猛攻

「妾に任せるのだ」




シン達の下へと引き渡されたシーナにティナが近付いた。


その小さな体をシーナの顔の近くまでナナに運ばせ、ナナ小さなナイフを作らせた。




「どうするんだ?」




「妾の血を飲めば傷は回復する。体力までは戻らんがそう贅沢は言っておれまい」




ナナに作らせたナイフで腕を切り、少量の血がシーナの口に流し込まれる。


人族と違い紫色の血液は泡立ちながらシーナへと吸い込まれていく。




再生能力を持つティナの血は、それ自体が治癒薬となり飲んだものの傷を回復させる。




「しばらく経てば治るからの、横にしておけ」




シーナの腫れ上がった顔は徐々に治り始めていた。


シーナの口から血を吐かせ、ティナの言葉通りに体を倒し寝かせる。


意識を取り戻すのはまだ時間がかかるだろう。




「ユナは全員を相手にするのか?」




真紅を刀を持ち闘技場の中央へと躍り出たユナは敵の4人を同時に相手にすると申し出た。


獣王選定責任者達は話し合いの末、ユナの望み通りに全員とユナの戦いを承認した。


だがユナが敗北すれば当然のようにシーナの敗退は決まる。




「序列4位は相当自信家らしいな」




仲間を連れイグジステンス・イーターの男はユナがこの提案を言い出した事に追求した。




「それがなによ?早く始めて」




ユナに会話をするつもりなど全くない、すぐにでもこの4人の男達を殺してやりたい気分なのだ。


殺す事は出来ないがシーナにした以上の事はするつもりだ。




「僕の名前はアルファス、君には恨みがあるからね。丁度いい、あの混じり者と同じく嬲ってやろう」




「恨み?」




アルファスと名乗った男にユナは恨みを買うような事をした覚えがない。


砂の世界でずっと生きていたユナに森の世界に住むこのアルファスに関わる事などなかったのだから。




「前の序列4位は君と同じく砂の世界の奴だろ?この数ヶ月で順位は変動した。4位の”風帝”は居なくなり、同じ世界に住む君が順位を上げた。必然的に君が”風帝”を殺したと見ても良いだろう」




「それが何で私が恨まれる事になるのよ」




アルファスの言う事の意味がわからない。


”風帝”ニグルが死んだ所でアルファスにはなにも関係がない。




「序列者が居なくなったと言う事は、また新しい序列者が選ばれると言う事だ」




アルファスは左腕の袖をまくる。


そこにはイグジステンス・イーターと思われる魔獣の姿と10の数字が刻まれている。




「それで?あんたが10位になって何で私が恨まれるのよ」




強者が序列を目指すのは全ての世界において共通の目標だ。


序列に憧れ、毎日戦いに明け暮れ夢半ばで死んでいく者は少なくない。




「僕は目立ちたくなかった。イグジステンス・イーターは僕にとって素晴らしい相棒だ。誰にも存在を気付かれる事なく静かに暮らせて居られる。


けどその暮らしは終わった。お前が”風帝”を殺してからだ!なりたくもない序列者にされ、それを隠そうにも獣王が集落の連中に告げ口して僕を獣王候補になんかしやがった。静かに暮らしたい僕はこんな事したくない。でもこの世界の人は獣王に逆らえない。こんな事になったのも全部お前のせいだ!」




アルファスの言っている事はただの八つ当たりだ。


正直、ユナにとってどうでもいい。


こんな会話に意味などないとすぐさまユナは判断し、審判に開始を促す。


もとよりアルファスと会話など望んでいない。




「獣王選定本戦を開始します」




審判の合図で試合が始まる。


開始と同時にアルファス達はその姿を消す。




「芸がないわね」




存在を消され、見えなくともその対処法はシーナが見つけ出した。


短く息を吐き、真紅の刀でステージを斬り込みを


入れ、地面を踏み付ける。




轟音の後に斬り込みを入れた場所が浮き上がる。


上空に跳躍し浮き上がった瓦礫に連打を繰り出す。


空中から地面に向かって繰り出された連打に瓦礫は無数の破片に砕かれ、流星となって降り注ぐ。




拳大の大きさの瓦礫の山が消えたアルファス達に襲いかかりその体から血飛沫を舞わせる。




血飛沫が舞った辺りにユナは再度瓦礫を飛ばす。


シーナとの試合と同じくダメージを受けたアルファス以外の仲間が存在を現わす。




「あんた、再生するのよね」




シーナと対戦した男にユナは真紅の刀で一閃する。


肩口から腕を斬り飛ばされた男は激痛に悲鳴を上げ切断部を反射的に抑え込む。


腕を切断された事実を認識出来ず、声にならない叫びを上げのたうち回る。




「情けないわね」




うるさい、と言いたげな顔で男の顔を踏み付ける。


シーナにしたように地面に圧し潰すように頭部を踏み付け、のたうち回る男を力で抑え込む。




「邪魔よ」




腕を切断され踏みつけられる男を助けるべく、ユナに向かってきたアルファスの仲間に裏拳を叩き込み一撃で再起不能なダメージを与える。




他の仲間がユナに倒される間に無意識で腕を植物の能力で再生させた男は未だ踏み付けるユナの足を掴み話そうとする。




「緑の腕って君悪いわね」




植物の腕は緑色をし、人間に付いていると不自然さが目立つ。


だがユナはその腕でない男本来の腕を真紅の刀でまた、切断した。




おびただしい量の血を流し男は意識を手放す。


自己防衛本能が働いたのか、またも植物の腕が生え出血が治る。




「あと2人ね」




まだまだ苛立ちの収まらないユナは未だ隠れているアルファスともう1人の仲間を標的にする。


ユナの殺気に当てられまともに動けない男は膝を笑わせながらその場に崩れ落ちる。




崩れ落ちた男はそのまま気絶し、ユナと戦う事なく戦場から離脱する。


情けない、そんな事をユナは考えていたが、すぐさま残りのアルファスを仕留めるべく動き出す。




瓦礫の山となった闘技場にまたも破壊の雨が降り注ぐ。




(いないの?)




先ほどと違い血飛沫は舞わなかった。


辺りを見渡すユナだったが、闘技場の隅の一部が全く被害を受けていない事に気が付くとすぐさまそこに石飛礫を放つ。




石飛礫を放ったユナに横から衝撃が走る。


体制を整えユナはまだアルファスが生存している事を悟る。




他の仲間と違いアルファスの存在はまだ消えたままだ。


どこにいるかわからない以上、周囲を警戒するユナだがその気配は全く感じ取れない。




「ユナ、左!」




そんなユナにナナが珍しく大きな声を出す。


アルファスの位置がわかるナナがユナに居場所を伝え、そこに攻撃を放つ。




長く共に過ごした2人だからこそ、この連携は成り立った。


口数の少ないナナの考えを正確に読み取り、ナナの手足となってユナは戦う。




決定打を与えられないユナだったが、手数を多く繰り出す事でアルファスの動きも抑制する。


するとそんな状況に苛立ったアルファスはイグジステンス・イーターの能力を解除した。




「忌々しい奴らだ!」




ユナとナナの連携に遂に我を忘れて怒り狂う。


その怒りは完全に八つ当たりから来るものだが、彼は大切な事も忘れている。




イグジステンス・イーターの能力があったからこそ、ここまで彼は勝ち残って来たのだ。


能力を解除した状況でアルファスに勝ち目などない。




居場所が目視出来るようになると、ユナの攻撃はさらに激しさを増す。


もともとスピードやパワーはアルファスよりもユナが優っている。


シンに敗れたロイズと違い、能力に頼りきっていたアルファスはユナのスピードについて行けず、その打撃を防ぐ事が出来ない。




数十発の攻撃を受けアルファスは地面に倒れ込む。


既に腕は本来ならありえない方向に曲がり、足の骨は複雑に骨折されていた。




「勝者はユナ・アーネス!よって決勝へ進出する獣王候補はシーナに決定した!」




ユナの戦いに歓声が上がる。


シーナに罵声や怒声を浴びせていた事も忘れて、ユナの戦いぶりを喜んでいた。




「よくやったよ、ユナ」




シン達の下へ戻ったユナに一同が手を上げ、叩き合う。


シーナが獣王となるまであと1つ。


対戦相手は恐らくメリィとなるだろう。




眠り続けるシーナを抱え、シン達は休息するべく闘技場を立ち去り宿屋へと向かった。




**




「序列10位も使えないね」




医務室へ運ばれたアルファスを見下ろしながら赤茶色の髪を持つ女性メリィは苛立った様子で独り言を言う。




「まあ、またあの子には私に痛み付けられてもらうわ」




冷たい笑みを浮かべ窓からシン達の後ろ姿を見つめる。


その瞳には憎悪の感情が渦巻いていた。

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