マナミとS2


「不思議な人、でしたね。」


少し暗い表情で、

歩きながらマナミは言う。


「人じゃないですよ。

人間の要素、ほとん

無かったじゃないですか。」


ちゃんと見てました?


と、毒を吐くSは

面倒めんどうくさそうな表情のままだった。


「姿じゃなくて!


その・・何だか、

ただの悪人じゃない気がして。」


「人を襲う善人なんていませんよ。

さぁ、ギャラリーへ行きましょう。」


バッサリと彼女の同情心を斬り捨て歩く彼は、

いっそ見事である。


すでに慣れてしまった溜息を吐き、

マナミは思考を切り替える事にした。


(あ、そういえば。)


ふと気になったことを思い出し、

彼女はSにいてみる事にする。


「さっきSさん、

口調が違いましたね。


戦っている時は、

あの口調になるんですか?」


「いえ。

あっちが普段の口調です。」


「え?」


迷う事無くはっきりと否定され、

マナミは不思議そうな顔をした。


そんな彼女を気にすることなく、

彼はそのまま続ける。


「いつもの口調で話していた時、

度喧嘩けんかになった事がありまして。

それ以来、依頼いらい者には敬語で

話す事にしたんです。


敬語で礼儀正しくしていれば、

喧嘩けんかになりませんからね。」


「礼儀正しく・・?」


思わず本音が出てしまい、


「何か言いたい事でも?」


と、彼ににらまれた。


あわてて頭を横に振ると、

Sはにらむのを止めて再び前を向く。


「まぁ、いいですけど。


次は、

ギャラリーから隠し部屋へ行った後、

そのまま地下へ降ります。」


「地下には、何があるんですか?」


「牢屋です。」


「牢屋っ?!」


驚いて思わず裏返った声で叫んでしまい、

マナミは急いで両手で口をおおった。


「驚き過ぎです。

こういう場所には、

見すぎてきるぐらいありますよ。

今回は、必要無いので入りませんが。


後は実験室と、

実験用の道具が置いてある

道具部屋、くらいですかね。」


「それじゃ、

調べるのは道具部屋と実験室、ですね。」


よし!


と彼女は気合を入れるが、


「いえ。実験室だけです。」


という彼の言葉に、

完全に肩透かたすかしを食らう。


「道具部屋には、

日記の最後のページとオルゴールがあります。

オルゴールが必要なんですが、

今はそこに無いんですよ。


・・実験室の方へ、

してしまったので。」


「移動?

オルゴールが、ですか?」


マナミは不思議そうに彼に問うが、

彼は黙ったまま歩き続けるだけで、

何も答えなかった。


それどころか、機嫌が悪そうに見える。


(さっきまで、普通だったのになぁ。

道具部屋に行けないから、機嫌悪くなったのかな?


・・道具といえば)


そこで彼女は、

もう一つの気になる事を思い出して

たずねてみる事にした。


「プラスドライバーって、

螺子ねじを回すためにあると思ってました。

まさか、戦うために必要だったなんて・・。」


ううん、とうなる彼女に向かって、彼は


「ああ。

あれは、間違った使用例です。」


と言ってのける。


「え?」


「本来は、

牢屋の壁の鉄板を外すために使用します。


ですが、

こういう所では道具も、

柔軟な発想で使わないといけません。


普通の場所では決して、

良い子も悪い子も、

人間ならマネしないで下さいね。」


Sお兄さんとの約束です。


とやる気のない態度と声で言われ、

一応礼儀として


「はあ。」


とマナミも気の抜けた返事を返しておいた。


「『牢屋は行く必要がないから、らなかった。』

というのが本音ですが。


さぁ、先を急ぎましょうか。」


そう会話を打ち切ると、

2人はギャラリーへと足を速める。


○    ○    ○    ○    ○


ギャラリーのドアを開け中に入ると、

そこは博物館のようだった。


ほこりかぶってはいるが、

立派な棚や絵画がずらりと並び、

どれもがアンティーク独特どくとく優雅ゆうが華々はなばなしい美しさに、

胸を張って自己主張しているように見える。


「すごい!


・・掃除そうじしてみがいたら、

すごく綺麗きれいなんでしょうね。」


思わず感嘆かんたんの溜息をつくマナミに、

彼は軽く眉をすがめながら言う。


「そうですか?

どんなに見た目が良くても、異形の集めた物ですよ?


絶対、

何か付きだと思いますけど。」


その言葉にほほを引きらせながら、

彼女は美術品から距離を取る。


すると、


「ねェ。」


と幼い子供の声が聞こえてきた。


「ひっ!」


びくりと体を震わせ、

マナミは咄嗟とっさにSの後ろに隠れる。


「い、一体何が・・。」


「あれですよ。」


そう言って彼が、

部屋の奥の壁を指で示した。


顔を出してのぞき見ると、

奥に一番立派な台が置いてあり、

その上には汚れたウサギのぬいぐるみが

かざられている。


2人が注視ちゅうしする中、

それは両手をこちらに向かって伸ばし、

赤い涙を流しながら、幼い子供の声で話し出した。


「悲しいヨ。寂しいヨ。

ワタシの友達がいないノ。


2人で秘密の部屋で遊ぼうって約束したラ、

あの子だけ連れていかれてしまったノ。


ネェ、あの子を探しテ。

お願イ。」


そううったえるぬいぐるみをあわれに思い、

何かを言おうとして・・彼女は、

ふと思い出す。


(あれ?


こんなり取りを、

何処どこかでしたような・・。)


どこだっけ?


とマナミが頭をひねろうとした時に、

それは起こった。


側のSが動いた気がした次の瞬間、

岩がぶつかった様なごう音と共に、

ぬいぐるみの顔面に分厚い本が直撃する。


グェッとうめき声を上げて、

頭が壁と一体化したぬいぐるみは

静かに痙攣けいれんしていたが、

やがてだらりと力を抜いた後、

その動きを止めた。


「よかったですね。

お友達と同じ所にけて。


いい事をすると、

気分がいいです。」


さわやかな笑顔で言い切る彼を見て、

ようやく彼女は


(あ、物置だ。)


と、事件現場を思い出す。


マナミが一人納得なっとくしていると、

ぬいぐるみの側の壁が重い音を立てて開いた。


「このそろえると、

開くようになっているんですよ。

普通の人ならば、

あんな不吉な物をさわる奴はいないですから。


・・そう考えれば、

かぎには丁度ちょうどいいですね。」


行きましょう。


そう言って歩き出すSの後を追いながら、


(これ、そろえた事になるの?)


と大きな疑問符を浮かべていた

マナミだったが、


(開いたんだから、いいか。)


と前向きに考える事にした。


(こんな異様な場所なんだから、

普通と違う解決方法でもいいよね。)


そう思って完結した彼女は、

確実にたくましくなっている。


隠し部屋の中に入って行く2人の背に、

外から聞こえる雨音が続いた。



それは、

楽し気に、苦笑しているように、響く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る