マナミと探索


2人は無言のまま右の廊下を歩き続け、

最奥のドアの前に辿り着く。


「右がひかえ室で、左が調理室です。」


「え?

でも左にドア、無いですけど。」


隠されているのかとも考えたが、

わざわざ調理室のドアを隠す理由も無いだろう。


「ここは、

食堂から出入りする方法しか無いんです。


・・面倒めんどうな事をしてくれますよね。」


Sは溜息をつくと、

ひかえ室のドアノブに手を掛けた。


「そういう訳なんで、

先に晩餐ばんさん室とひかえ室を調べましょう。


こういう部屋には、

敵がいる事がよくあるので、

俺から離れないで下さい。


・・それと、

ここから先は俺が一人で探索します。

貴女あなたは何も触らないで下さい。」


「え?

でも、二人で探した方が効率がいいと思いますけど。」


疑問を全面に出した表情で彼女がたずねると、

Sは大した事が無いような軽い口調で言ってのける。


「ここから先は、

〈女王〉〈狩人〉〈毒りんご〉が出て来るはずです。

奴らは確実に、小人より厄介でしょうから。


わなも、

危険な物が多くなるでしょう。


だから、

ここから先は俺から離れない、

何も触らないと約束して下さい。」


棺の白雪姫に、なりたくないのなら。


その、彼からの警告に、

背筋が震え思わずのどが鳴った。


緊張をとる為に大きく深呼吸し、

彼の目を見て、しっかりとうなづく。


Sも軽くうなづき返し、

そのままドアを開けた。


「取りえず、

ここにはいません。


さ、中に入りましょう。」


「はい。」


彼の後に続いて中に入ると、

やはり蜘蛛くもの巣やほこりまみれてはいるが、

使用人の部屋よりも豪華な造りをしている。


ざっと見回した中、

特に目立つ物は無さそうだが。


「ありましたよ。」


壁際かべぎわにある配膳はいぜん用のワゴンを見た彼が、

そちらへ歩き出したのでマナミもあわててついて行った。



装飾のほどこされた白いワゴンは、

色褪いろあせて黄色っぽくなり、

何だかあわれに見える。



そんなワゴンの上にワインのボトルが一つあって、

その中に細工の美しい指輪が一つ入っていた。


「どうして、

こんなボトルの中に指輪が?」


「さあ。

こういうボトルに何か入っているのも、

よくありますけどね。


どうやって入れているのか、

多少は気になります。」


「でもこれ、

どうやって取るんでしょう?」


ボトルを見つめたまま考え込んでしまう彼女とは違い、

Sは後頭部を軽くきながら言う。


「本来は


『指輪窃盗せっとうれ衣を着せられた使用人を始末しまつして、

そいつの部屋にあるハンマーでボトルを割って指輪を取る。』


という流れです。」


始末しまつって。


・・すごく、飛ばしてきちゃったんですね。」


なんとなく、

本を読み飛ばしてしまったような

落ち着かない気分になるが、

彼は全く気にもめてないように言った。


「使用人と客の泥沼どろぬまなんて、

興味ないです。


必要なのは、アイテムなんで。」


「でも、ハンマー無しでどうやって」


とマナミが言いかけた時、

何か空気を切り裂くような音と同時に、

盛大に何かが割れた音がする。


気が付くと、

床にはワインの染みが広がっていて、

その中心に小さな銀の指輪が転がっていた。


「は、え?」


軽く混乱する彼女に、

Sは床に広がるワインを見つめたまま言う。


「別に割るなら、

道具を使う必要はないです。


・・それより、

ハンマーじゃなくて正解でしたね。」


「どうしてですか?」


「これ、

中身はワインじゃありません。

奴らの体液です。


・・ハンマーを使って割らせれば、

微量びりょうでも貴女あなた付着ふちゃくすると考えたんでしょう。」


利口りこうさんですね。


そう呟くと、彼は指輪をそのまま放置し、

廊下に続くドアに向かって歩き出した。


「えっ?

あの、これ放って置いていいんですか?」


床に転がった鈍く光る指輪を気にし、

彼女がたずねるが、Sは歩き続けたままで言う。


「狩人への対抗手段らしいです、それ。

大人しくなるらしいですよ。」


「なら、必要じゃないですか!」


りませんよ。

平和的に、後腐あとくされ無く、たたつぶしますから。


さあ、次は晩餐ばんさん室ですよ。」


何があるんでしょうか。


多少機嫌の戻った彼は、

足取り軽くマナミと共に部屋を出た。


そして、

そのまま晩餐ばんさん室のドアに手を掛ける。



しかし。



「・・。」


開けようとしたSの手がピタリと止まり、

微動びどうだにしなくなった。


「?・・どうしたんですか?」


「マナミさん」


彼女の問いかけには答えず、

彼はドアノブに手を掛けたまま名を呼ぶ。


「この部屋から出るまで、

俺の前へ出ないでください。


背中に隠れて、

スーツをしっかりつかんで離さないように。


それと、

おれが「いい」と言うまで黙っていて下さい。

わかりましたね。」


振り返ってそう告げる彼の表情は、

今までに見た事も無いぐらい真剣で、

鬼気せまるものだった。


彼女は迫力に押されながらもうなづき返し、

指示通り彼の背後に回ると、

スーツの背中の部分をしっかりとつかむ。


「いいですね。・・行きます。」


背後にいる彼女に声を掛け、

彼は一気にドアを開いた。


あまりにも勢いが強かったのか、

ドアが壁にぶつかる乱暴な音が部屋中に響く。


(一体、何が。)


彼の背中が目の前にあるので、

部屋の中がよく見えなかった。


何とか様子を探ろうとするが、

彼が動く気配はない。


それどころか、

目の前の背中から激しいいら立ちを感じ、

その強さに動揺どうようしてしまった。


面倒めんどうくさいという空気を消し去り、

警戒心と敵意を彼にいだかせる相手に、

怖いながらも興味がいてしまう。


彼の前へ出ないように気を付けつつ、

横から小さく顔を出して

部屋の中央をそっとのぞき見た。


「っ!」


それを見た途端とたん

彼女は思わず息を飲み、

スーツをつかんでいる手に力を入れてしまう。


頭の冷静な部分が


しわになってしまう)


と考えたが、今は気にしている余裕が無かった。


そこで、

初めて動く気配の無かったSが行動を起こす。


彼は、

部屋の中央に居た存在に向かい、

冷えた声音で話しかけた。


「どうも。

初対面ですが、

仲良くする気は全く無いんで。


早めに目の前から消えて下さい。」


女王。


刺々とげとげしい口調を気にもせず、

その存在ー〈女王〉は、

黒い涙を流したまま笑っている。


「嬉しいよぅ。

友達と姫に会えたよぅ。」


そう、

泣きながら歓迎かんげいするように、

こちらを見て笑みを深めた。

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