報酬と彼女の決意


物置の棚を調べた結果、

見つかったのは2階のゲストルームのかぎと、

日記の続きが書かれた紙が3枚。



そして。



「このゴミは、

焼却しょうきゃくした方がいいですね。」


古くて、

茶色のみで汚れているウサギのぬいぐるみ、

だった。


かぎはいりませんし、

日記も必要ないんですよね?」


ぬいぐるみから多少距離きょりをとりつつマナミがたずねると、

彼は溜息を吐いてそれから視線をらす。


「そうですね。

これも何かに使うんでしょうが、

汚いので触りたくないです。


という訳で、ここはハズレですね。」


つまらない。


不機嫌さを隠しもせずに呟くと、

Sはそのまま歩き出してしまった。


戸惑とまどいながらも、

彼女もその後に続こうときびすを返す。


が、

かすかに何かの音が耳に入り、

その足を止めた。


「どうしました?」


振り返りながら彼がくと、

彼女は辺りを見回しながら言う。


「今、何か聞こえたような気がして。」


「そうですか?俺には何も」


と言いかけた時、

かすかにすすり泣く声が聞こえてきた。


「ど、どこから・・。」


さらに、

注意深く辺りを見回していたマナミだったが。


ふと、

彼が不機嫌な表情のまま、

ぬいぐるみを見つめている事に気が付く。


同じ様にぬいぐるみを見つめると、

その無機質な硝子がらす玉の目から赤い涙が流れだした。


「ひっ・・!」


悲鳴を上げて後退あとずさる彼女とは対照的に、

Sはそのまま微動びどうだにしない。


そんな2人の前で、

ぬいぐるみは赤い涙を流しながら、

幼い子供の声で話し出した。


「悲しいヨ、寂しいヨ。


お願イ、

ボクを友達の所に連れて行っテ。


ギャラリーにいるんダ。

ネェ、お願いダヨ。」


連れて行っテ。

と両手を差し出すぬいぐるみが、

何だか可哀想かわいそうになってくる。


「あ、うん。わかったよ。」


彼女が手に取るために近づこうとするより早く、

彼が先に動いていた。


側の棚にあった大きい缶詰かんづめを手に取り、

それの顔面に向かって、

剛速球ごうそっきゅうと言える速さで投げつける。



グエッといううめき声と同時に、

鉄球が壁にぶつかったようすさまじい音が鳴り、

辺りに沈黙がおとずれた。



缶を顔面にめり込ませたぬいぐるみは、

静かに痙攣けいれんしていたがー・・

やがてだらりと力を抜いた後、その動きを止める。


「やはり、運動は大切ですね。


さあ、気分転換もしましたし、

行きましょうか。」


なんとなく、


(やりきった!)


という雰囲気ふんいきで彼が言うが、マナミは


「ええっ!」


と声を上げてぬいぐるみにけ寄り、

取り乱しながら声を掛けた。


「え、あ、あの!大丈夫?!

ああっ!顔が壁と一体化してる!」


「そんな不気味なぬいぐるみ、

無視して下さい。


ありがちでひねりもないので、

面白くないですから。

0点どころかマイナスですね。」


くだらない。


見下しながらSは、ぬいぐるみに向かって

吐き捨てるように断言する。


あまりのあついの酷さに彼女の方が罪悪感にさいなまれ、

ぬいぐるみに向かって手を合わせ


「ストップ。」


・・ようとして、彼に止められた。


「何しようとしてるんですか?」


「え?手を合わせようと思って。」


「止めた方がいいですよ。」


不思議そうに小首をかしげる彼女に向かい、

彼は軽く溜息を吐きながら言う。


「他者をいたむ心は、

大切だとは思います。

そういう情けの無い人間は最悪ですから。


・・ですが、

そこに存在するもの全てが善とは限らないんですよ。」


「どういう事ですか?」


「つまり、

邪悪な者や未練みれんのある者、

何かをうったえたい者などは、

波長が合えばいてきてしまうのです。


ですから、

関係の無い者や場所には、

むやみに手を合わせてはいけません。」


「そうだったんですか。

・・知らなかったです。」


「一部の場所でのみ伝わっている事ですから。

さ、行きましょうか。」


Sにうながされ、

彼女は後を追うようにしてそこを離れた。


2人で階段を上り納屋なやにつくと、


「おや。」


とドアを見た彼が、

気の抜けた声を出す。


「どうしました?」


後から納屋なやに入った彼女の問いに、

彼は後ろを振り返りながら答えた。


「ここにもオブジェが増えましたよ。」


そう彼が指差したのは、

目の前のドア。


無傷だったはずのドアは真ん中に大きな穴が開き、

そこを中心に完全にひびが入っている。


止めている金具も千切ちぎれかけていて、

外れそうになっていた。


「これ、は。」


「多分、

〈狩人〉が来たんでしょう。


俺達以外が、

このドアを出入りできないように細工したんですが、

正解だったようですね。」


そのまま歩み寄り、

ドアを右足でり開ける。


「さ、行きましょう。


左側の探索は済んだので、

今度は右側の廊下へ行きますよ。」


「右側の廊下っていうと、えっと。」


「食堂、調理室、晩餐室、控室、

ですね。


〈狩人〉がいる可能性もありますが、

問題ありません。


どんな姿をしているのか、

少し楽しみな気もしますが。」


「楽しみなのは、Sさんだけですよ。」


マナミは深い溜息を吐くと、

ドアをなるべく見ないようにし、

彼の側まで歩み寄った。


「そうですか?


こういう所に居るのって、

変な姿をしてたりするんですよ。


暗い場所で会わなければ、

爆笑できる奴もいますから。」


「そうですか?」


「はい。


目が無いとか、

頭が逆さになっているとか、

足だけしかないとか。


足だけの奴は思い切りんだら、

泣きながら逃げていきましたよ。」


顔無いのに、泣くんですね。


楽しそうな声を聴きながら


(やっぱり、

楽しいと思うのは貴方あなただけですよ。)


と彼女は思う。



自分ならたとえ明るい所でも、

足だけの存在などに出会ってしまったら、

パニックになって逃げ出すだろう。


普通の人間なら、

それが通常の反応のはずだ。


「怖い物なんてないんでしょうね。

・・うらやましいです。」


嫌味ではなく、

心の底から思ったことを歩きながら伝えると、

彼は


「いえ、怖いですよ。」


と同じく歩きながら答える。


「どこがですか。


敵はって撃退げきたいしてるし、

仕掛けやわなやオブジェだって、

見ても平気じゃないですか。」


じとり、と、視線に


「嘘つくな」


という意味を含めて見つめると、

彼からは軽い溜息が返ってきた。


「怖いですよ。


怖いと、

腹が立つじゃないですか。


だからそれを、

そのまま相手に返してるだけです。」


「何ですか、

その完全な八つ当たり。」


「これは、

完全な正当防衛ですよ。


襲ってくるを、

駆除してどこが悪いんですか。


それに、

俺の楽しみの邪魔をする相手が悪いんです。」


つまり、

悪いのは相手であって、俺ではありません。


そう、

はっきりと言い切るSの表情は笑顔で輝いている。


なんとなく


(これ以上続けるのは止めておこう。)と


自分の中で最高の英断を下した彼女は、

全てを溜息と共に飲み込み、

次に気になった事をいてみる事にした。


「・・それで、

楽しみって何ですか?」


「そうですね。


難しく言うなら、

知的好奇心を満足するまで追求する事、

ですね。


簡単に言えば、

納得なっとくするまで調べるって事です。」


「調べる事が好きなんですか?」


意外そうに彼女がくと、

彼は少しムッとした顔で


「失礼な。」


と呟く。


「俺は謎や推理とか、

そういう物が好きなんです。


ただ、直感が鋭く、

予測よそくを立てる事も得意なので、

本だとぐに答えがわかってしまうんですよ。


だから、

常に予想できない謎と展開を探しているんです。


・・まあ、あまりにもそれが無いので、

この仕事を始めたんですが。」


「お仕事を始めた切欠きっかけにもなってるぐらい、

なんですね。」


「はい。


さっき、


『BAD・ENDとDEAD・ENDは嫌いだ』


と言いましたよね。」


「えっと、


『中途半端に終わるのが気持ち悪い』


って、

言ってましたよね。」


マナミが思い出しながら言うと、

彼は


「そうです。」


うなづいた。


「残された謎が気になって、

苛々いらいらするんですよ。


基本的にHAPPY・ENDが好きなんですが、


『幸せならいい』


みたいに全部投げ捨てているのは嫌いですね。


全ての謎が綺麗きれいに明らかになって終わる物が、

最高に望ましいんです。


ですから」


そこでSは、

彼女の方を真剣な顔で見つめ、

迷いなくはっきりとげる。


「俺が依頼者に望む報酬は、

『TRUE・END。』

全ての謎が解けたを見せてもらう事です。


それがその人にとって最悪の結末でも、

結末わかるのならば、

俺には関係ありません。


・・貴女あなたが泣きわめく様な事があっても、

最後まで連れて行きますから。」


どうか、そのつもりで。


ひどく冷たい瞳で宣言せんげんし、

驚きで固まる彼女をそのままに、

彼は先に行ってしまった。


(本当の、結末。)


そう心の中で呟くと、

心臓が嫌なね方をする。



そうだ。

此処ここに閉じ込められた原因は、

まだわかっていない。



彼は、

敵が記憶を奪っていると言っていた。


それは、

自分の記憶がここに閉じ込められた原因となっているか、

脱出する方法に関係あるからだと。


自分は今まで、何の根拠も無く、

脱出する手掛かりなのだと思い込んでいた。


だが、もしもその記憶が。


(私がここに連れて来られたんじゃなくて)



ここに望んできたのだと、

したら?



万が一の事が、頭に過る。


だとしたら、

あの存在達は自分の味方で、

彼が敵という事になってしまうのだ。


(どうしたらいいんだろう・・。)


ここにきて初めて迷いが生まれる。



先に進むべきか、否か。



思考が完全に混乱した中で、

自分自身に問いかけてみた。


心は否を、

頭は進むべきだと語っているが、

相反する答えに更に混乱するだけで。


(どうしたらっ!)


落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせ、

思考を元に戻そうと五感を澄ませた時、

だった。



(マナミ。)



雨の音に交じって、

母が自分の名を呼ぶのが、聞こえた気がする。



(マナミ)



今度は、父の声。



外でいまむ事の無い雨が、

両親の涙のように聞こえてきた。


(父さん、母さん。)


頭と心の中に優しい答えがただ、

響く。


(私は、会いたい。2人に、会いたい。)


今度ははっきりと、

意志が体と頭を動かした。


「マナミさん。」


ふと気づくと、

随分ずいぶん先に行ってしまったSが、

こちらを向いて立ち止まっている。


「どうします?

そこで待っていますか?


それとも」


「いえ、行きます。」


知らずほほを伝っていた涙を腕でぬぐい、

彼の元へと一歩、み出した。


(今は、何もわからない。でも)


私は、父と母に会いたい。

それだけは、真実だ。


両親に会う。


それだけをかなえるために、

彼女は真相へと歩み寄る決意をする。



その背を勇気づけるように、

雨の音が響いた。

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