彼と女王


「ああ!嬉しいよぅ!

姫に会えたよぅ!」


感涙かんるいなのか女王は大声を上げ、

黒い涙をとめどなく流す。


しかし、

目の前の相手が話すたび

彼の不機嫌さは増しているようだった。


「ああ!

やっと会えた!


ごめんよぅ、姫。


もっと早く、

側にいればよかったねぇ。」


ごめんよう。


と言いながら、

鼻を鳴らして泣きべそをき始めたが、

その表情はやはり笑顔である。


そのちぐはぐさがあまりに不気味で、

彼女は無言をつらぬいていた。


Sとマナミが沈黙する中、

女王一人が澄んだ幼い少女の声で話し続ける。


さびしかったよねぇ。


ごめんよぅ、姫。

ミンナで探したけど、

上手く見つけられなかったんだよぅ。


・・ああ、でも、

そこのお友達が連れてきてくれたんだねぇ。

嬉しいなぁ。」


嬉しいな、嬉しいな。

と、繰り返しながら、

女王が一歩をみ出した。


右手につかんでいる、

あの不気味な物体も


ずる、


と音を立てて引きずられる。


「友達が減って、

さびしかったんだあ。


君も、

一緒に行こうよぅ。

ミンナ、友達になってくれるから、

さびしくなんてないよぉ。


好きなオモチャも、

お菓子も、

いっぱいプレゼントするねぇ。


だから、手を、テを。」


涙を流し続けたまま、今度は「手」と繰り返し、

こちらに向かってにごった灰色の肌の

左手を差し伸べてきた。



・・その手は、

女性のようなほっそりとした右手とは違い、

色は悪いがふっくらとした子供の手をしている。



「-っ!」


余りの異様さにマナミは悲鳴を上げかけたが、

唇をんでそれを無理矢理止めた。


彼女は震えながらもつかんだ服を離さず、

本能的な嫌悪と恐怖から逃げだしそうになる足で必死にり、

何とかその場にとどまろうとしている。


すがる手にもさらに力が込められたが、

もう服の事を気にしている余裕よゆうは、

欠片かけらも無かった。


ずる、ずる、と音を立てながら、

女王は確実にその距離をめてくる。


黒い涙を流す目が2人を見て、

薄暗く優し気に光った。



その瞬間。



うるさいです。」


静かな、

それでいて最高に不機嫌な声が、

その場の空気を打った。


途端とたん

彼女の震えも女王の歩みも、

ピタリと止まる。


Sは冷えた視線で女王をにらみ、

不機嫌な声で話し始めた。


しゃべらないで下さい。

その、不自然な甲高かんだかい声が気持ち悪いんで。


それに、泣き顔が不愉快ふゆかいです。」


気分悪くなったんで、

責任取って下さい。


言い切った内容は、

たとえ相手が異形であっても、あまりにもひどい。


(うわぁ・・。)


彼女の中で恐怖心よりも、

女王への同情が勝ってしまった。


「う、うぅ・・!」


その言葉に女王は体を震わせ、

本格的に泣きだしてしまう。


ひどいよぅ!

新しい友達がいじめるよぅ!悲しいよぅ!」


しゃべるなと言ったはずですが。


それに、

異形と友達になる趣味はないんで。


救えない妄想もうそうするの止めて下さい。」


頭をたたき割りたくなりますから。


言葉で攻撃する彼と、

それに大泣きする女王は


いじめっ子と泣かされている子供』


の図にしか見えなかった。


いや、

どちらかというとそんな可愛らしいものではなく、

完全に悪人が人質を甚振いたぶっているようにしか

見えない。


(何だか、複雑だ。)


人知れずマナミが溜息を吐いた瞬間、

彼が腕組みをしながらなおもいら立った声でげる。


「今は見逃します。

上手く隠れて下さいね。」


消えたくないのなら。


その声に込められた冷酷れいこくさを感じ取り、

彼女の背に強い寒気が走った。


「うぅ、・・うわーん!!」


女王は笑みを深めて泣き叫ぶと、

そのままき消えるように姿を消してしまう。


「・・。」


しばらくは誰も動かなかったが、

他に気配が無い事を確認し、

彼女はようやめていた息を吐き出す。


しかし、

彼の機嫌は回復する事が無く、

今も部屋の空気はめたままだった。


「あ、あの。」


この空気を何とかするため

マナミは緊張でかわいたのどから声を出し、

思い切って彼に話しかける。


「何か?」


こちらに視線を向けた彼の瞳は、

いまだ冷たい光を引きずったままで、

再び息がまった。


それでも、

震えそうになる声を必死にしぼり出して続ける。


「ず、随分ずいぶん

女王に厳しい事を言ってましたけど、

どうしてですか?」


その言葉に彼は軽く息を吐き、

多少視線をやわらげながら答えた。


「嫌いなんです、ああいうは。


貴女が背後にいなければ、

会話せずにり倒してました。」


運が良かったですね。


見下した声で吐き捨てると、

彼は不機嫌な空気をまとったまま、

きびすを返す。


「ここにはがいただけです。

様子を見にきただけで、アイテムはありません。


貴女一人で来ていれば、

DEAD・ENDをかけた愉快ゆかいな鬼ごっこが

始まったでしょうね。」


愉快ゆかいじゃないですよ。」


「さあ、次は食堂へ行きますか。」


ぼやく彼女の意見を無視し、

彼はそのまま廊下へと出てドアを閉めた。


「もう離れてもいいですけど、

俺の背に隠れられる位置に居て下さいね。


ですが、

奴らと戦う時は指示した場所で

動かないで下さい。」


巻き込まれたら、

大変なので。


そう言って、

食堂のドアへと向かう彼は

やはり不機嫌である。


(どうして、

そんなに女王を嫌っているのかな?


・・異形だけど、泣きながら


『手を繋ぎたい』


って言ってるだけなのに。)


だが、

この質問は彼にかないでおく事にした。


態々わざわざ火に重油を投げ入れるような真似を、

する必要はない。


(まださっきの気まずさが、消えてなかったのに。)


2人の間にただよっていたある種の緊張感が、

女王の出現によって刺々しい空気まで混ざってしまった。


その点に置いては、

あの存在をうらみたくなる。


「早くして下さい。」


冷たい声でかけられた言葉に、

マナミはあわてて小走りでしたがった。


これ以上、

彼の空気を凍らせる事が無いように。

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