ただ、それだけだった


少しだけ、

思い出した。


壁に当たった、

瞬間に。



○    ○    ○    ○    ○



私は、

夕暮れの暗い道を、

急いでいた。


その日は、

出稼ぎに出ていた父が、

半年ぶりに帰ってくる日、

だったから。


だから、

父の好物をたんと、作ろうと。


もう、


『母さんみたいに、

料理上手くないと嫁に行けないぞ!』

なんて


(頑張って練習したんだから、

もう2度と言わせない!)


とか。


(やっぱりあの人も、

料理が上手な人がいいのかしら?)


とか。


確か、

そんな事を考えてて


浮ついたのが、

いけなかったんだろうか?


「危ない!!」


その声にも、

反応が全然返せなくて。



気が付いた時にはもう、

暗い御屋敷の中に佇んでいた。



○    ○    ○    ○    ○



私は、

必死に逃げ回った。


化け物から


無情な罠から


何度も、

挫けそうになって。



やっとの思いで、

手に入れたのは。



「なぁんだ。

・・もう御終い?」


自分を見下みおろす、

情の無い面白がるだけの目。


辺りにただよう、

冷たい黒い空気。


光りの届かぬ、

人で無い物達の世界。


もう2度と、

家族には会えぬという。


・・悲しい現実でした。



それでも私は、

まだ望みを捨ててはいなかったのです。


何度も、

呼びかける声を無視し


話しかけるその声に、

何度も叫び声を上げ


ひたすら、

目の前の化け物達に


『家に帰りたい』と、

自分の願いをうったえたのでした。



ただ、

それだけだったのです。



本当に、

私はただ・・家族に、

会いたいだけだったのです。



ただ、

それだけだったのに。



「・・うるさい!!」


目の前の、

好奇心だけを映していた目が、

真っ赤にまりました。


「泣きわめくだけしか出来ない、

役立たずは必要ない!


・・お前も」


らない。



・・そう声が響いた後は、

朧気おぼろげにしか、覚えていません。



○    ○    ○    ○    ○



長い夢は、


き夢とも


悪夢とも


言えない物でした。



ただ、

自分の仲間が増えるたびに、

さびしさは消えるので。


泣きわめくワタシ達を、

此方こちらに引き込む事は・・

存外ぞんがい、悪い物では無かったように思います。



・・他のワタシは、

どう思っていたか、ですか?



あら、

不思議な事をお聞きになるんですね?


ワタシ達は、

ミンナ私なんですもの。


・・ワタシと、

同じ気持ちに決まっています。



え?



お前は救えない、

ですか?


あらあら。

また不思議な事を。


私を救えないという事は。


・・ワタシ達も救えない。

という事ですよ?


あら、

何処どこへいかれるのですか?


え?

私の家族に、説明?



・・私の、家族。



わたし、の。


ワタシの、家族。


「・・私の家族は、

ワタシ達だけ、です。」


それ以外には、

他に誰もりませんよ。



私が微笑んでそう言うと、

その人は全てを知った上で


・・あきらめた表情で、

深い溜息をついたのでした。



○    ○    ○    ○    ○



その人は、

私の元を、去っていった。



何とか、

気丈きじょうに振る舞えたと思っていたけれど。



・・流石さすがに、

お見通しだったらしい。



「そう。

・・私は、ワタシ。」


後悔こうかいしても


あやまっても


けっして許されない事を、

してしまったから。


だから、

私の大切だった人達。



・・私の事は、

どうか忘れて下さい。



ただ、それだけが、

私の今の願いです。


ただ、それだけ。


久しぶりの涙が、

あたたかなほほを伝う気がしたけれど。



ただ、それだけ



・・だった。

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