彼による後書き


『・・こうして。


硝子がらすひつぎに閉じ込められていた白雪姫は、

愛する者達の手で大切にほうむられ。


優しい両親の元へと、

おだやかに旅立つ事が出来たのです。


めでたしめでたし。』



「・・これで、よし。」


タイプライターのボタンをたたいていた青年は、

そう言って印刷いんさつえた紙を手に取る。


1度確認かくにんために見直し、

間違いが無い事をチェックしてから、

分厚いファイルにしっかりとじた。


そのまま彼は大きく伸びをすると、

古びた木の机から立ち上がり、

側にある大きな木の本棚に近づく。


取りえず目についた棚を1つ選び、

様々な表題の付いたファイルの間に

無理矢理押し込むようにして仕舞しまった。



仕舞しまわれたばかりのファイルには


硝子がらすひつぎの白雪姫

~彼女のTRUE・END~』


と真新しいタイトルが付けられている。



満足気にそれを青年がながめていると、

足元からあきれた声が聞こえてきた。


「また、適当てきとうに置いてる。

・・ぼく、手伝わないよ。」


青年はしゃがみ込み、

下からアーモンド型の目にあきれの色をかべ、

見上げてくる彼の小さな頭を優しくでてやる。


それでも誤魔化ごまかされず、

今度はジト目で見つめてくるかしこい彼に、

青年は降参こうさんした様に苦笑した。


「そのうち片付けるさ。

・・そのうちな。」


「絶対やらないと思う。」


そう言って彼は、

その後の事を考え溜息をついた。


その生意気な態度を揶揄からかうように、

青年は楽し気に両手で撫でながら、

そのつややかな毛並けなみを全部ぐしゃぐしゃにする。


「いやなんだけど。」


嫌そうな声でそう言うと、

すばしっこい彼は青年の手から上手く逃げ出して、

少し離れた所でブルブルと体を振った。


その動きに合わせ、

黒い毛におおわれた体と長い耳が揺れる。


ある程度毛並みをととのえた彼は、

不服ふふくそうな声で1言吠え、

楽しそうに見ていた青年に抗議こうぎした。


「キレイにしてもらったの、

ぐしゃぐしゃになったんだけど。

いやなんだけど。」


「悪い悪い。」


まった反省はんせいしていない青年の態度と声に、

小さな牙をきながら、

彼はとうとう機嫌きげん悪くうなり声をあげる。


「いいもん。


・・もう朝、起こしてあげない。」


ふいとそっぽを向く態度を取った後、

短いあしをちょこちょこと動かしながら、

彼・・少し大きめのミニチュアダックス君は、

不機嫌ふきげんそのもので部屋から出て行ってしまった。


「あ、しまった。」


やりぎた、と青年はさとる。



彼は、

とても頑固がんこな上に意志が強いので、

1度へそを曲げると余程よほどの事が無い限り、

機嫌きげんを直すのにしばらくかかってしまうのだ。


そして、

先程さきほど宣言せんげん通りゆるしてくれるまで、

朝はまったく起こしてくれない。



・・つまりそれは、

寝起きが非常に悪い青年にとって、

致命的ちめいてきな事を意味していた。



(・・仕方しかたない。)


彼の御機嫌ごきげん取りに夕飯は、

焼いた牛肉の料理にしようと考える。


昨日も、

肉好きの彼のリクエストで焼肉だったのだが。



・・本日の夕飯も、

まったく同じ物になるようだ。



その事を自業自得じごうじとくあきらめた青年は、

溜息をつきながら部屋の唯一ある扉に向かう。



扉のドアノブに手を掛けた時



「・・あぁ、そうそう。」


そう呟いた青年が、此方こちらを向いた。


「そこでごらんになっていた貴方あなた

彼女の話はお気にしていただけましたか?」


彼はドアノブから手を離し、

向き直る。


「今回のお話は、

とても素晴すばらしいTRUE・ENDでした。


これは、

彼女の人柄ひとがらがよかった御蔭おかげでしょう。


中にはそう・・とても、

陰惨いんさんな物もあるので。」


そう言うと、

ふくみを持たせた笑顔でわらった。


「・・此方こちらとしては、

それでも面白ければかまわないんですよ。


俺が望むのは、物語の真実なんで。」



さて、仕事の話をしましょうか。



「ずっと物語をごらん貴方あなたなら、

すでにご存知ぞんじでしょうが、一応自己紹介を。」


彼は小さく会釈えしゃくし、先を続ける。


「初めまして。

死亡フラグり屋をやっている者で、

偽名ぎめいはSと申します。


貴方あなたがもし、

不可解ふかかいな場所に閉じ込められたのなら、

此方こちらが送るメールをそのまま返信して下さい。


依頼いらい報酬ほうしゅうは、TRUE・END。


貴方の物語の、

を見せていただければ結構けっこうです。


・・ただし、

それが貴方あなたのBAD・ENDになろうが、

DEAD・ENDになろうが、

俺は最後まで連れて行きますので・・御覚悟ごかくごを。


それでもいいと言われるのならば、

何処どこかの閉鎖へいさ空間でお会いしましょう。」


それでは。


彼は此方こちらに向かって深く一礼いちれいし、

扉を開けて部屋から出て行った。



この部屋に残されたのは、

遠くからひびく足音と、

終わってしまった誰か達の物語。



・・そして、もう1つ。



それは、

最後まで見ていた貴方あなただ。



これは、

何処どこかで起こる不思議な話。



彼と貴方あなただけが知る、

不思議な空間で真実を探す物語。

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