姫と狩人
客を持て成す
室内は豪華な
美しい絵画などで
しかし、
それらも他の部屋
くすんでいる。
しかし。
「どうして、あれだけ・・。」
窓の近くに置かれている、
一台の大きな白いグランドピアノ。
金の美しい細工で
真新しく、美しいままだった。
異様な
Sは気に
彼が、
そのまま
不思議そうな表情をした。
「そんな所で突っ立ってないで、
早くこっちに来て下さい。
今からこの後の説明をしますから。」
「え?
でも、その・・。」
「何か?」
「そのピアノって、
変じゃないですか?」
何とか思った事を伝えてみる。
が、
それは彼の軽い溜息を呼んだだけだった。
「
こんな場所にマトモな物が、
存在する
早くして下さい。
と
そろそろと警戒しながら近づいていく。
側まで
突然彼から
そのままピアノの前に置いてある
演奏用の
一瞬
気が付いたマナミは
「ええっ!」
と声を上げて彼を見上げる。
「わ、私、
演奏なんてした事無いですよ!」
それを彼に強い力で
「ですから!」
と、抗議するために見た彼の表情は真剣で、
その迫力に押され、言葉をそのまま飲み込んでしまう。
彼女の目をしっかりと見つめながら、
Sは言い聞かせるように話し始めた。
「今から俺は、
部屋の中央に行きます。
その後、
この
そうすれば、
ピアノが勝手に演奏しますから。」
ここから、
よく聞いて下さい。
彼は彼女の肩に置いた手に力を込め、
「演奏が始まったら、
俺が「いい」と言うまで、
この
・・何があっても、
決して動かないで下さい。」
いいですね?
と念押しされ、
マナミは震える手で
強い眼差しで
「それでは、始めましょう。」
肩から手を放したSは、
そう言うと部屋の中央に向かって歩き始める。
(あんなに強く言うって事は、
今から危険な事が起きるんだ。
・・多分、
命に関わるぐらいの、事が。)
少し落ち着く
目を閉じて深呼吸しながら、
彼女はしっかりと自分に言い聞かせるように
呟いた。
「大丈夫、1人じゃない。
絶対に帰って、父さんと母さんに会うんだから。
・・会って2人に、
「ありがとう」って、伝えるんだ。」
絶対に。
しっかりとした口調でそう締め
目を開けると、部屋の中央に立っていた
彼と視線が合う。
部屋の中央で彼が、
小さく
それにしっかりと
彼女はピアノに向き直り、
美しい細工の
すると、
小さくカタンと音がして、
彼の言った通り
このピアノ、
「何、この音・・。
ピアノは一台しかないのに、
複数の音が重なって聞こえる・・!」
不思議な事に、
このピアノは二重奏を一台で奏でていた。
まるで、もう1人の見えない
ナニかが
流れてくる音は
その曲はどことなく不気味で、
亡霊が演奏していると言われても
「なん、ですか?この曲・・。」
震える声でSに
彼女が振り返ろうとした時
「美しい曲だと、思いませんか?」
と、知性に満ちた静かな声が
部屋に響く。
「え・・」
振り返ったマナミの瞳に、
Sの体がキャビネットに向かって飛んでいくのが
スローモーションのように映った。
頭の中が映像処理を終える前に、
大量の
ピアノの曲と小さく
そしてあの、
知性的な声が届いた。
「気に入って
この曲は私が一番気に入っている物で、
・・そうだ!」
声音が少し明るくなると、
部屋の中央辺りにぼんやりと
少しづつ大きくなってくる。
ずる、
ずる、
という何か大きな物を引きずる音から、
その影が近づいて来ている事が分かった。
未だ
視線をその影に合わせた彼女の目が、
静かに大きく見開かれていく。
Sが吹き飛ばされた事実の処理を終えた脳が、
近づく存在に対して警告音を鳴らすが、
それはすでに遅かった。
ただ涙を流しながら、
哀れなほど震え恐怖一色に染まる彼女に・・
その影は、暖か味さえ感じる穏やかな声で
語りかける。
「よろしければ、
一曲踊って
男性の手はどす黒く、胸の中心から
「さあ、姫。お手をどうぞ。」
赤黒いボロボロのドレスに
両腕の無い女性の体は
「姫、白雪姫。
静かに歩み
猫に似た獣の足
「私は、月に
・・さぁ、
嬉しそうに言葉を発するのは、
狼に似た獣の頭で・・その表情は牙を
怒りを素直に浮かべていた。
「何処に
私は必ずお
・・私の
柔らかい静かな口調に合わせるように、
その瞳は
ぎらり、
と激情に輝き、
・・愛しい姫を見つけた狩人は、
ただただ
やがて共に
「さあ、お手を。」
毒を
マナミに向かってするりと伸ばされた。
「・・。」
その声が耳に入った
彼女の思考は白く
体が揺れる。
そのまま狩人の方へと手を伸ばしながら、
立ち上がるために体を浮かせ掛けー、
(動かないで下さい。)
とSの声が頭の中に響いた瞬間、
正気を取り戻し、
(いけない!
絶対に
マナミは強く唇を
座面の
両足もしっかり
震える体を
心の中で必死に
(動くな!立つな!
私は、絶対に帰るんだ!
それに、
彼はこんな事で死んだりしない!)
涙目のまま狩人を
相手は
「おや?」
と表情を
「どうかなさいましたか?姫。
・・ああ、
そんな事をなさってはいけません!
そんなに強く
果実の
それに、そのような目付きをなさっては、
黒真珠の瞳が
そんな事になれば私は」
「面白い事になってますよ、顔。」
狩人の
今だけはとても嬉しく、
瞳を輝かせて
無傷のSが姿を見せる。
「Sさん!」
「どうも。」
と手を上げて
「いやあ、
まさかあんな手があるとは。
吹っ飛ぶのも、意外に面白いですね。
服が
最高だったんですが。」
白スーツになる所でした。
と、落ち着いて
心底心配していた彼女が
声を上げようとする。
が、
「死の
と、Sから言葉が返ってきたことで、
「え?」
と間の抜けた声が出てしまった。
「
曲の題名。
『死の
サン=サーンスという作曲家が、
アンリ・カザリスという詩人の詩に
インスピレーションを
午前0時の時計の音と共に
夜明けとともに墓場に帰る、という内容ですよ。
・・まあ、
先に進む気配が無いようですが。」
良い趣味をお持ちで。
と狩人に向かって鼻で
それを聞いた狩人は牙を
柔らかな声で言った。
「お
この曲をご存知という事は、
貴方は音楽の知識に
私達はおそらく、
良き友人になれると思うのですが。
・・
心から嬉しそうな、穏やかな甘い声音で
彼に対して言葉を
Sはただ黙って
それを聞いているだけだった。
が、
「フッ。」
小さく息を吐くように笑い声を零すと、
口の端に皮肉気な笑みを浮かべ、
勝気な光で瞳をギラつかせながら話し出す。
「獣の頭じゃ、
皮肉も
・・俺は
薄汚れた化け物犬は、お断りだ。」
「え・・?」
今までとは打って変わった口調に
マナミが
「
・・テメェが先にくたばっても、
文句は言うなよ?」
そう不敵に笑いかけられ、
狩人は
「そうですか・・。」
と変わらぬ表情で落ち込んだ声を出す。
が、次の瞬間空気が流れるような音と、
何かが激しく衝突した音がする。
気が付くと、
お互いに攻撃を
狩人の背から生える、
肌は真っ赤で爪は全て黒という、
異様な色の巨大な女性の腕の一撃を、
彼は片足で受け止めたまま、
余裕の表情で
「同じ手は食わねぇよ。
・・まさか、
背中から腕が生えてるなんてな。
中々、
センスのいい化け物だ。」
静かな声で心から残念そうに言う。
「友人になれなくて残念です。
ですが、この曲が終わるまで
共に
・・私は、
あの
とても美しいと思いますから。」
「犬はボールで遊んでろ!」
Sと狩人が離れて距離を取った。
すぐさま
Sは
攻撃を
「
ダンスの筋も
共に
ここまで軽い身のこなしをされた
お客様はいません。
私は、
・・この館で、
私の友として暮らしませんか?」
男性型の腕で突きを
直後に女性型の腕で上から
狩人はリードをするような優しい声で
押しつぶそうと
その腕に右足を
皮肉な態度で答える。
「こんな
イカレた奴しか住まねぇよ。
・・どうしてもって言うんなら、
『取って来い』してみな。
出来たら、
散歩位は連れてってやるよ。」
それだけ言うと素早くソファーの後ろに移動し、
「そーら・・取って来い!」
と掛け声と共に、
狩人に向かって
狩人は女性型の腕で振り払うように
「くっ!な、
ソファーの
横から激しい
その体は盛大に吹き飛び壁に
「グウッ!」
激痛に息を
よろめきながら両足で立つ狩人に、
Sは意地の悪い笑顔で
「取って来いもできねぇのか?
折角付き合ってやったのに、
時間の無駄だったな。
・・
そろそろ仕事に戻るとするか。」
狩人はよろめきながらも
冷静な声で話し出した。
「私はまだ、
貴方との
それに・・姫を、連れては行かせない。
彼女は、私の存在意義であり、全てだ。
夜空に
愛する人なのだから。」
そう断言すると、
彼女に顔を向けるが、
「唯一無二、ねぇ?」
と
再び彼の方を見る。
「何か異論でも?」
牙を
不思議そうに
Sは両腕を組みながら鼻で
はっきりとした口調で言った。
「その姫は、
そのお嬢さんで合ってるのか?
別の女と間違えてるんじゃねぇの?」
「なっ!
・・言い掛かりをつけるのは止めて下さい。
私が、愛しい姫を間違える訳が」
「本当か?」
狩人の言葉を
「なら、彼女と出会ったのはいつだ?
誕生日は?歳は?趣味は?
それに、
唯一無二の存在なら・・顔を覚えてる
そうだろ?
そう問いかけられた狩人は、
男性型の手で顔を
「顔、は、拝見した事が無かった。
彼女は、いつも女王の隣にいたから。
・・いや、毒りんごと毎日歌って、いて。
・・違う。
私とピアノの演奏を聴きながら、ダンス、を。
ち、がう。
この姫、は別の・・。」
「別の、何だ?
姫は今までどれだけいた?
どうして誰一人いない?」
靴音を響かせながらSは狩人に近づいていくが、
混乱しはじめた目には見えていないらしく、
「ち、がう。
この、姫ではない。
あの姫でも、ない。
あ、ア、ア・・私の、姫。
ひめ、は、ヒメハ・・!」
全身を震わせ混乱しきった狩人に向かって、
Sは素早く何かを投げつけた。
それに気付いた狩人は
女性型の手で受け止める体制をとる。
だが、
その選択は間違いだった
「グガああアアッ!!」
Sの投げつけたプラスドライバーは、
その
女性型の腕を背後の壁に
痛みに絶叫を上げる狩人は、
自分の顔に影がかかったのを感じて、
反射的に前を見る。
しかし、
そこにはすでに間を
すでに
驚きで目を見開く狩人の
重い音と共に
「グ、ガ・・!」
その衝撃によって後ろの壁に
ドライバーが抜けて自由になった体は
前のめりに倒れかけるが、
だが、
次の攻撃の
「
・・テメェに目覚めは来ない。」
重力と体重を乗せた重い
狩人の
ごぎり
と、鈍い音が響いた。
足を離したSが飛び
狩人の体は崩れ落ち・・
倒れた狩人は時折
弱い呼吸を短く
「わ、たしの、ひめ。
ひ、ひめ・・。
・・!
あ、あ。
そう、だった・・!」
男性型の腕が弱々しく動き、
背中の女性型の腕に優しく触れる。
「こ、こに、いてくれたん・・だね。
わ、たしの、姫・・。
私の・・----・・。」
聞き取れない程の
女性型の腕も弱々しく動き、
触れているその掌を
ふ、と小さく息を吐くと、
狩人の全身から完全に力が抜ける。
微笑むように見えたその表情は、
直後にざらりと黒い砂となって
ただの砂山となり果てた。
「・・。」
今までとは違った
明るい曲調が入ってくる。
「こ、れは・・。」
「夜明けを告げる
呟きに返事が返ってきた事に驚き、
そこにはいつもの調子に戻ったSが立っていた。
「Sさん・・。」
「もう立ち上がってもいいですよ。
こちらも、
夜明けを見に行きましょうか。」
そう、ドアに向かって歩き出す彼に続いて、
彼女も
「・・。」
しかし、その途中で突然立ち止まり、
マナミは後ろに向き直った。
・・そして、
黒砂の山に向かい深々とお辞儀をする。
「何してるんですか?行きますよ。」
先にドアの側に着いたSが呼ぶと、
「待って下さい!」
と元気よく返事をして、
彼女はそちらへと向かった。
2人が部屋の外に出てドアを閉めた瞬間、
夜明けを告げる純白の
演奏を終える。
部屋の中に、
無数の光の粒を振り
急速に
静かな部屋の中、
雨音だけが
悲しむ様に。
雨音は、古いピアノに降り続けた。
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