嫌われた男
「ロイズは1人で戦うのか?」
シン達は獣王選定本戦1回戦を突破し、次の2回戦への進出を決めた。
その後は観客席に移動し、同日中に行われる他の1回戦を観戦に回った。
2つに別れたトーナメントで本日はシン達のいる側の組み合わせ全1回戦が行われる。
第1試合であったシン達はそのまま、他の候補者の偵察の為に残っていた。
シン達の次に行われた試合の勝者は次の対戦相手となる。
その試合に挑む候補者のロイズは仲間を連れず1人で現れた。
ロイズは責任者と交渉したのち全ての対戦を自分1人で行うと許可を得ていた。
「ロイズに味方する仲間がいないのか?」
シンの疑問は的を得ている。
ロイズはメリィの流した虚言によりこの森の世界で彼に味方する者はいなかった。
特例として認められたものの彼は1度でも負けてしまえばその時点で敗北となる。
「それだけ、自信があるという事ね」
ロイズにも譲れない物はあるのだろう。
不利な状況でも彼は諦めていなかった。
「それでは先鋒戦を開始します」
審判の掛け声に会場は一層の盛り上がりを見せる。
だが盛り上がった闘技場は試合が進むにつれロイズへの怒声や罵声が増えていく。
先鋒の魔術師がロイズに呆気なく魔術を無効化され、力を増したロイズはその後の試合でも敵に何もさせず勝ちを重ねていく。
もともとよく思われていないロイズは完全に悪役となり、そのその戦い方も非難の対象となっていた。
「この中でも、ロイズの勝ちは変わらないか」
闘技場全てに敵意を剥き出しにされてもロイズはその戦い方を変えず、1回戦を突破した。
この精神力の高さもロイズの武器となるだろう。
「ですが、1人であるならばシン様に先鋒を任せ、勝ち上がる事が可能です」
ここまで1人で戦い続けているロイズはこの先も1人で戦い続けるだろう。
それがわかっているならシンをロイズとぶつける事は容易に出来る。
「次はあの不気味な奴だな」
ロイズの戦いの後に行われるのは、あの存在感のない男の戦いだ。
先鋒として現れたその男は会場からもあんな奴居たか?と疑問に思われている。
「ナナ、何をしたかわかったか?」
審判は開始の合図の後にすぐ試合終了を宣言した。
どうやって勝ったのかシンにはわからなかった。
注意深く観察していたはずが気が付くと試合が終わっていたのだ。
「多分みんなはあの男を忘れてる」
「どういう意味だ?」
「存在感がないんじゃなくて、存在している事を忘れさせられてる」
ナナの言う事の意味をシン達は何となくだが理解した。
おおよその考えでは、あの男は存在が認識出来ないのではなく、その存在自体を強制的に忘れさせられているのだ。
「なるほど、イグジステンス・イーターか」
「何だ?それは」
ナナの説明にティナが答える。
初めて聞く名前にシンはティナに説明を求めた。
「イグジステンス・イーターは存在や記憶、声などを食べる魔獣だ。仮に食べられた人間は声を出す事は叶わず、誰にも認識されない。イグジステンス・イーターを倒すか、イグジステンス・イーターが自ら吐き出さん限り元には戻らん」
ティナの説明にシンは何か引っ掛かりを感じていた。
何か忘れていると考え込んでしまう。
「もしかして、あの世界樹の試練もそうなのですか?」
リリアナがシンより先に答えた。
リリアナの言葉にシンも頭のモヤモヤが晴れた。
「そうだの、あの試練はイグジステンス・イーターの力を使っておる。だがあの魔獣はとうに絶滅しておる。恐らくあの世界樹はまだイグジステンス・イーターが生息していた時に造られた物だな」
絶滅種をあの男は従えていた。
こうして絶滅した生物が混じり合うのも森の世界の住人には起こりうる事だった。
「なら、あいつは自分の存在を食べてるのか?」
「恐らく、だな。本当に丸ごと食べている訳ではないだろう。でなければナナが気づく事は出来ん。何か理由があるのかもしれんな」
試練の世界ではナナはシンの事を認識出来なかった。
だがあの男は認識出来る。
何かのデメリットがあると見るのが妥当だろう。
「あいつの仲間もなかなか強いな」
次鋒、中堅に出て来た仲間もイグジステンス・イーターの力で敵に認識されずに勝利している。
自分だけでなく仲間にもその能力が使えるのは厄介だ。
「あの男にはナナさんがぶつけるつもりですが、他の仲間にも適用されるとなると、どう対応したものか迷いますわね」
認識出来ないと言う事は一方的に攻撃が出来ると言う事だ。
その力の凄さは世界樹の試練でシンが単身で2つの国を滅ぼした事からも理解出来る。
「いざとなれば俺は全体攻撃が出来る。それならば何とかなるが」
シンの持つ虚無の大鎌は消失の力を直線上に伸ばし敵を殲滅出来る。
だがそれでは相手の命を奪う事になる。
「まだあの男と戦うには時間があります。わたくしが何としても対抗策を練ります」
あの男と当たるのは準決勝だ。
それまでにリリアナならば何か策を考え出すとシン達は彼女を信用している。
「次のロイズは俺に任せてくれ」
予定通りにロイズと戦うのはシンでほぼ決まりであろう。
2回戦まではまだ時間がある。
虚無の大鎌以外にもシンは対応策を用意する必要もある。
**
「お前は本当に1人で戦うつもりか?」
2回戦が始まり先鋒としてシンはロイズと向かい合っていた。
今までと同じく1人のロイズにどうしてもシンはこの事を聞きたかった。
「僕は嫌われているからね。誰も味方にはなってくれない」
「諦めているのか?」
「諦めてない。ありもしない事で僕の事が否定されるのは嫌だ。本当の僕を知ってもらう為に獣王に僕はなる」
「やっぱり、お前は悪い奴じゃないな」
シンはこのロイズが悪い奴だとは思えなかった。
ティナから忠告を受けたのはメリィの方だ。
そのメリィが敵視するロイズと言う男からは悪意を感じなかった。
こうして会話してみるとこの男がメリィが言っていたような性格の悪さは感じない。
むしろメリィの方が性格が悪いと感じる。
「なら、僕に勝たせてくれないのか?」
そんなシンにロイズは聞いた。
ロイズにもどう答えが返って来るのかわかっていた。
「バカな事を言うなよ、シーナを獣王にする為に俺達は戦ってるんだ」
審判の合図でシンとロイズの戦いは始まった。
開始と同時にロイズはモヤモヤとした黒い塊に包まれる。
「何⁉︎」
ロイズから驚きの声が上がる。
吸引闇虫に向けシンの持つ漆黒の大鎌が振るわれその姿を一部消失される。
(いけるな)
消失出来るかは正直わからなかった。
だが吸引闇虫にもこの虚無の大鎌は有効だ。
後はロイズ本人を吸引闇虫から引きずり出すだけだ。
徐々に吸引闇虫がロイズから消えていく。
だがただ黙ってやられるロイズではない。
吸引闇虫がシンに有効ではないと判断し自分から引き離す。
このままでは吸引闇虫が消えて無くなってしまうからだ。
黒の塊が体から無くなったロイズはシンに接近し正拳突きを放つ。
武器を持たない彼は格闘術を武器としている。
「ちっ!」
シンの持つ大鎌ではリーチが長すぎてロイズの超近距離での戦いは相性が悪い。
距離を取り大鎌の間合いを取る。
だがロイズは大鎌に怯まずシンへと寄る。
ロイズの積極的な攻めにシンは防戦を強いられる。
大鎌を短めに持ち柄でロイズの攻撃を防御する。
ロイズの攻めの隙に反撃の蹴りを放ち再度後ろに下がる。
そして下がりながら漆黒の大鎌をロイズの足元へと放つ。
足元への斬撃をロイズは跳躍で躱す。
再度詰め寄る為に着地の瞬間に力を込めて踏み込みをする。
「なっ!」
力強く踏み込んだロイズの足は地面を叩く事はなかった。
シンに注目していたロイズは自分の感覚で地面に降りるタイミングを掴んでいた。
近接戦闘での格闘を武器としているロイズが間合いを測り間違えるなどありえない。
だがロイズの足は地面を蹴らず何もない空中で足は空振りしロイズは着地に失敗する。
地面に激突したロイズは、何故着地のタイミングがずれたのかに気が付いた。
シンの攻撃はロイズの足を狙ったのではなく足元のステージを消失させたのだ。
ロイズの体は闘技場のステージよりも下にあった。
先ほどまで存在していたステージの地面はシンの大鎌により消失され、ロイズのいる場所のみが大鎌の破壊後で陥没していた。
崩れ落ちたロイズにシンは追撃を放つ。
顔面へと蹴りを入れロイズの頭が衝撃に耐えられずステージへと勢いよくぶつかる。
ロイズの脳が揺れ視界も定まらない。
その状態のロイズをシンは掴みステージの外へと投げ飛ばす。
軽々と投げ飛ばされたロイズは着地もままならずそのまま審判はシンの勝利を宣言する。
久々に戦いをしたと感じたシンはロイズに歩み寄る。
ダメージの残るロイズは地面に倒れ込んだままシンを見つめた。
「お前の事もシーナは何とかする」
「あの子はメリィさんに僕の事を吹き込まれている」
メリィとシーナが親しい事をロイズは知っている。
ならば自分の事をシーナは悪く思っているとロイズは意識している。
「関係ないな。シーナが獣王になるのはこの不当に虐げられる世界を変える為だ」
「山の神サリスが定めたルールを変えると言うのか?」
「ああ、お前もそのつもりだったんだろ?」
「いや、そこまでは。君達には敵わないな」
その言葉を最後にロイズは救護班に運び出された。
シンはロイズの事が完全に誤解だと理解した。
彼はメリィにより森の世界の住人から忌み嫌われるように仕組まれている。
「次はあの不気味な奴か」
準決勝へと駒を進めたシン達に立ちはだかるのはイグジステンス・イーターの男だ。
ナナ以外にあの敵から2人は勝たなくてはならない。
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