第8話
戦いは突然開始された。
鉄鋼鬼の全身を包む鋼の鎧の各所がいきなり展開したかと思うと、そこから何かが煙を吐いて無数に射出されたのである!
大人の拳大の赤い円筒が、白い尾を引いてあらゆる方向に乱れ飛ぶ。
狙いも何もなかった。
ただ、己のまわりにある全てのものの存在を止めさせるべく、それは音速を超えて飛んでいく。
「――な、何だ!?」
だが、真の驚愕はその次の瞬間に来た。
地面や森の樹々に激突した円筒が、いきなり激しい爆光を放って炸裂したのである!
凄まじい爆音が大地を揺さぶり、桃太郎たちを恐怖と混乱に
しかも、爆発は一度ではおさまらなかった。鉄鋼鬼から放たれたミサイル――そう、それは紛れもなくミサイルであったのである――は次々に誘爆を起こし、大地をえぐり、樹々を砕き、霧を吹き飛ばしていく。
やがてその激烈な爆発で生じた煙がモウモウと立ちのぼり、その向こうに燃え上がる炎が見え隠れし始めた。
火の手と爆音は、陰陽師や検非偉使たちのもとにも届き、それを見聞きした彼等は「鬼が出た!」と口々に叫んで、蜘蛛の子を散らすように結界のまわりから散っていった。
こんな巨大な爆音を生まれて初めて聞いた桃太郎たちは、それのもたらした恐怖と混乱のあまり動けなくなっていた。
まわりは煙と炎に包まれている。
加えて、急激に熱せられた空気による上昇気流が生じ、彼等のまわりの空気が薄くなってきていた。
呼吸が少し困難になっていたが、桃太郎たちは動かなかった。
一時的にではあるが視力と聴力を失い、動けなくなっていたのだった。
つまり、恐怖と混乱がなくても、桃太郎たちには動く術がなかったのである。
闇と無音は恐ろしかった。
しかも、まだ敵がいるのだ。もしかしたら自分の眼の前にいるのかも知れない。それも、最強の敵だ。
そして、奴は、今この瞬間にも、殺すタイミングを狙っている。
そう思うと、恐ろしいまでの戦慄が背筋を疾り抜け、総毛立つ身体がじっとりと汗でにじむ。
桃太郎たちは、鉄鋼鬼の次の攻撃に備えるべく、互いに背中合わせに立った。
「――何処から来る?」
桃太郎が呟いたとき、狼牙の眼前の煙が揺れた。無論、そのことに気づくものはいない。
「死ね、神の使徒ども!」
それは死の宣告。
煙をかきわけて、鋼の鬼がその向こうから飛び出してきた。
視覚聴覚ともに完全に回復しきっていなかったため、四人の反応は遅れた。
鉄鋼鬼が、右前腕から生えた、長さ七〇センチほどの刃を振るう!
肉と骨を絶つ嫌な音がした。
そして、狼牙の絶叫。
皮肉なことに、ここで五感が回復した。
そして見たものは――
「な――」
鉄鋼鬼が、狼牙の血に染まり、そして炎に照らされて真っ赤になっていた。
その足許でうずくまる狼牙には左腕が肩からなく、大量の地が地面を赤黒く濡らしていた。そして、斬り落とされた腕は、その血の海の中に浮かんでいた…。
「ククク、いい声だ。――次はどいつかな?」
そう嗤い、鉄鋼鬼が走る。
死刃の煌めき。
その一刹那前、桃太郎たちは天翔につかまり、空へ飛んでいた。
彼等の足許を、空気を切り裂いて鉄鋼鬼の刃が疾り抜ける。
「ちっ、のがすか!」
空の桃太郎たちに向けた鉄鋼鬼の双眸が赤く輝く。そこから放たれた一条の赤色可視光線は、真っ直ぐに天翔の翼へと伸び、片翼を半ばまで切り裂いて虚空に消えた。
「うわあああ!?」
絶叫が尾を引き、きりもみ状態になって、桃太郎たちが炎の中に落下する。
ごうごうと全てを焼き尽くす勢いで燃えさかる炎の中で身を起こした桃太郎たちは、自分たちの眼の前で『死』が嗤っていた。
もはや、神の光を放つ精神的余裕もない。
こんなところで死ぬのか。
何が神の戦士だ。
「――死ね、桃太郎」
そして、鉄鋼鬼が死を告げる。
再び、全身の鎧が展開した。
桃太郎たちに死をもたらすものが顔を出す。
「粉々に砕け散ってなぁ!」
その叫びに、思わず死を覚悟する桃太郎たち。
そのとき、桃太郎の脇を漆黒の颶風が巻いた。
狼牙が、一陣の風と化して鉄鋼鬼に向けて疾ったのだ。
「――さらばです、桃太郎様。必ず、生き延びて下さい」
まさにミサイルが射出される寸前、狼牙は鉄鋼鬼に抱きついていた。
「馬鹿な!?」
鉄鋼鬼の声が聞こえたように思う。
桃太郎たちは、涙をぐっとこらえて、燃えさかる炎の中を走った。
その瞬間、彼等の背後で凄まじい爆発が起こり、爆風が背を叩く。自分の身体の一部がもぎ取られ潰される感覚が、彼等三人に同時に襲いかかる。
そのとき、桃太郎たちは狼牙の死を悟ったのである。
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