彼女と油断


隠し部屋は人形やぬいぐるみ、

ままごと用の作り物の果物や野菜など、

オモチャの転がる子供部屋になっていた。



しかし、

今までに見た部屋の中でも・・ここは、

一番異様で、おぞましい空気がただよっている。



床に散らばった人形の服は全て引き裂かれ、

中にはバラバラにされて転がっている物もあった。


机に置かれたオモチャの木のリンゴは、

丁寧ていねいに真っ白に塗られ、

いびつな紫色の唇が大きく描かれている。


それに、

シーツの引き裂かれたベッドには、

気味の悪い犬のぬいぐるみが転がっていた。


そのぬいぐるみには、

胸と背中に人形の腕が植えられ、

両足は猫の様な別のぬいぐるみの物に

取りえられていたのだ。


「な、んですか、ここ・・。」


壁一面に赤や紫が混じったペンキが

りたくられているのを見て、

震える声でマナミは言う。


しかし、

Sは全く動じる事無く、

全てを無視して下り階段へと向かった。


幼稚ようちで悪趣味な部屋ですね。


靴が汚れるんで、

早く下に降りましょうか。」


足元に転がる人形の残骸ざんがいを、

軽く足でどけながら彼はそううながす。


したがう方がいいと判断したマナミは

小走りでその背を追い、

共に階段を下りて行った。



○    ○    ○    ○    ○



上の階がああだっただけに、

緊張しながら降りてみれば・・

そこはただの通路で、彼女はホッとした。


しかし、

今度はSの様子が変わる。


表情がけわしくなり、

先程さきほどまで多少隠していた不機嫌さを、

はっきりと表に出していた。


それにあきらかにいら立っているため

いけないとは思いつつも彼女は少し離れ、

その後ろを歩いている。


(背中に隠れられる位置にって言われたけど、

あんなに苛々いらいらしてる人に近寄れないよ。


・・でも、

どうして殺気立ってるんだろう?)


これも、

見た事があるような?


と考えながら階段を下りていると、

足元の感触が木から石に変わった。


そこで彼女は地下に着いたのだと理解し、

思考を一旦中止する。


「あれ?」


そこで彼女は、

前を歩いていたSの姿が無い事に気が付いた。


あわてて今いる地下の小部屋を見回し、

正面に金属でできたドアを発見する。


(もう外に出ちゃったんだ!)


急いでドアから通路に出ると、

そこは薄暗く、地下独特どくとく湿気しっけふくんだ

空気がひやりと肌をでていく。


(ここにもいない!どうしよう!)


完全に彼を見失った事で、

彼女は軽いパニックにおちいり、

取り乱しながら辺りを見渡した。


すると、

右側の少し先にあるびた鉄のドアを開け、

中に入って行く彼の姿が目に入る。


(もうあんな所に!)


慌てて追いかけるようにドアに向かって走り、

何とか続いて中に入る事が出来た。


「は、はぁ、はぁ・・。」


息を切らしながら彼に近づき

その背に声を掛けようとした時、ふと、

左側にある机が目に入る。


その上には、

面に美しい金の林檎りんごと木々が装飾され、

ちり1つ無くみがかれた

綺麗きれいな白い小箱が置かれていた。


「あ、ありましたよ!オルゴール!」


少し先にあるそれを取ろうと、

彼女は嬉しそうに近づいて行く。


・・おそらく、

彼女は無事合流できた事で、

初めて油断してしまったのだろう。


彼の忠告を忘れ、

破ってしまった。



『離れない』


『何も触らない』



という事を。


何かに気付いたSがあわてて振り返り、

そこで今にもオルゴールに触れようとする

彼女の姿を目にした。


「触るな!離れろ!!」


突然飛んできた彼の怒声どせいに、

マナミの体はビクリと固まる。


何事か問いかけようと口を開きかけたが、

それは目の前が暗くかげった事で、

封じられた。


急な出来事に見開く両目に、

深い笑みをたたえる老人の顔が映る。


「あ・・。」


(女王、だ。)


思考がゆるりと動き出し、

目に映るの名を自分にげた。


それが何より危険な物だと判断が追いつく前に、

目の前の女王の笑みが深まる。


「嬉しいよぅ!

やっと姫と手がつなげるよぅ!」


無邪気に泣き笑う異形の手が、

不自然に停止していた

マナミの腕に向かって伸ばされた。


それが落ちていく林檎りんごのように、

ひどくゆっくりと映って・・


走馬灯そうまとう、みたいだ。)


と、思考が先に現実を拒否した。


ガラス細工に触れるような優しい手つきで、

彼女の腕に女王の手が重なる・・。



地の底のこの部屋に、

雨の音は届かない。

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