第3話「有川浩って有名なんすか?」
あたしの周囲にいる面倒くさい奴の筆頭が
こいつの夢は「ラノベで一発当てて金持ちになる」というふざけたものだ。もっとも、読書量は少なそうで、読むのはマンガばかり。ラノベ以外の小説はほとんど読んだことがないらしい──何で文芸部に入ってんのかなあ、こいつ。
あたしは趣味で創作(主にライトなBL)をやっていて、たまにカクヨムに短編小説を載せたりしてるけど、仁科はこれまで、学校の作文以外、まとまった文章を書いたことがないという。なのになぜラノベ作家になることを夢見ているかというと、アニメでラノベ原作のものが多いんで、「ラノベ作家って誰でも簡単になれて儲かるんだ」と思いこんでしまったらしい。あたしは「ラノベだって修行は必要だよ」とか「アニメ化されるほど売れてる作家なんて、業界全体のごくごく一部だよ」と説教するんだけど、目にウロコが飛びこんでしまった仁科は聞く耳持たない。
それどころか、あたしが創作をやっていると知って、「師匠!」と言って慕ってきた。小説を書くコツを教えてくれと、しつこくつきまとってくる。コツさえ知れば自分でも簡単に小説が書けて、しかもすぐデビューできて、売れまくってアニメ化されると思っているのだ。どこまでポジティヴなんだか。
「ラノベばっかり読んでたら引き出しが少なくなるぞ」
ある時、そう注意した。
「引き出し?」
「頭の中にストックしておいて、いざという時に取り出して応用できるストーリーのパターンだよ」
「つまりパクリ?」
「違う! 応用!」
「でも、ラノベだっていろんなストーリーがありますけど?」
「でも、なるべくいろんなパターンがあることは知っといた方がいい。だからラノベ以外の小説も読めよ」
「世界の名作とかっすか? 『罪と罰』とか『老人と海』とか」
「読んだのか?」
「『マンガでわかる世界の名作』っていう本で。名作一本あたり二ページほどでストーリーが紹介されてるんす」
「それは“読んだ”うちには入らないなあ」
まあ、あたしも「名作」と呼ばれるものにはあまり興味がない。だって小説の感想なんて人によって違う。あたしにとって名作かどうかなんて、実際に読んでみなきゃ分かんない。それなのに最初から「名作」というラベルが貼られていると、価値観を押しつけられている気がして反発してしまう。それに何世紀も前の作品だと、現代の感覚と合わなくて読むのがつらいし。
「とりあえず、現代の作品──日本の作家のエンターテインメントでいいから読んでみなよ」
「師匠のおすすめの人は誰かいます?」
「そうだなあ。いちばん好きなのは有川浩かな」
「アリカワ?」
仁科はあたしの目の前でスマホを取り出し、ググりはじめた。
「ア・リ・カ・ワ……」
「てめえーっ!」あたしはいきなりぶち切れた。「小説家志望のくせして有川浩を知らんのか!?」
「えっ? えっ? 有名なんすか?」
「有名だよ! 超有名だよ! 『植物図鑑』とか『レインツリーの国』とか『阪急電車』とか『県庁おもてなし課』とか映画になってるだろ!? 『空飛ぶ広報室』とか『三匹のおっさん』とか『フリーター、家を買う』とかテレビでやってただろ!? あともちろん『図書館戦争』も! 何で『空の中』と『海の底』と『シアター!』がいまだに映像化されないのか不思議なぐらいだよ!」
「ああ、『図書館戦争』の人っすか。アニメは観たことあります。でも俺、アニメの監督の名前にはぜんぜん興味ない人なんすよねー」
「監督じゃなくて原作者! つーか、さわやかな笑顔でかっこつけたように言うんじゃねえ! それはかっこよくないから! 一般人ならともかく、小説家志望者がそこまで小説に無知って恥だから!」
「でもほら、ラノベじゃない小説って、難しくて読みにくい印象あるじゃないすか」
「有川浩、舐めんな。あの人のリーダビリティはすごいぞ」
「りーだび……?」
「読みやすいっってことだよ。ほんと、すらすら読めんだよ」
「ああ、漢字が少ないんすね?」
「違うよ!」
「じゃあイラストがいっぱい入ってる? 活字が大きい?」
「お前にとっての“読みやすい”って、そういうことを意味するのか!?」
「だって、ラノベじゃない小説って、中にイラスト入ってないじゃないすか。あの文字ばっかなのが苦手で」
「小学生か」
「いっそ一ページごとにイラストが入ってるといいんすけどね」
「それはもう小説じゃなくてコミカライズだろ」
そうこう言っている間に、仁科はウィキペディアの「有川浩」の項を探し当てた。
「へえ、たくさん書いてますねえ」
「人気作家だからな」
「ねえ、『マンガでわかる有川浩』とかいう本、出てないんすか?」
「なぜ!?」
「だって、こんなにあると読むの大変だし。とりあえず、小説一本あたり二ページぐらいのマンガにまとめてもらえれば、ちゃっちゃっとストーリーが分かって、読む必要ないかなって」
「本人が聞いたら泣くぞ!」
とまあ、こういう奴なのだ。
「とにかく何かまず書いてみなよ」と、あたしはアドバイスした。「それをカクヨムにでもアップしてみりゃいい。そうすりゃ、お前の小説が受けるかどうか分かるから」
小説をろくに読まないような奴が書く小説なんて、どうせたいしたことはないはず。あたしとしては、これで仁科のろくでもない夢を、根拠のない自信もろとも叩き潰してやるつもりだった。
案の定、それからしばらくして、仁科はあたしに泣きついてきた。
「師匠~! カクヨムにアップして一週間になるのに、まだ★三つしかつかないんすよー!」
「その三つは、お前が別アカでつけたな?」
「何で分かるんすか!?」
「分かるわ! あたしも読んだけど、あんなもんに★つける奴なんかいるか!」
「どうしてです? 流行りの要素をあんだけぶちこんだのに」
「ああ、流行りの要素だけはいっぱい入ってるよなあ! ゲーム廃人の主人公がトラックにはねられてMMORPG風世界に飛ばされたら、そこがたまたま王宮の風呂場で、王女様の入浴シーンを見てしまったもんで、炎属性の魔法を操るソーサラーの王女様に決闘を申しこまれるんだもんな!」
「何がいけないんす? 流行りでしょ?」
「あのなあ」あたしは子供にでも分かるように言い聞かせることにした。「流行りってことは、すでにたくさんの作者が同じような話を書いてるってことなんだよ。そこに後発の人間が割りこんで、同じことをやったって、目立つわけないでしょうが」
こいつがマンガばかり読んでるのを思い出して、マンガをたとえに出すことにした。
「たとえば『進撃の巨人』。あれって大ヒット作だよな?」
「ですよね」
「それまで、人を食う巨人と戦うマンガなんてなかったんだよ。だから新鮮で衝撃的で人気が出た」
「ああ、なるほど」
「『DEATH NOTE』とかもそうだよな。名前を書いたら人が死ぬノートなんて、たぶんそれまでマンガの題材になったことはないと思う。そのアイデアをとことん突き詰めたからヒットしたわけよ。
だからさ、後発の人間が一発当てようとしたら、先駆者と同じことをやってちゃだめなんだよ。何か新しいことをやらなきゃ」
「新しいこと……新しいことねえ……」
仁科は腕組みをして考えこんだ。こいつの頭ではろくな考えは出そうにない。あたしは助け船を出すことにした。
「とにかくまず、主人公が異世界に転生するところから考え直してみたら?」
「トラックじゃなく、貨物列車にはねられるとか?」
「何が違うんだ」
「じゃあ、もっとスケールを大きくして……ジャンボジェットにはねられるっていうのは?」
「どうやってはねられんだよ!? つーか、スケールが大きいって、そういう意味じゃないだろ」
「そうだ!」仁科は嬉しそうに、ぽんと手を叩いた。「いいのが浮かんだ! ロケットが墜落してきて、それが爆発して、異世界に飛ばされるっていうのは? これは絶対まだ誰もやってないっしょ!?」
「フレドリック・ブラウンの『発狂した宇宙』な」
「えっ、もう書いてる人いるんすか?」
「一九四〇年代の小説だよ。ロケットの爆発で主人公が飛ばされた先が、もろにSFファンが妄想したみたいな世界でな。地球人は宇宙に進出してて、異星人と宇宙戦争やってるんだ。当時アメリカで大流行してたスペースオペラを茶化してんだよ。今の日本で言うなら、RPG風ファンタジー世界に飛ばされるようなもんだな」
「へー、そんな昔からある発想なんすね」仁科は興味をそそられたようだった。「でも、そんな昔の小説なら安心すね」
「安心って?」
「パクってもバレないし」
「いや、バレるから! 『発狂した宇宙』はSF界ではめちゃ有名だから! つーか、パクリはだめだろ。発想は似ててもいいけど、その後の展開は変えろよ」
「じゃあ、ロケットの爆発で飛ばされた主人公は、ちょうどヒロインが着替えてる現場に──」
「異世界に飛ばされて、やってることは同じ!?」
「この前は入浴シーンで、今回は着替えっすよ」
「いや、たいして違わないだろ。もっと根本的なところから変えろよ」
「でも、入浴と着替え以外に、どうやって主人公とヒロインを接近させればいいのか……」
「まず、その発想から離れような! 主人公とヒロインが親しくなるきっかけは、裸を偶然見ちゃうことしかないのか!?」
「しかないのか、と言われましても……」
「あるだろ? 男と女が親しくなるきっかけなんて、いくらでも」
「…………」
数十秒の沈黙。
「思いつきません」
「うわあ」
そうだった。こいつ、実年齢=彼女イナイ歴なんだった。実体験がないうえに、普通の恋愛を描いた小説も読んでないから、普通の男女の出会いが書けないんだ。
にしても、ここまで引き出しが少ないって、創作者として絶望的じゃないか? いっそ『僕は引き出しが少ない』という小説でも書け。
「あっ、そうだ。ひとつ思いつきました、女の子と親しくなる方法」
「何だ?」
「主人公は作家志望の少年で、文芸部の先輩に小説の書き方を教わってるんすよ。そのうちに、だんだんと、先輩は彼のことが──」
「なるか、バカ!」あたしは顔が熱くなるのを覚えた。「何であたしがあんたみたいな奴を好きにならにゃならんのだ!?」
すると仁科の奴、「うわあ」と眼を輝かせた。
「先輩! 俺のことが好きだったんすね!」
「はあっ!? 何でそうなる!?」
「だって、女の子が『何であんたなんか好きにならなきゃいけないのよ!?』って言ったら、それは好きな証拠じゃないすか!」
「あたしはツンデレじゃねえ! そもそもツンデレなんてもんも、ほとんどフィクションの中の存在だぞ! 女の子が『何であんたなんか好きにならなきゃいけないのよ』って言ったら、たいていの場合は本音だ」
「そうなんすかっ!?」
「だからマンガやラノベを基準に考えるのはやめろ!」
こいつ、ラノベ的思考にどっぷり毒されてやがる。
「まさかとは思うけど、お前、女の子は裸を見られたら、インプリンティングみたいに、見た相手のことを好きになるって思ってない?」
冗談で言ったつもりだったんだけど、
「えっ、違うんすか?」
「思ってたのかよ!?」
「だって、ラノベでもマンガでも、必ずそうじゃないすか」
「いや、確かにそうだけど! 例が山ほどあるけど! あれはフィクションだから! 嘘だから! 信じて実行に移したら犯罪だから!」
「へーえ」
やばかった。誤解が発覚して良かった。あたしが指摘しなかったら、こいつ、あたしの入浴や着替えを覗きに来てたかも。
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