怒りと無と鏡
悲しい。
マナミの心と頭の中には、
この3つの言葉が
あの、
異形の存在が
「悲しい」
彼らを
「
目の前の元凶に対して、文句の一つも言えず、
子供の
「
本当に心底「情けない」と、
自分自身に失望すら感じてしまう。
こんなにも怒っているのに!
こんなにも
激情に身を
昔から嫌いだった。
言いたい言葉は
自分が怒っている事さえ伝えられない事がもどかしく、
「また泣いてる」
と
時には
この、
悲劇の主人公を
許せないほど嫌いで、
その、
情けない心を、思い出してしまった。
(せめて、一言でもいいのにっ!
言い返してやりたいのに!)
そう願っても、
やはり声は
涙は止まらず
ただ、目に怒りを燃やし、
鏡を
鏡への怒りに燃え盛る彼女の前で、
体の力を抜きながら、Sは軽い溜息をつく。
「
こうも予想通りだと
「あれ?
そこのおねーさんみたいに怒らないの?」
彼の言葉に鏡は一瞬、
意表を突かれた顔をしたが、すぐに元通りの笑顔に戻った。
「
やっぱり、
普通のヒトとは違う反応してくれるなぁ。
・・ボク、
何だかおにーさんの事気に入ってきたよ!
このまま
どの
その時、マナミは確かに足元から、
何かが割れる
気が付くと、
目の前にいた
シャンデリアの
直後、再び辺りに
何が起こっているのか事態を
彼女は
階段の
・・そこには、
その中央に血を流した少年の体が、
「『白けた』って、言っただろ。」
何も無い声が、
静かに響く。
その、
何の感想も
彼女の背に悪寒とも寒気ともとれない強い震えが
あれだけ嫌っていた女王と話す時でさえ、
彼のその声と言葉には
〈
〈
この声には、
何も無い。
完全な、
〈無〉だった。
「ふ、いうち、なんて、初めてだよ。
・・いてて、
口の
鏡は苦笑しながらめり込んだ絵から抜け出すと、
服の
「ああ、でも。」
そう呟いた瞬間、
鏡の笑顔から無邪気さだけが、ごっそりと抜け落ちた。
変化はそれだけに
その身の
全身が黒い
ぎょろりとした目玉を
その姿を
赤い裂け目の
「すこぅし、痛かったかな。
ちょっと、玩具にしてはやり過ぎたね。
・・後で直してあげるから、ボクと遊ぼっか。」
少年、老人、青年、少女、女性。
全ての年代と性別が混ざった、
不協和音を
それは楽しそうにSに
「遊ぶつもりは無い。消えろ。」
投げつけられた〈無〉そのものの言葉に
「そう言わずに、遊ぼう?
・・ちゃんと
子供を思わせる、
無邪気な
笑顔のままで
その巨体から予想もできない素早さで
Sは無言で右腕で
その場から
が、
鏡は同じ動きで
そのまま
彼はそれらも
その
2人の距離が開く事は無く、
結果としてSは
無言で攻撃を
鏡は攻撃の手を休めずその顔に
「おにーさんの攻撃方法って、
足しか使ってない事知ってるんだよ。
こうやって
それに、
もし
ちゃぁんと知ってるんだ。
できないしね。」
鏡の
彼の
「このまま体力が無くなれば、
ボクの勝ちかな。」
鏡の笑みがゆったりと深まる。
そのままSに
それでも油断なく
彼女が彼の
表情に
どうにかしようと辺りを見回す。
その時、
だった。
何かが割れる
マナミはその視線を音の発生源・・鏡の方に向ける。
鏡自身も何が起こったのか理解していなかったが、
遅れてやってきた
自分の身に起こった事を
鏡の
そこを中心に大きく
細かな
「・・え。」
体が求めるままその場に
混乱しきった
そんな状況を
彼は表情を変えずに
「足しか使わない事で、
『それ以外に攻撃方法が無い』と
俺が
テメェらみたいなのを触りたくねぇからだ。」
それに。
と呟いて、
Sは右の
その
激突した
その
「俺が本当に得意なのは
ただ、
これを使うとやり過ぎちまう。
ついついぶちのめすのが楽しくなって
・・止まらなくなるんだよな。」
心から楽しそうに
しかし、
その激情を
それが彼の
理解できてしまう。
生き物としての生存に関わる全ての機能の警告に
鏡は
状況の
が、
それは
逃げた鏡の行く先には、
付き
ほぼ同時に移動したSが立ち
「見逃す気は無い。・・諦めろ。」
笑みを含んだ声と無情な拳が、
同時にその身へと降りかかる。
それは、
子供が大きなぬいぐるみで、
無邪気に遊んでいるようだった。
小さな子供が、
ぬいぐるみや人形で遊ぶ時に時折、
叩いたり、
振り回したりする、
そんな気楽さと純粋な楽しさが、
彼からは感じられる。
しかし、
実際の光景は、
それからはかけ離れた物で。
左右のボディブローは相手の内臓を破壊し、
正面から打たれた
館の
非情で。
その場で立ち
壊れ逝く
状況が
その
静かに涙が伝った。
そして、その口から
「もう、やめてください。」
と、
彼を止める言葉が自然に
その呟きは
Sにはちゃんと届いたらしい。
「
動きを止めた彼が、
振り返る事無くどこか不満げな声で問いかけてきた。
「その。
・・私をここに閉じ込めた、
理由を聞いていないからです。
それに、
私の記憶も早く、返してもらいたいので。」
そう。
それ以外に他意は無い。
あってはならない。
(そうでないと・・
消えていった
彼女はSにそう
「・・まぁ、いいでしょう。
俺の気も済んだので。
確かに、
聞くなら今のうちですね。
コレも、もう長くは無いでしょうし。」
溜息をついた彼が右足で軽く
ようやく
糸の切れた
所々から黒い
その目から
彼の言う通り、鏡の存在が静かに消え去ろうとしている事が
理解できた。
「・・どうして、
私をここに連れてきたの?」
やや緊張した
ゆったりとした反応が鏡から帰ってくる。
「
ただ壊して、遊ぶ事が。
・・だから、
お芝居でもしようと、思って。」
「お芝居?」
「そう、お芝居。
より、楽しくなるように。
ゲーム性が高くなるように、ね。」
鏡は小さく笑うと、
夢でも語る
「誰かの記憶に、
それを見ていて、思いついたんだ。
『『
『
面白くなるんじゃないか』と。
それから、
処分したモノは作り直して、
・・でも。」
そこで鏡の表情が
「話がどうしても、面白くならない。
ボクはもっと、
悲劇的で、
救いの無い話が、見たかった。
・・それには、
悲劇へと
相手の信頼と同情を
思ったんだ。
悲劇には、
純真で
倒れたままの
不意に彼女の姿を
「毒りんごばかりが増えて、
困ってた時だったよ。
おねーさんが此処に来たのは。
少し話して、ボクはこの人が、
探していた存在だと確信したのさ。
純粋で、思いやりがあって、
・・だから、記憶を消して、
迷い込んだ
その
再び
「記憶なら、
返してあげるよ。
その上で、思い出すといいさ。
・・ここから出れば、全てを失う、
って事を。」
「え?
それは、どういう」
「さあ?自分で確かめてみればいいよ。」
マナミの言葉を鏡が
その左胸の辺りから
静かに宙に浮いた。
静かに
「えっ、あ、・・・・!」
突然頭を
空っぽに近かった彼女の記憶の中に、
映画を
その、モノクロとカラーのフイルムの中に飲まれていく。
今、自分が
何をしているのかも理解できなくなりかけたが、
突然、エンディングロールも流れずに、
彼女の
「・・。」
マナミは頭を
黙ったままゆっくりと立ち上がる。
静かにSの方へと
その瞳はどこまでも穏やかだった。
「思い出されたようですね。」
彼の問いかけに、
彼女は少し困ったように
小さく
「はい。
・・一つ残らず、全て。」
その様子を見ていた鏡は、
一瞬顔を
直ぐに元の
「思い出しただろ。
ここを出たら、全部失くしてしまうって。
おねーさんの居場所は、ここだけ。
この館の中でだけ、
おねーさんは自分でいられるんだ。
だから、ここから別の所へなんて、行けっこない。
・・ボクと同じ、で。」
必死に言い聞かせるようにも聞こえるその言葉を、
彼女は静かに聞いていたが、
相手が話し終えるのを待って、
穏やかながらも決意の
強い声で語る。
「自分を失ってもいいの。
私はただ、
帰りたいだけ。
父や母、
私を待っていてくれる人達に、
また会いたい。
それが
失くす事は、怖い事じゃないわ。」
優しく微笑むマナミの言葉に、
鏡は
次の瞬間、
その目が殺意と
もうすでに消えゆくだけだったとは思えない
鏡は彼女を
「なんで、
何で、そんな事が言えるんだよ!
自分じゃないのは怖いだろ!
悲しいだろ!
その人にはわからないんだぞ!
ボクは、
それが怖くて
なんで!
ちくしょう!ちくしょう!」
怒りにかられたまま、
何とか鏡は体を動かそうと
マナミは
・・やがて何か思い立ったのか、
静かに相手に声をかける。
「
その問いかけに反応したのか、
ただ力を使い果たしたのかは
鏡の動きが止まった。
その体はもう、
細かな部分が静かに
どこか
「そうだよ。
・・ボクは、
母さんを待ってたんだ。
母さんが、『ここにいて。』って言ったから。
ずっと、ここで待ってたんだ。
ボクのままで、ずっと。」
体の
とうとう手足が
ついに顔だけになった鏡は、静かに呟いた。
「・・母さんと、
会えたらいいなぁ。
母さんはボクを捨てて、死なせたから、
きっと地獄にいるんだろうなぁ。
ボクも、ヒトをたくさん死なせたから、
絶対、地獄に落ちるよね。
・・それなら、地獄で合えるなぁ。
やっと・・会えるなぁ・・。」
小さく無邪気な笑い声を立てたのを最後に、
その顔も
その
後には何も残らなかった。
「・・。」
恐ろしいような。
そんな複雑な気持ちで、
マナミは鏡のいた場所を見つめていたが、
「会える訳
と言うSの言葉に驚いて、
同じように鏡のいた辺りを無表情で見つめながら、
はっきりと
「人殺しの願いが、
同じ、
人を殺した
お前は
母親に会う事は無い。
・・あの世ってのは、
この世ほど優しくはねぇんだよ。」
「子供でも、ですか?」
彼女が思わず口に出すと、
Sはそちらを向いて、
「人間だから、ですよ。
人を殺す
『子供だから許される』って変でしょう。
あっちの
年齢による例外は無いので。」
スーツの
彼は
その様子にマナミが不思議そうに首を
Sは棒読みで話し出す。
「おめでとうございます。
良かったですね。
と棒読みのまま
そこで彼女は、
やっとこの長い悪夢が終わりを
「ありがとう、ございます。」
喜びを
マナミは深く彼に向かって頭を下げる。
それにSは
「どうも。」
と小さく
後頭部を
「それじゃ、
「はい。ちゃんと、ここに。」
彼女は
ふと、何かを考えた後、
もう一度自分の元に引き戻す。
「どうしたんですか?」
マナミは苦笑しながら言った。
「・・ここには、
自分の意志で来たようなものですから。
だから、
穏やかな瞳と声で頼むと、
彼は扉の前から横に
彼女はそれに静かに礼を言うと、
持っていた
カチリ。
持っていた
「開いた・・。」
「
Sに冷静に返され、
彼女は苦笑しながらもドアノブを
力を込めて目の前の扉を押す。
扉は
やがて
完全に扉が開ききると、
外から明るい光が差し込み、優しい雨音が聞こえてくる。
館の薄暗さに
外の柔らかな光に痛みを
それでもマナミは、目を閉じる事をしたくは無かった。
「
外に出た方が早く
扉が開いた
少し先で振り返りながら、こちらに声を掛けてくる。
「はーい!」
それに楽しそうに返事を返した彼女は、
目を細めたまま自分の意志で、
明るい日差しの中に飛び出した。
「ごめんね。遅くなって。」
彼女の小さく
雨が嬉しそうに音を返す。
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