ニューヨークを出てからはトラブルらしいトラブルは無く、アーサー(とトリシア)は予定より早くボストンに到着した。

だから2人はボストンの町でひといきつく事にした。


2人は「アウルズ・ネスト」という名前の控え目な外観の店でコーヒーを注文した。


「そう言えば聞き忘れてたんだけど、アーサーの叔父様ってどんな人なの?」

「一言で言うと、変わった人だな」

「どんなところが変わってるの?」

「父さんが生きてた頃、何度か叔父さんに会った事があるんだが、あの人はその度に「自分には未来が分かる」とか「自分は何でも知ってる」とか言ってた」

「そういう人ってアメリカのどこへ行ってもいるでしょ。私のパパも投機で当ててから似た様な事よく言ってるもの」

「ところがあの人の場合、何を予想しても百発百中なんだ。アメリカのヨーロッパでの戦争への介入時期とか、ヤンキースの成績とかを当ててた。『アメージング・ストーリーズ』みたいだろ」


『アメージング・ストーリーズ』はいわゆるSF雑誌で、雑誌の売りは「すっげぇ怪物」と「すっげぇ発明品」である。


パトリシア自身は読者では無かったが、彼女の弟が愛読者だったのでアーサーの言いたいことは大体理解できた。

しかし、トリシアは人差し指を顎にあてて首を捻った。


「その人の手を借りれば簡単にお金持ちになれるわね」

「ああ。多分なれただろう」

「だったら、何でそうしないの?」

「父さんは叔父さんを嫌ってたんだ。父さんがよく言ってたよ。「ブライアンみたいに悪魔に魂を売ったりしちゃいけないぞ」ってね。真面目が一番の人だったんだ」

「あらら」

「もう出よう」

「良いわよ」


アーサーがコーヒーの残りを一気に飲み干した後、2人は席を立った。




店を出ると天候が崩れていた。


「雨、降って来たわね」


トリシアが天を仰ぎ見ながら言った。

クレイグのT型フォードは無蓋車だったので大雨が降るとずぶ濡れになってしまう。

アーサーは通行人をつかまえて道を尋ねた。


「ジョンソンストリートに行きたいんですが道を教えて貰えませんか」

「ここから4ブロック先まで進むと良い。それから左に曲がってしばらく真っ直ぐ進むとジョンソンストリートに突き当たる」

「ありがとうございます」

「それにしても物好きだな。あそこは何と言うか、殆ど廃墟になってるのに」

「まさか」


アーサーの記憶ではジョンソンストリートは閑静な住宅街だった。

庭付きの大きな家が立ち並び、そこには堅実そうな人々が住んでいた。

だからアーサーは通行人の言葉を話半分に受け取った。


しかし通行人は真顔を崩さなかった。


「本当さ。あそこには近付かない方が良い。もしデートなら他にもっと良いところがある」


通行人の男の話に嘘は無かった。

ジョンソンストリートには人気が無く、通りの建物は荒れ放題だった。

しかもブライアン叔父の屋敷の荒廃ぶりは特に酷かった。


屋敷の囲いは倒れ、大きなアーチ型の門は石材部分が一部崩れ、屋根の塗装は剥げ、おまけに凝った浮き彫りが美しかったファサードは泥塗れになっていた。


「酷いな……」

「お庭もちょっとねぇ」


アーサーがトリシアの視線の先を見てみると、花壇の草花は朽ち果てていた。

雑草すらも死にかかっていた。


「へくしゅ!」

「おおっと、雨が降ってるのを忘れてた。すぐに中に入れて貰おう」


アーサーは気持ちを切り替えて屋敷側に訪問を知らせる事にした。

アーサーは屋敷の呼び鈴を鳴らした。

すると玄関の扉が開き、執事と思われる壮年の男性が出て来た。


「ようこそお出で下さいました。アーサー様」


その男には毛がなかった。

頭頂部が禿ているだけの人物は少なくないが、よく見るとその男には一本の毛も生えていなかった。


髪だけでなく、髭も、睫も、眉毛も生えていない。


しかも彼の皮膚はミイラの中身みたいに干乾びていた。


アーサーとパトリシアは男の顔に面食らった。

しかし執事は2人の反応に気を悪くした様子も無く、笑顔で歓迎のポーズを取った。


「申し遅れました。私、ブライアン様の執事のウィリアム・ホワイトと申します」

「よろしく」

「ええっと、パトリシア・マクミランです」

「ふむ。ガール・フレンドの方ですか。ブライアン様もさぞお喜びになる事でしょう」

「照れるな。あんまりこの事は突かれたくないし、そろそろ叔父の部屋まで案内してくれないか?」

「かしこまりました」




屋敷の内側も外側と同じく酷い有様だった。

歩けば埃が舞い上がり、何もしなくても電気の切れかけた照明で不快な気分にさせられた。

「随分と家が汚れてますけど、何かあったんですか?」

トリシアが出来るだけ控え目な表現で執事に質問した。

「ブライアン様から特別の仕事を指示されておりまして、屋敷の維持管理まで手が回らないのです」

ミイラめいた執事は全く調子を変える事無く答えた。


「例えばどんな仕事を?」

「それについてはお答え出来ません。しかしサボっているわけではないのでご安心下さい」


彼の言葉通り、屋敷には執事以外にも大勢の使用人が何やら良く分からない作業に従事していた。


どの人物も執事と同レベルの酷い特徴と陽気さを持っていた。


「ようこそお出で下さいました」

「どうも」


声を掛けて来た使用人は太めのロープと肉の塊を運んでいた。

アーサーは仕事の関係で肉を扱う事が多々あるので、肉の塊が何に使われるのか気になった。


「その肉が何に使われるか教えて貰えないか」

「申し訳ないが、そいつはちょっと答えられません」

「エサじゃないの。ライオンとかゾウとか」トリシアが言った。

「さぁ、どうでしょうね」使用人は答えをはぐらかした。



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