踏み付ける。
磨り潰すように踏み付けられる足にシーナは抵抗する事は出来ない。
「再生すると言っても痛みまでは取れねぇんだよ!」
シーナの腹部に重たい蹴りが叩き込まれる。
呻き声を上げるシーナを無視して何度も何度も蹴りつける。
口からは血が吐き出され、折れた肋骨が肺に突き刺さる。
混じり者のシーナが痛め付けられる姿に闘技場は盛り上がりを見せる。
この場にいるシン達以外の者にとってシーナは侮蔑の対象であり、そのシーナを痛め付ける男は英雄に見えているのだ。
「シーナ!負けでいい、降参しろ!」
どう見てもシーナはもう動けない。
これ以上は命の危険があるだろう。
降参を言おうとするシーナだがもう、言葉を話す力は残っていない。
「そんな事、させると思うのか?」
口から血を吐き続けるシーナの頭部を再度地面にねじ込むように踏み付ける。
どう見てもシーナの負けであり、危険な状況であるに関わらず審判は試合の終了を告げない。
未だ嬲られ続けられるシーナはもう意識を失っている。
そんな状況にシン達が何もしない訳ではない。
シーナへの罵声とその相手の男への声援の響く闘技場にその声を遥かに超えた破壊の轟音が轟いた。
罵声と声援は轟音に乗り込まれ、闘技場は一変して静寂に包まれる。
轟音の原因となった場所はその表面を他の大地よりも沈ませ地割れを引き起こす。
地割れに巻き込まれた闘技場は崩壊を始めるが、世界樹を削って出来た闘技場はすぐに世界樹により修正され観客に被害はない。
被害がないというのは間違いかもしれない。
まだ、観客の安全は確保されていない。
観客1人1人の首筋にいつの間にか剣が突き付けられていた。
少しでも動けば首の皮が切れ、一滴の血が流れる。
その破壊と無数の剣は全てを沈黙させるのには十分だった。
その内に秘めた怒りを現わすかのように燃えるような赤い髪の少女が、半ば半壊したステージに上がる。
その少女の放つ眼光は審判を貫き、身の危険を感じた試合の終了を宣言する。
呆気にとられるシーナの対戦相手を殴り飛ばしシーナをシン達の下へと運ぶ。
シーナを預け赤い髪の少女が振り返りその手に持つ真紅の刀を鞘から抜き剣先を向ける。
その斬れ味を現わすかのように刀が赤い煌めきをする。
「あんた達、全員私が倒す。全員まとめてかかってきなさい」
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