第11話
「――!?」
羅猿の二の舞か、と桃太郎が眼をつぶる。
しかし、あの骨の砕ける嫌な激突音は、いつまでたっても生じることはなかった。
見ると、天翔が翼を広げて宙に舞っていた。
地面に叩きつけられて死を迎える筈の天翔は、その直前に翼を羽ばたかせて、天へと昇ったのである。
「クク、一瞬早く空へ逃げたか。しかし、いずれ死ぬことにはかわりがない。――さ、どうする、桃太郎。いつまでそこで寝ているのかね。ここで俺を倒さねば、天魔王様には会えんぞ」
鉄鋼鬼が桃太郎の脇腹を蹴る。
ぐうっと、桃太郎が呻き声を上げる。
「…天魔王…」
俺から全てを奪った、憎らしい敵の名だ。
だが、勝てないのか、本当に。
狼牙と羅猿は本当に犬死にに終わるのか。
神の戦士の力は、本当にこの程度なのか。
――い、いいや、違う。断じて違う筈だ。
「…こんな所で…」
青龍剣を杖にして、桃太郎が立ち上がる。
「ほお、やる気かね、無駄とわかっていて」
「無駄と知って、そこでやめたら、死んでいった人たちに、申し訳が立たないだろうが…」
剣を正眼に構える。
それに応えるように、鉄鋼鬼も左腕から刃を出して胸前に構えた。
「天魔王が何者か知らないが、鬼門を開き、人人を破滅させ、鬼の支配する世を創ろうなんて、人間のやることじゃない」
ゆっくりと、桃太郎のパワーが上がり始めていた。それがやがて波動となって周りの空間に歪みを生じさせる。
青龍剣の刃も、蒼い輝きを増しつつあった。
この現象には、さしもの鉄鋼鬼も理解できずに狼狽するばかりであった。
「な、何が、起こっているんだ…」
「――人の
今や神の光は復活し、剣を突きつける桃太郎の全身を包み込んでいた。
そしてその眼は、鉄鋼鬼ではなく、その背後を凝っと睨みつけていた。
すなわち、鬼ヶ島を。
もはや、桃太郎は自分を見てはいない!?
それを悟って、鉄鋼鬼は焦燥にかられ、思わず声を荒らげていた。
「ふざけるな、貴様はここで死ぬんだ! 俺もろともなぁ!」
鉄鋼鬼が走る。
腕から生えた刃を、桃太郎めがけて突き出す。
桃太郎がそれを剣で受ける。
流す。
躱す。
切り返す。
鉄鋼鬼の刃が風を切り裂いて舞ったとき、無数のかまいたちが虚空より放たれた。
その一つひとつを精確に剣で薙ぎ払っていく桃太郎に、鉄鋼鬼は少なからず脅威を抱いていた。
しかし、ここで怯むわけには行かなかった。
鉄鋼鬼の意地もあった。そして、何より、最強の鬼であるという、プライドが許さなかった。
鉄鋼気は咆哮し、刃を振り下ろした。
それを、桃太郎は頭上で受け止める。
「よくぞ、受けたな、桃太郎! だが、貴様に勝利はない。俺を倒した瞬間が、貴様の死となるのだ!」
「なんだと!」
「俺の死は、この辺り一帯に地獄の炎と魔界の風、そして『死』をまき散らす。それを感じた瞬間、いや感じる前に貴様の身体は蒸発し、この辺り一帯は地獄と化すのだ!」
「やってみろぉ!」
鉄鋼鬼の刃を跳ね上げ、
「
裂帛の気合いもろとも鬼の頭頂へ剣を打ち下ろす!
「ガ……」
鉄鋼鬼の鉄の身体に、一条の蒼い閃光が疾っていた。桃太郎の青龍剣が、ついに鬼の身体を縦に断ち割ったのである!
「やった!」
空を舞う天翔が、思わず歓喜の声を上げる。
その瞬間、二人は、鬼の体内からあふれ出たまばゆい光に包まれていた。
鉄鋼鬼の動力源である超小型核融合エンジンが爆発しようとしているのである。
無論、桃太郎たちにはそれが何であるのか、またその光がもたらす恐怖と呪いがどれほどのものなのかわかる筈もなかった。
しかし、それが危険なものであることは鉄鋼鬼の言葉から窺い知れていたので、すぐにそれを消滅させるべく、神の光を放ったのである。
そしてついに動力源は爆発し、放射能と数万度の熱風を巻き起こして炎は荒れ狂い、キノコ雲が天へ立ちのぼった。
「――鉄鋼鬼、死んだか」
あらゆる生物を蒸発させる熱風と、遺伝子をも狂わせる放射能――それらを含んだ悪魔の雲が遥か沖で立ちのぼるのを見て、天魔王は何の感情も露にすることなく、そう呟いた。
「だが、これで桃太郎どもも――何!?」
神の戦士の消滅を、少々落胆しつつも確信した直後、その笑みは驚愕へと、そして次に再び歓喜の笑みへと変化した。
おお、この地に現出した地獄の光景が、天魔王の眼の前で塗り替えられていく。
キノコ雲の真下に出現した小さな光が、徐々に大きなものとなって、不浄なるものの全てを圧し包んでいく。
「あれは、神の光か…」
喘ぐように言う。
キノコ雲は、もはや完全に光の中に没し、見えなくなっていた。そして、光はさらに広がり続け、妖魔の巣と化していた吉備の国の山々をもその中に呑み込んでいく。
「こ、こんなことが…」
そのとき、その神の光の中から、一条の烈光が海を引き裂いて鬼ヶ島に向けて疾った。
刹那、海が割れた!
信じられない光景である。
海が巨大な滝と化して、両側に広がっていくのである。
海の水はどうどうと音を立てて、その裂け目の底に雪崩れ落ちていく。
「…………」
茫然と立ち尽くす天魔王の眼に、その割れた海の底を疾走する男の姿が見えた。
宿敵、桃太郎。
「ククク、そうか、来るか、桃太郎! だが、いくら霊格を上げようとも、お前は俺には勝てない。絶対になぁ!」
嗤う天魔王の背後――魔法陣の中で悶え狂う全裸の女が、ひときわ大きな絶叫を上げた。
恐ろしい絶叫であった。
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