鬼ヶ島血飛沫地獄変

第9話

「いったい――」

 それから、どれくらいの時間が過ぎたのか、五人の検非偉使たちが、鉄鋼鬼と狼牙が爆死した地点を取り囲み、茫然と立ち尽くしていた。そこには、直径が五〇メートルにも及ぶ、巨大なクレーターが出現していたのである。

 周囲の樹々は爆風でみな薙ぎ倒され、中には、そのときに生じた数千度の熱風にあおられ、いまだに炎を上げているものもある。

 静寂が戻っていた。

 鉄鋼鬼も狼牙も微塵に吹き飛び、炭と化したのだろうか、今や邪悪な気配は消え、検非偉使たち以外動くものとてないように思えた。

「ここで、何があったんだ……」

 一人が、呻くように言った。

 五人の中でもっとも年配の男である。

 恐らくこの五人の隊長なのであろう。

 だが、その疑問に答えるものは、誰一人としていない。

 誰もが、辺りに漂う妖気に身を震わせていたのである。

 もはや、事態は彼等の人知を越えたところで展開していた。

「――おい、この土を見ろ」

 隊長の、小刻みに震える指がさす先を見た残りの四人が、隊長が何を言おうとしていたのかを悟り、愕然となった。

 クレーターの内側の土のところどころが、キラキラと輝いていたのである。

 ガラスだった。真っ黒に焦げた土が、ガラスと化しているのである。

「これは、いったいどういうことなんだ…」

 この時代の人々に、凄まじい高熱の洗礼を受けたために、土が分子変換されてガラスに変わったなどとわかろう筈がなかった。

 恐る恐るガラスのかけらをつまみ上げる。

 そのとき――


 ぎいぃぃ…ぎいぃぃ…。


 彼等は、身体の毛を総毛立たせる嫌な音、身の毛もよだつ不気味な音を聞いた。

 それは、金属が軋む音であると知れた。

 そしてその嫌な音は、いま自分たちがいるすぐそばから聞こえていた。すなわち、クレーターの中心からである。

 そして、クレーターの中心とは、鉄鋼鬼の身体が爆裂した地点であった。

 身体が硬直してしまう。

 何か、自分たちの計り知れぬものがいる。

 その恐怖が、彼等の身体を縛り上げ、その場から動けなくしているのだ。

 身体を寄せあって、ガタガタと震え上がる五人の耳に、またあの音が聞こえた。


 ぎいぃぃ…ぎいぃぃ…。


 と。

「お、おい…あ、あれは、いったい…」

 誰かが、呻くように言う。

 恐怖に怯え、その場を動けずにガタガタと震えるばかりの五人の眼の前で、黒こげになったクレーターの底の地面が、ぼこっと大きく盛り上がったのである。

 その下に、何かが潜んでいるかのように。

 そして、その不快な金属の軋む音は、そこから聞こえていた。

 ゆっくりと、覆いかぶさった土を押しのけて、黒い、巨大な影が立ち上がる。

 とともに、しゅうしゅうと空気が吹き出すような音も聞こえてきた。

 そいつは、右腕を失っていた。

 鉄鋼鬼。

 あの爆発の中で、右腕を肩から吹き飛ばされながらも、鬼は生きていたのだ。

 傷口からは、引きちぎられたパイプコードが顔を覗かせ、血のかわりにオイルが滴り落ちていた。

 また、全身を鎧っていた金属板も半ば以上があの爆発で吹き飛び、内部の機械カラクリをさらけ出していた。そして、全身のいたる所から、熱く熱せられた蒸気を吹き上げていた。

「――桃太郎」

 鉄鋼鬼のガラスの眼が、赤々と燃え上がっている。

「――桃太郎、逃がさぬ。逃がさぬぞぅ…」

 呻くように怨嗟の声を上げる鉄鋼鬼の眼に、自分の姿に恐れおののく虫ケラの姿が映った。

「何だ、お前らは…?」

 蒸気の噴き出す音と、機械の軋む音に混じった鉄鋼鬼の機械声マシン・ボイスは、恐怖の虜となった検非偉使たちにとってまさに地獄の鬼の声と聞こえた。

「ひ、ひいいい、お、鬼だぁ!」

 その瞬間、彼等をからめ取る糸が切れた。

 見も世もないような絶叫を上げ逃げまどう彼等の姿は、鉄鋼鬼にとって目障りなものでしかなかった。

「死ね、虫ケラどもめ!」

 眼が赤光を帯び、次の瞬間、赤い閃光が虚空を灼いて疾った。

 ボト、ボトッと何かが地面に落ちる音が連続した。検非偉使たちの首が、閃光に身体から灼き切られて、地に転がったのである。

 しばらくして、思い出したように胴体から血が吹き出し、その身体も地面に倒れた。

「島へは渡らせぬぞ、桃太郎!」

 そう言い放つ鉄鋼鬼は、もはやいま自分が殺した人間たちのことなど忘れ去っているようだった。

 そう、人間が自分が潰した蚊のことなど気にも留めないように。

 そのとき、鉄鋼鬼の背中の背のうバックパックが火を噴き、超重量級の身体を天へ持ち上げていく。

 森がはるか足許に小さくなったとき、

「必ず、ぶち殺してくれる!」

 ブースターを最大にし、鉄鋼気は空中を矢のように飛んだ。

 その赤い眼は、狂気の死を見ているようであった。

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