光の雨


「・・綺麗きれい。」


自然に言葉がこぼれるほど、

外の世界は美しかった。


今、まさに夜が明けたらしく、

真新しい鏡面きょうめんの様に輝く黄金おうごんの太陽が地平線から顔を出し、

その輝きを受け取った辺りの森は、

黄金こがね色の海原うなばらへと変わっていく。


何故なぜか雲一つない空から降る小雨こさめは、

全ての空間をやわらかな空気と音でたし、

太陽の輝きを受けた今、その身を金のつぶと糸に変えていた。


マナミは黙ってその光景を瞳に焼き付けた後、

静かに目を閉じる。



そのままやわらかく全身を包む雨に身をまかせ、

そのおだやかな音に耳を澄ませていた。



「・・!」


ふと、

何かに気付いた彼女は目を開けると、

やわらかく笑ってSに話しかける。


「みんなが、

私を守ってくれていたみたいです。


だから、

最後まで自分をたもてていたんですね。」


「そうですか。」


無く返す彼にマナミは苦笑するが、

再びおだやかな表情になると、なつかしそうに語り出した。


「私、幼い頃に、

重いやまいかかった事があるんです。


あちこちの病院をたらい回しにされているうちに、

自分自身でもあきらめてしまって。」


でも。


と、彼女は優しい笑顔を浮かべる。


「両親は、あきらめなかった。


色々な医者に頭を下げて、

お金だって大変だったのに、

私の前では決して泣かなかったんです。


いつもは泣き虫な両親が


『大丈夫だ』


『絶対助けるから』


って笑顔ではげましてくれて。


だからその時


『自分の命をあきらめない』


『生きるのに最善さいぜんの選択をしよう』


って、子供ながらに決心したんです。


それで必死で頑張がんばっていたら、

がたい事にやまいも治ったんですよ。」



そのまま、

マナミは時折ときおり笑い声を上げながら、

Sに他の事も語って聞かせた。



退院した時、

両親が泣きながらいわってくれた事。


意見の違いで母親と喧嘩けんかになったが、

それでも次の日にお弁当を作ってくれて、

感謝の気持ちがあふれ、

泣きながら仲直りした事。


オカルト好きな親友がいて、

肝試きもだめしに夜の学校へ行き、

結局怖くてそのまま2人で帰って来て、

可笑おかしくて大笑いした事。


憧れた先輩がいたが、

勇気が出なくて想いをげられず、

彼が卒業してしまった苦い恋の事。


彼女は楽しそうに話していたが


「・・。」


一瞬表情をくもらせると、

自身の手を強くにぎめる。


そのまま彼女は黙っていたが、

やがて何かを決心した表情で、

静かに語り出した。


○    ○    ○    ○    ○


・・あの日は、雨でした。


私はその日、

大切な人との約束があって、

あの交差点で待っていたんです。


向こうから相手が来て、

合流するために道を渡った時でした。


その人との距離きょりが近づいた瞬間


『危ない!!』


と、叫ぶ声が聞こえたんです。


私は咄嗟とっさにその人をかばったんですが、

けきれなくて。



2人とも、

信号無視をした車にねられてしまったんです。



遠くでさわぐ声が聞こえる中・・

目を開けた時に、

その人が倒れているのが見えました。



私は、

その人をどうしても助けたかった。



でも、

体が動かなくて・・。


私の目の前に走馬灯そうまとうめぐり出し、

子供の頃の事が見えたんです。


入院していた頃の風景が見えた時、

その時の気持ちを思い出して・・


私は、強く願ってしまったんです。


あの人を助けるため

『自分の命をあきらめない。』


これからも共にいるため

『生きるのに最善さいぜんの選択をしよう。』


と。



○    ○    ○    ○    ○



「鏡は、そんな私の声を聞いて・・

ここに、連れて来たんでしょうね。」


ゆっくりと深呼吸をすると、

マナミは明るい笑顔で言う。


「私がこの館に来た話は、

これでおしまいです。」


何故なぜ、今その話を?」


Sが不思議そうにたずねると、

彼女はあっけらかんと笑った。


「そろそろ、

みんなの所に戻ろうと思いまして。


だから先に、

色々と話しておこうと思ったんです。」


そこで彼女は柔らかく、

幸せそうに微笑ほほえむ。


「あの時私の体は、

かばために勝手に動いていました。


『あの人が命を落とせば、

私の大切な人達が悲しむ。』


自分の命に固執こしつしていた私が、

自分の命より大切な人達ができた事を・・


誰かに、

聞いてもらいたかったんです。」


おだやかで、

少しさびしそうな微笑ほほえみを浮かべながら・・

彼女は、深々と頭を下げた。


「本当に、

がと御座ございました。

貴方のおかげでやっと、両親の元へ帰れます。


・・きっと泣いているだろうから、

なぐさめてあげなくちゃいけませんけど。」


「そうですか。」


お元気で。


棒読ぼうよみに近いSの別れに、

彼女は楽しそうに笑う。


「お元気で。


報酬ほうしゅうは、

きちんとお支払いいたしますね。


私の本当の結末・・見届けて下さい。

それじゃ」


さようなら。


彼女が今までで1番優しい笑顔でげると、

その体は夜明けの光と同じ色に輝きだした。


全身をあたたかな金色に染め、

おだやかな表情で目を閉じた彼女の姿は・・

光に溶け込み、静かに消えていく。


そのまま力強い太陽が昇るのに合わせ・・

館も、陽炎かげろうようにゆらりとその存在を揺らした後、

薄いきりとなって霧散むさんした。



住人が消え去ったこの世界は


静かに静かに


夜明けの光と輝く雨に


全てえられていく・・。

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