第5話 ジェーンの雄たけび

 それにしても、、、と私は首をひねった。Dと深い関係になった女の数が複数だったというのが、どうしても腑に落ちなかった。まあ、1人や2人、物好きな旅行者がいて、旅に出ている開放感から、変り種の原人BOYにもちょろっと触手を伸ばしてみた、というのなら、わからなくはない。が、数が複数(最低でも5,6人)っていうのは、ちょっと多すぎるんじゃないだろうか、、、いったい彼女たちを原人BOYとの戯れに駆り立てたものは何なのか。欧米人の女性には、日本人の私には想像のつかない趣味嗜好があるのだろうか? と、考えているとき、私の頭に、あるイメージがひらめいた。そうだ。「ジェーン」だ。彼女たちの体にはきっと、ジェーンが求めたものと同じものを求める血が流れているのだ。

(ジェーンというのは、これまで何度も映画やアニメになっている有名な物語『ターザン』のヒロインで、ターザンの恋人)

 そうは言ってみたものの、私自身『ターザン』の話を読んだり観たりしたのは、いつだか思い出せないくらい昔のことだったので、この機会に、あらためて映画『ターザン』を観てみることにした。

 しかし、近所のビデオショップには、観たいた思っていたディズニー社製のアニメはなく、あったのはコンスタンティン社製(?)のB級っぽいアニメの『ターザン』だっだ。で、このアニメというのが、宇宙を飛んでる隕石の絵から始まったり、ターザンがひとりジャングルに取り残される原因が、飛行機事故(私の記憶では船の事故のはずだが)だったり、????? を感じる場面が多々あって、最初はこんなものを買って失敗したなとも思ったのだが、、、まあ、でも、気持ちを落ち着けて観ると、私が知りたいと思っていたことなども描かれていて、思ったほど悪くはなかった。

 この『ターザン』を観る前、私の中でイメージするターザンというのは、筋肉ムキムキのすばらしい肉体の持ち主で、野生動物たちの言葉を理解し、その動物たちの先頭に立つジャングル一強い男というものだった。だけど、ここに描かれたターザンは私のイメージとはちょっと違っていた。肉体は予想通りのムキムキなのだが、どちらかというと、人間というより動物で、汚くて臭そう(?)なのだ。歩き方は重心低めのゴリラ歩きだし、髪の毛はクシでとかしたことがないのでぼさぼさ、体だって一度も石けんで洗ったことがないので垢まみれ(そのあたりをこのアニメはリアルにヴィジュアル化している)まあ、潔癖症ぎみの最近の日本人からすれば、「これで女にモテようなんて、どう考えても無理だろう」というキャラクターなのだ。

 が、、、興味深いことにジェーンはターザンの汚さ、臭さをあまり問題にしていない。(はじめ多少の躊躇はあるが)そんなことは取るに足らないくらい、ジェーンはターザンの超人的な運動能力、心のあたたかさ、清らかさ(金品に対して、まったく無欲なところ)に、心奪われるのである。つまり、ジェーンはターザンがハンサムで強い男だからというより、動物のように純粋で穢れのない存在(でも、動物のオスとしてのフェロモンは強く出ている)だから、ぐぐぐっと引き寄せられるように惹かれたのだ。(そう。これがポイントなのだ。ジェーンがターザンに惹かれたのは、極端なことをいえば、ターザンが人間というより動物だったからだと、私は推察する)

 そして、ラストシーン。このシーンで、ターザンにべったりと寄り添うジェーンの恍惚とした表情といったら、、、目はうるうるで唇は半開き、とろけそうなくらい「でろでろ」で「めろめろ」、、、で、この後で起こることいったら、「アレ」しかないと思わせるものなのだ。(もちろん、子ども向きのアニメなので「アレ」の描写はないのだが、、、)おそらく、このシーンを目にした女子(タイプとしては、活発でお転婆な自然志向、動物好き)なら、ジェーンに自分を重ね合わせ、「大自然の中で、ジャングルの王、野生の男と結ばれる私」という、ドラマティックな興奮を子ども心に刻みつけるのではないだろうか。

(ここでいう女子とは、欧米人の女の子のこと。彼女たちにとってのターザン&ジェーンは、日本人が思うよりも、はるかになじみ深いというのが、私の考え)

 そんな彼女たちが成長して、大人の女になったらどうなるのだろう? おそらく、ジェーンが味わったドラマティックな興奮を、自分の体でも体験してみたいと思うに違いない。そして、未知の世界へターザン探しの旅に出るのだ。

  

 話は戻るけれど、ボロボロの格好をしたDがギリアイルでモテモテだったという話を、はじめに聞いたときは、冗談か作り話かと思うくらい、何のことだか、さっぱりわからなかった。ふつうにしてたってモテそうにないのに(ごめんD)、そのDが身汚くなって、原人スタイルになったら、モテ始めたなんて話は、聞けば聞くほど、わけがわからなかった。

 それはダンナのまわりでも同じで、ギリアイルは「調達」のあるところだから、Dにだって、その可能性はないとはいえないが、Dの場合、その確率は極めて低いだろうろというのが、大方の予想だった。ところが、その予想を裏切り、あのDが大人気、モテモテというので、誰もが「まさか」と驚き、「いったい、なぜ?」と首をひねったのだった。(しかも、あのボロボロで格好で、、、)

 しかし、アニメの『ターザン』を観たとき、私は、この謎の答えが、少し解けたような気がして、うんうんとうなずいた。ボロボロの格好をしたD=原人スタイルのDがモテたのは、Dがターザンと同様に人間というより動物(または原人)だったからなのだ。Dは性格的にも、純粋無垢で、手なずけやすく、かわいがりがいのあるところがある。そこが、ターザン探しの旅に出ていたジェーンたちの心をつかんだのである。


 それでは、このへんの謎が解けてきところで、ギリアイルのDの身に起こったことを、一歩踏み込んで解明してみよう。いくつもの謎のヴェールをはがしていくと、みえてくるのは、こんなことだ。

 そもそも、たいしてメジャーでない辺境の小島ギリアイルを目指してやってくのは、主に自然志向の強い欧米からの旅行者である。その中でも、単身でやってくる女性旅行者=彼女たちは、血中の「ジェーン度」が高めだといって間違いない。そんな彼女たちの体は、すでに「ジェーンの興奮」を知っていて、自然とか野生的なものへの人いちばい強い憧れ、渇望、そして、それをものする行動力をみなぎらせている。

 だから、彼女たちはギリアイルに生息する不思議な「存在」(=原人あるいはゴリラ)に対しても、ひるむことなどない。それどころか、さらに踏み出し、好奇の熱いまなざしを向ける。そして、その「存在」の放つ野生の香りに、抗いがたく引き寄せられていって、、、むらむらと沸き起こる欲求のままに、その「存在」と一体になる行為へとなだれ込むのである。(しかし、その存在というのは、映画で観たターザンというより、どちらかといえばターザンを育てたゴリラの方に近い姿たかちなのだが、このさい、それでもかまわない。というか、その方が反って、彼女たちの背徳感をそそり、欲望の炎に油をそそぐのだった)

 で、、、その行為が彼女たちにもたらすもの、、、それは、文明社会では得られない驚異の悦楽。彼女たちの体をものすごい快感が駆け抜ける。彼女たちは声を限りに叫ばずにはいられない。「オッ ウオッオオオーーーーッ」

 静けさに包まれた小さな島に、ターザンの雄たけびをはるかにしのぐ音量の、ジェーンの雄たけびが響き渡る。それは、ジェーンの体が放つ、どうにも止められない「歓喜の雄たけび」なのだ。

(この想像はけっこう楽しめるな。はははは)

 しかし、つかの間、ジェーン(物語のヒロイン)になって、思い切りはじけた彼女たちも、結局、ひとり残らず帰国してしまう。休暇とか旅が終われば、自分の国に帰って、元の生活に戻らなければならないのが、現実である。先にも述べたが、やはり、彼女たちにしてみれば、原人BOYとの戯れは、場所限定、期間限定のひと夏の冒険のようなものだったのだろう。

(少し現実的になってビザなどの問題を考えたとき、ふつうの観光ビザでは、最長で一ヶ月しかインドネシアにいられないという事情もある。でも、これはあんまり関係ないか、、、)

 いや、ある。ジェーンたちの頭に、ビザとか帰りのチケットのことがあるのは当然だろう。それに長く旅を続けようと思えば、その分、お金もかかる。そう考えると、現実にはターザンの物語のような奇想天外なことは起こりえないのだろうと思っていると、いた、いた、いました。絵に描いたようなターザン&ジェーンのカップルが、、、で、それが誰かというと、ギリアイルのバンガローのオーナーA氏とその奥さん。この二人がまさにそうしたカップルなのだ。

 では、ここで、まだ20代だった頃のA氏をA青年、A氏の奥さんの名前をJ嬢として、二人の出会いの物語を紹介したい。

(A氏の話は、ときどきダンナの口から出ていた。A氏のことを話すとき、ダンナは憧れのスターの話をするときみたいにうれしそうだった。しかし、ダンナがうれしそうに得意になって話すことは、私を不快な気持ちにさせることが多いので、適当に聞き流すようにしていたのだが、あるとき、A氏の奥さんがドイツの北の方のにある国の出身で、国の名前は何だっけかな? という話になり、にわかに私の興味をそそったのである。なんでまた、スマトラ出身の男と北欧出身の女のカップルが、ギリアイルのような辺境の島に住んでいるのか。何かひっかかる奇妙な取り合わせに思えたので、彼らについて語るダンナの話に、私はおとなしく耳を傾けることにしたのである)

 

 

 

 

 

 

 

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