彼女のTRUE・END


穏やかな日差しが降り注ぐ青空の下。


広い墓地の中、

高校の制服を着た女の子が1人、

真新しい墓の前で泣いていた。


包帯の巻かれた両手で顔をおおい、

彼女は嗚咽おえつを耐えながら、なげきの涙を流し続ける。


墓の前で静かに泣き続ける彼女の側に、

喪服もふくを着た男女が1組近づくと、

優しく声を掛けた。


「・・もう、泣き止みなさい。」


「そうよ。

・・いつまでも泣いていては、いけないわ。」


「・・お父さん、お母さん・・。」


母は優しく彼女の背をさすり、

父は静かに彼女のかたを優しくたたく。


「・・あの時、

確かにかばったのに。


なのに、なんで・・。」


涙を流しながら、

少女は声をまらせた。


そんな彼女をなだめるように、

母は抱きしめて背をさすりながら声を掛ける。


「もう泣かないで。


・・貴女あなたのせいじゃないのよ。」


「そうだよ。・・愛海まなみ。」


父は彼女・・愛海と視線を合わせ、

優しく語りかけた。


「そんなに自分をめてはいけない。

・・こう言うと、

ひどい人間なのかもしれないが。


・・私達はお前が生きていてくれて、

嬉しいよ。」


「・・。」


愛海は視線を下げ、

墓にきざまれた名前を見る。



彼女の『うしなった事』を認めたくない心が、

どれだけ現在を拒絶しても。



そこにきざまれているいとおしい名が、

痛々しい真実と罪の意識を、

この身と魂に焼き付けて・・消えないのだ。



この名を呼ぶ事は。

もう、ない。



・・そう思うだけで、

涙は止められなかった


「・・命を捨てる覚悟じゃ、

足りなかったのかな?


それなら」



自分たましいも捨てる覚悟かくごで、

かばえばよかったのかな・・。



彼女が静かに呟いた瞬間、

父と母が強く抱きしめてきた。


「そんな事を言わないで!


貴女あなたまでいなくなったらお母さん、

どうしたらいいのか・・!」


「そんな事を思わないでくれ!


警察から電話が来たあの日、

父さんは、父さんは・・!」


自分を抱きしめながら静かに泣く両親の背を、

彼女はまだ少し痛む手でさする。


「泣かないで。

私は多分、寿命じゅみょう以外では死なないと思う。


・・だって、

大切な人より自分の命を選ぶ、

薄情な人間みたいだから。」


痛々しく自分をわらう愛海に、

両親は視線を合わせ、涙をきながら言った。


「それは、違うわ。


貴女あなたが大切に思っていたよりも・・

ばあちゃんの思いの方が、強かっただけ。」


「そうだよ。


ばあちゃんはお前をとても・・

大切に思っていたから。」


父は、

真新しい墓にきざまれたばかりの名前を見て、

おだやかな表情で語る。


「お前がお腹にいる時から、

ばあちゃんはとても喜んでいたんだ。


『私の孫は、

お腹にいる時から可愛かわいいの!』


そう言って、

周りの人を苦笑させていたよ。」


母も小さく笑い、

同じように墓の名前を優しく見つめた。


「そうね。


私達が、

ばあちゃんに名前を付けて欲しいと言ったら、

すごく喜んでくれてね。


『それなら、最高の字を考えるわ!』


って、

毎日辞典とにらめっこしていたの。」


「父さんが


『目が疲れるから、ほどほどに。』


って言ったら、


『あら。

可愛かわいい孫の事で、

目が悪くなっても本望ほんもうよ!』


って、返されちゃってね。」



あれには、あきれたなぁ。



そう言って、

2人は楽しそうに笑う。


「・・そうして、

考えてくれたのが貴女あなたの字。


『誰からも愛され、海の様に深い優しさを持つ子に』


そう願いが込められた、

素敵すてきな名前。」


「愛と海で、『愛海』。

幸せに生きて欲しいと、

ばあちゃんが考えてくれた・・


ばあちゃんと、同じ名前だよ。」


静かに立ち上がった父はそう言って、

墓にきざまれた名前


真奈美まなみ


の部分を優しくなぞった。


「真奈美おばあちゃん・・。」



ごめんね。



愛海は墓に手を置き、

涙を流したまま・・いたわように、

そっとでる。


「苦しかったよね。


病院にいる間、

ずっと・・うなされてた。」


痛ましい表情で言う彼女の頭を、

悲し気な顔の父が優しく撫でた。


「そうだね。

苦しかったし、痛かったと思う。


・・でも。」



ばあちゃんは、

後悔こうかいしてはいない。



その言葉に驚いた愛海は、

父の顔を見る。


見上げた先の父は、

静かに涙を流しながらも・・

おだやかな表情をしていた。


「お前は、

ばあちゃんの最後に間に合わなかったから、

知らなかっただろうけど。」


「おばあちゃん亡くなる前にね、

意識を取り戻したのよ。」


母のその言葉に、

彼女は大きく目を見開く。


「なんて、言ってた・・?」


(私の事、許さないって、思ってた・・?)


聞きたい様な、

耳をふさいでしまいたい様な。


恐ろしいが、それよりも。


・・今は、

祖母が最後に残した言葉なら、

どんなことでも聞きたい気持ちの方が大きかった。



本当に、大好きで、大事な人だったから。



たとえ、それが自分へのうらみ言だとしても、

もう一度言葉を聞ける方がずっと・・嬉しかった。


緊張きんちょうで、

かすかに声を震わせる娘の気持ちに気付いてか、

父は一層優しい表情で頭を撫でる。


そしてこの子が


かばわれて生き残ってしまった』


その事実に、

罪悪感をいだく事をしっかりと見抜き・・

この言葉を残した自分の母親に、

心からの尊敬と感謝の念をいだいた。


そして父は、

罪悪感にとらわれた孫の心を救う、

優しい祖母ははの最後の贈り物を口にする。


「おばあちゃん、こう言っていたよ。


『私は、

自分の命より大切な人達を・・

ちゃんと、守れたのねぇ。』


って。」


側で聞いていた母が

愛海の背をそっとさすり、涙声で続けた。


「おばあちゃん、私達に


『宝物を増やしてくれて、がとう。』


・・そう、お礼を言ってくれたの。」


3人のほほを静かに伝う涙の量が、

増えていく。


「『あの子に、無事で良かったと伝えて。』


・・父さんが、最後に頼まれた伝言だ。」



ばあちゃん・・。



「最後におばあちゃん、微笑んでたわ。


『父さんと母さんに、

随分ずいぶんと心配かけてしまったみたい。

・・2人とも泣き虫だから、

なぐさめてあげなくちゃ。


あの人にも、

可愛い孫の事・・自慢じまんしてくるわ。』


楽しそうにそう言って・・息を引き取ったの。」


「おばあ、ちゃ、ん・・おばあちゃん!!」


あの日から、

心に巣くっていた罪悪感が静かに溶けだし・・

ようやく彼女は、大きな泣き声を上げる事ができた。


側で見守る両親も、

罪悪感から解放された娘への安堵あんどと・・

家族をうしなったさびしさから、静かに涙を流す。



綺麗きれいに晴れ渡った空の下。


3人は大切な人の死をいたみ、

今までの日々に感謝の気持ちを送った。


そして、

今はまる事の無いさびしさに胸を痛めながら・・

静かにいのる。


その優しい魂の安らかな眠りを。


それだけをただ、いのった。



大切な人を思う涙は


優しく 優しく


降り注ぐ


それは光の雨となり


眠る魂を守り続ける

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