マナミと探索2


「・・こうして戻ってくると、

1階より空気がおかしい気がします。」


自分が一度通った廊下を歩きながら、

おびえた表情で彼女は言った。


「そうですか?


俺にはあまり、

変わりないように見えますが。」


やっといつもの面倒めんどうくさそうな表情に戻ったSが、

辺りをながめつつそう感想をべる。


その言葉に、

ここで女王と出会いそうになった恐怖を思いだし、

その暢気のんきさにマナミは少しムッとした顔で反論する。


「それは、

明かりが点いてるからです!

私、真っ暗な中1人で歩いてたんですよ!


・・もう二度と同じ事、したくないです。」


と疲れ切った声で深い溜息を吐く

彼女に向かい、


「ご無事で何よりです。


では、一番奥の夫人の部屋、

つまり、スタート地点に行きましょうか。」


と、彼は歩きながら

全くいたわる気の無い宣告せんこくをした。


「え?

一番近いのは主人の部屋ですけど。」


近づく部屋の表札を見ながら彼女は言うが、

Sの視線は廊下の先を見つめたまま、

そちらへ意識が向けられる様子はない。


「図書室から調べると、

探索を終えた時点で俺達は左の廊下の一番奥にいます。

反対方向の応接おうせつ室などを調べに行くのに、

一々いちいち戻らないといけません。


ですから、

先に奥の夫人の部屋から調べるんです。」


「そうすれば、

図書室を調べ終わった時点で、

反対側の応接おうせつ室の方へ行きやすくなる、


って事なんですね。」


そう同意しながら、マナミは少しでも


(あの本を調べるのを後回しにしたい)


と思ったことを反省はんせいした。


(そうだよね。


あの本、結構重要そうな物だったし、

ちゃんと調べないと。


・・此処ここから出るためには、

嫌とか言ってられない!)


うん。


と頷いて彼女は決意を新たにする。


だが、次に続けられたSの


「時間の節約になりますから。

それに、何も無い廊下を歩くという作業が、

俺は嫌いなんですよ。」


という言葉で、それは見事にくだけ散った。


「嫌い、ですか?」


決意を台無しにされた怒りか、

あきれからかはわからないが、

ほほを引きらせてたずねる彼女に、

彼は少し面倒めんどうそうな様子で答える。


「嫌いです。

一番気になる所で無駄むだに時間を取られるって、

腹が立つじゃないですか。


本を読んでいる最中にかかってくる

長いセールスの電話とか、

クイズ番組の答えの前に入る

変な間のCMとか。


RPGの一番気になってる時に

入らされる妙に長いダンジョンは、

プレイ中に一回キレてしまって。


コントローラーをその場で画面にブン投げて、

テレビ諸共もろとも壊しました。」


すごく苛々いらいらするんですよね。


と、妙に力のこもった台詞せりふは、

無視させてもらう事にする。


これ以上、

決意と時間を無駄むだにするのをけるため、

マナミは全てを溜息だけでとどめておく事にした。


・・薄々うすうすわかってはいたのだが、

このフラグ折り屋の青年は死亡フラグだけでなく、

大事な緊張感も折ってしまうらしい。


悪い意味で肩の力の抜けた彼女は、

そのままの状態で『夫人の部屋』に

向かう事になった。


しかし、そのおかげで部屋に辿たどり着いた時も、

再び本を目にした時も余り怯えずに済んだ事は、

彼に感謝すべきなのだろう。


非常に複雑で、不本意だが。


結局、夫人の部屋へはあの本を

確認しに来ただけだったらしい。


かなり大事な物に見えた本は、

読み終えた後にSがゴミ箱へ入れた上に、

物置で何時いつの間にか手に入れていたマッチで

燃やしてしまった。


あわてる彼女をよそに彼は、


「こんな悪趣味な本、

必要ないです。


赤字で人の名前を書くなんて、

完全に馬鹿にしてますよ。


持ち主には、

焼却処分しょうきゃくしょぶんした事を感謝してもらわないと。」


と鼻で笑って終わらせてしまう。


何となく本を作った存在に罪悪感をいだきながら、

マナミは夫人の部屋から短時間で

退室する事となった。



○    ○    ○    ○    ○



そのままの足で向かった隣の図書室では、

ドアを開けた瞬間に英語で表題が書かれた

分厚い本が飛んできて、彼女は悲鳴を上げそうになる。


だが、

横にいた彼は難なくそれを受け止め、

涼しい顔でドアを閉めてしまった。


黙ったままでとなりを歩きながら、

存分に抗議を含めた視線を彼女は送り続けるが


「これは、必要な物なんですよ。」


個人的に。


と犯人は悪びれもせずに言ってのけるだけで。


(個人的にって。)


色々な感情を言葉にせず、

溜息だけで済ませておく事にマナミがれてきた頃、

主人の部屋へと2人は戻ってきた。


「右側の廊下で調べるのは、

この主人の部屋で最後です。


奴らが謎を仕掛けているようなので、

一応離れないで下さいね。」


Sはそう言うと、躊躇ためらいなく

ドアを開けて中にみ込む。


彼女もその背になかば隠れながら部屋に入ると、

辺りを見回してみた。


やはり、

主人の部屋というだけあって、

置かれている家具は全て豪華な物だが、

そのデザインのせいか何処どこ無骨ぶこつで固い印象を与えている。


背後で物珍ものめずらしそうに辺りを見るマナミに、

彼が溜息交じりで言った。


「好奇心を持つのは結構ですが、

こういう所では自重じちょうした方がいいですよ。」


「何も触ってませんよ?」


「触っていなくても、

見るだけで罠になる物もあるんです。


・・ああいうのとか。」


と、右側を指で差されて、

彼女の視線はそちらに釣られる。


「ひっ!!」


その先を目にした途端とたん

マナミは小さく悲鳴を上げ、

彼の腕を咄嗟とっさつかんでしまった。


「な、何ですか、あれ・・?」


震える声でたずねるが、

怖いながらも目は離せない。



・・視線の先の恐怖の正体は、

赤黒い液体のぶちまけられたベッドだった。



丁寧ていねいにシーツと、

天蓋てんがいから下がっているカーテン全てが

ズタズタに切り裂かれているという、

オプション付きの。


「こういう場所に、

ありがちな演出の一つです。


普通の人なら貴女あなたように、おびえてしまって

正常な判断ができなくなる事もありますから。


見ないか、

気にしないかの二択にたくをおすすめします。」


「なら見せないで下さい!」


腹を立てて抗議する彼女に向かって、

彼は平然と言ってのけた。


「好奇心が強そうなので、

先に警告してあげたんですよ。


痛い目を見る前でよかったじゃないですか。」


「もう見た後です・・。」


「さあ、本命はあっちなんで。」


行きますよ。


と、ぐったりしたマナミをフォローする事無く、

Sは再び歩き出す。



無駄に思えるほど広い部屋を歩き、

足を止めたのは壁の前だった。


「ここが本命ですか?」


精神的ダメージからやや復活した彼女がたずねると、

彼は小さくうなづいて指で示す。


「そうです。


ここに、

4枚の絵が飾られていますよね。」


今度は多少警戒しながら前を見ると、

確かに壁には四つ、美しい細工のほどこされた額縁がくぶちがあり、

その中には風景画と思わしき絵がかざられている。


「はい。」


「これを決められた順番通りに並べると、

謎が解けるようになっています。


答えはわかりますか?」


「えっと・・。」


まず、

すぐ下にある作品のタイトルを見てみる。


そこには左から


『はじまり』『にばんめ』『さんばんめ』『さいご』


と書かれていた。


次に、中の絵を確認する。


全て背景は雪景色で統一されて同じだが、

地面の雪のもり具合と、

描かれている木や物が少しづつ違っている。


はしの絵には

『少しれた木と女の子の後ろ姿』が、


左から2番目の絵には、

『葉の無い木と金髪の女性の後ろ姿』が

描かれていた。


(こっちは・・。)


左から3番目の絵には、

『満開の桜の木と側に1つの墓』が。


はしの絵には、

『緑の葉のしげる木と、黒髪の女性の後ろ姿』

が描かれている。


雪のもり具合は、


『葉の無い木と金髪の女性』が一番多く、

『枯れた木と女の子』が二番目に、

『桜の木と墓』が三番目に、

『葉桜と黒髪の女性』が一番少なく、

地面が見えていた。


(これって、

全部桜の木なのかな?


でも、

桜が咲いてるのに雪が降ってるなんて、

変な絵だなあ。)


「わかりましたか?」


そう問われてあわてて思考を元に戻し、

もう一度絵を見つめる。


(あ、もしかして!)


パッと顔を輝かせ、

マナミは彼を見ながら告げた。


「『葉桜と黒髪の女性』

『桜の木と墓』

れた木と女の子』

『葉の無い木と金髪の女性』の順です。」


「理由は?」


「雪のもり具合ですよ。


雪が降り始めているのが葉桜の絵なので、

もっている量が多くなる順にしたんです。」


違いますか?


と少々自信有り気に彼女は言う。


が、Sは首を横に振った。


「ハズレです。」


「えっ?それじゃあ、花の咲いてる順?」


「それも、ハズレです。」


「なら、枯れた順も違うだろうし、

人物の年齢順・・にしては、

女の人がどっちも同じ年に見えるし・・。


・・うーん。」


うなりながら悩む彼女をよそに、

彼はスッと右手を前にかざしー


パチン!


と、指を鳴らす。


突然、意志を持ったように

がくが素早くひとりでに移動し、


左から


『葉の無い木と金髪の女性』

『葉桜と黒髪の女性』

『枯れ木と女の子』

『桜と墓』


の順に並んだ。


すると、

机の方からカタンと音がし、

開いた引き出しの中から数枚の紙が飛び出して、

彼の手の中へとおさまる。


手にした紙ー・・楽譜がくふを見せながら、

Sは少し得意そうに言った。


「正解は、この順です。


この絵のヒントは、雪。


そして、

誰にてた謎かという事です。」


「誰にてた謎?」


「はい。

この館の謎は全て、閉じ込められている者。


つまり、

貴女あなたに対して作ってあるんです。


ですから、奴らの思考を考えれば、

この順になるんですよ。」


「どうしてですか?」


マナミが不思議そうにたずねると、

彼は手にした楽譜がくふを読みながら説明を続ける。


「ヒントは、

雪と言いましたよね?


それに、奴らの思考を当てはめれば、

『白雪姫』と答えが出てきます。


つまり、

この絵を御伽話の順に並べるといいんですよ。


『はじまり』は、

身籠みごもった王妃が雪を見ながら

裁縫さいほうをしている所から始まります。


『にばんめ』の登場人物は女王で、

『さんばんめ』で姫本人が登場します。


『さいご』は本来なら王子と姫なんでしょうが、

墓で終わらせているのが嫌味ですよね。


を選んでいる所も、

かなりタチの悪い冗談ですし。」


全く笑えません。


嘲笑ちょうしょうと共に吐き捨てると、

彼はきびすを返しドアへと向かった。


「さあ、

ここから出て応接室に行きましょう。


この楽譜がくふの曲を、

ピアノでかなければならないので。」


「ピアノ、けるんですか?」


後に続いて歩きながら彼女がくが、

彼は同じ速度で歩いたまま


「いいえ。」


と答える。


「多少音楽の知識があるだけで、

けません。

どちらかというと、

体を動かす方が好きなので。


この仕事をしていると、

結構音楽の知識が必要な事が多いんです。」


「そうなんですか。」


「はい。


なので、

この手の謎を解く事にはれてます。


・・まあ、

単純に謎解きが好きというのもありますが。」


そのまま部屋を後にした2人は、

ホールを横切って応接おうせつ室へと向かった。


その際に彼が再びシャンデリアを見ていたが、

今度は足を止めず、少し視線を向けただけで終わる。


(何か、

あのシャンデリアを気にしてるみたいだけど。)


釣られて彼女も視線を向けるが、


(彼が何も言わないのなら、

大丈夫なんだろう。)


と頭を切りかえて、

黙って後を追う事にした。



○    ○    ○    ○    ○



ホールを横切れば応接おうせつ室はすぐだが、

入口がやけに遠く感じる。


いい加減、

廊下の移動に疲れてきたマナミは、

移動の長さにいらつき始めている彼に向かって、

疲労ひろう感に満ちた声で感想をこぼした。


「それにしても、

この廊下って長いですね。


見取みとり図で言えばとなりの部屋なのに、

入口に行くまで結構時間かかりますし。」


疲れちゃいます。


と溜息を吐く彼女に、Sは


「そうですね。」


と同意する。


「この移動も、

時間を取られて苛々いらいらしますし。


・・実は以前、

時間短縮たんしゅくため

自動で動く廊下にした事があるんですが・・。」


「え?!


それ、

すごく便利でいいじゃないですか!

此処ここもそうしましょうよ!」


この、長い廊下から解放されると思って、

瞳を輝かせながらマナミは言った。


が、彼の返事は


駄目だめです。」


と即答の拒否である。


「え~・・。」


納得いかない表情でふくれっつらをする彼女を


「面白い事になってますよ。」


と切り捨てた後、

Sは複雑な表情で言った。


「廊下を自動にすると、

乗っている俺と依頼いらい者だけでなく、

敵も動くんですよ。


以前、

ためしにやってみた所というのが、

廊下にも敵が徘徊はいかいしている場所でしてね。


・・移動は確かに楽になったんですが、

部屋の探索を終えて出たら、

物凄ものすごい数の敵に出待ちされていたんです。


まあ、

全部文字通り蹴散けちらしましたけどね。」


面倒めんどうなので、おすすめしません。


げる彼の言葉に、

マナミはほほを引きらせながら考える。



もし、

狩人と女王に一度に

鉢合はちあわせてしまったら・・。



「それでもよければ、しましょうか?

自動廊下。」


答えが出る前に彼にそう問われたが、

体は勝手に激しく左右に首を振り、

「NO」を示していた。


「ま、散歩だと思って気楽にいきましょう。


気を抜けば即死のほこりだらけの廊下を歩く事は、

滅多めったに無いんで。」


楽しんで下さい。


との嫌ななぐさめに、

彼女はとうとう項垂うなだれる。


若干じゃっかんとぼとぼとした足取りで歩き続け、

やっと応接おうせつ室のドアの前に辿たどり着いた時も、

マナミのテンションは低いままだった。


「あれ?」


何となく見たドアに違和感を感じて、

彼女は首をかしげる。


「このドア、随分ずいぶんと分厚くて頑丈がんじょうそうですね。

どうしてでしょうか?」


そう呟くマナミに、彼は


「この部屋にはピアノがありますから、

防音のために壁やドアが丈夫に造られているんです。」


と、説明しながらドアを開けた。


「今から、

注意事項を伝えます。


・・早く中へ。」


「あ、はい。」


うながされるまま小走りで、

彼女は応接おうせつ室の中へと入って行く。


背後で重い音を立ててドアが閉じていく際に、

その音を聞いた彼女は、


ひつぎが閉じていくみたい。)


と、ぼんやりと感じたのだった。

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