第12話
皆死んだ。
青銅鬼と水妖鬼を簡単に倒すことが出来て、俺は調子に乗っていたのだ。だから、鉄鋼鬼も簡単に倒せると高を括っていた。
だから、鉄鋼鬼を倒すのに、三人とも失ってしまって…。
桃太郎は、天翔が鉄鋼鬼の爆発に巻き込まれて消滅していく様を見ていた。
無念だったか。
不甲斐ない俺を恨んで逝ったか。
それでもいい、恨め。それをバネにして、俺は必ず奴を倒す。
この手で、必ず天魔王を殺してやる!
そしてついに、桃太郎は鬼ヶ島の地を踏み、天魔王の眼前に立ちはだかったのである。
「――貴様が、天魔王か」
凄絶な怒りの形相で天魔王を睨みつける。
「そうだ。――わざわざ、我が軍門に下りに来るとは御苦労なことだ」
「残念だが、死ぬのは貴様の方だ、天魔王! この鬼ヶ島の砂を、貴様の血で赤く染め上げてやる!」
「まったく、威勢のいいことだ。ま、どちらが正解か、戦ってみればすぐにわかることだ」
そう言いおいて、天魔王が天より流れ落ちる暗黒の滝に右手を浸した。
「魔界の蟲どもよ、集いて我が身を包む暗黒の鎧となれ」
呪文のようにそう呟く天魔王の手に、その滝の中から何かが集まりつつあった。
まさしく蟲である。鋼のような光沢を持った三センチほどの大きさの蟲が、ぎちぎちと音を立てて、天魔王のしなやかな身体をおぞましくも包み始めたのだ。
「そうそう、桃太郎。君に紹介したい女性がいたんだ」
天魔王が、口許に薄い笑みを浮かべて言う。
「なに――?」
「君の母上だよ」
桃太郎の視線が、天魔王の指し示す滝の中に注がれる。
その、女性――天より怒濤の如くに降り注ぐ悪想念を全身に受け、狂ったような絶叫を繰り返す全裸の女。
あられもない姿で悶え続ける美しい女。
「どうだね、二年ぶりに再会した感想は」
天魔王の秀麗な顔が、暗黒の蟲に包まれる寸前、凄まじく邪悪な笑みを浮かべるのを桃太郎は視界の隅でとらえた。
あれが、母さん…?
その表情を読み取ったのか、
「そうだ。今では、地上と魔界を結ぶ通郎となっているがな」
「何だと…?」
「そして、もうじき、あの女の胎内に魔界の王が宿られる。地上を支配するために転生されるのだ。そして、やがてその身体をぶち破り、魔王に続いて魔界が地上にあふれ返る。それで、終わりだ」
「ひ、
「虫ケラだよ、桃太郎」
「ちいいいいい!」
桃太郎が、青龍剣を構えて電光の如き速さで天魔王に迫る。
風を切り裂き、剣が唸る。
変幻自在に繰り出される桃太郎の剣を、しかし天魔王はわずかに身体を動かすだけで、全て躱し続けた。
天魔王は、鎧の奥で嗤い続けた。
その笑い声が気に障り、桃太郎は剣の速度を上げた。
しかし、形勢は逆転することなく、桃太郎はどんどん自分が追い込まれていることに気づいた。
だめだ、このままでは勝てない。
心の中で叫ぶもう一人の自分。
怒りを鎮め、神の光を心中に見出さなければ、天魔王には勝てない。
わかってはいるのだ。しかし、自分の母親を生贄にされ、人間を虫ケラと呼び、仲間を殺した敵と、それに対して傷ひとつ負わせられぬ無力な自分を思うと、怒りの炎はさらに大きなものとなっていく。
「ちぃっ!」
その迷いを断ち切ろうと、桃太郎が真っ向上段より剣を振り下ろす。
その瞬間、今までただ躱すばかりであった天魔王が、初めて前に出た。
がぎぃ!?
嫌な音が響いた。
剣が、天魔王の身体を包む鎧を断つことなく、その手に受け止められていたのである。
剣を引こうにも動かなかった。万力のような恐ろしい力で、刃を掴まれているのだ。
刃が悲鳴を上げている。
このままでは、折られてしまう!?
桃太郎の顔が青ざめる。そのとき、桃太郎の母親が、ひときわ大きな叫び声を上げた。
「――!?」
天魔王の身体が、無意識にその声に反応する。その一瞬の隙に、桃太郎が剣を天魔王の手をから引き抜いて、飛びすさっていた。
そして見た。
女の口が、限界にまで開いていた。そしてそこから、二本の子供のように華奢な手が、肩の辺りまで、まるで怪奇な生け花のように生えていた。手は、女の唾液にまみれて、ぬらぬらと光っていた。そして、それは生きていた。生きて、何かを掴もうとしていた。それは、人の生命か――
女は、すでに白目をむき、泡を吹いて気を失っていた。
空中を掴むように上がっていた女の白い手が、爪を鉤状に曲げたまま、力尽きて地に落ちた。
なんということだ。
桃太郎の心に絶望が広がる。
その耳に、天魔王の声が響く。
「おお!? もうじきだ。もうじき、この地上は暗黒の世界と化すのだ!」
天魔王の声が、歓喜に打ち震えていた。
「さ、させるものかぁ!」
再び桃太郎が走った。
兜から覗く、天魔王の眼に向けて、青龍剣を突き出す。
「この愚か者めが!」
天魔王の左腕が動き、振り下ろされた剣を掴み取ると同時に、右腕が桃太郎の顔に向かってかすんだ。
左手の中で、刃が砕け散る音がした。それを、桃太郎は殴り飛ばされながら聞いた。
頬が熱かった。
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