マナミとS


彼をにらみ続けていたマナミが、

ゆっくりと口を開く。


貴方あなたは、敵、なんですか?」


緊張と疑心で声を震わせながらも、

その眼差しは強く、鋭かった。


「違いますよ。」


返される声と眼差しは、

対照的にぼんやりとしている。


明らかに全てが「面倒くさい」と語り、

そのまま体現たいげんされていた。


「本当ですか?」


「どうして疑うんです?」


質問を即答で質問のまま返され、

思わず言葉に詰まる。


しかし、

彼女は負けまいと声と視線に力を込め、

はっきりとげた。


「だって、

貴方あなたの目的を聞いていません。


それに、

名前だってはっきりと偽名ぎめいだと言ったじゃないですか。」


「隠して疑われる位なら、

はっきり偽名ぎめいと言う方がいいと思いますが。」


「そ、それは、そうかもしれないですけど・・。」


正論とも思えそうな事を言われて、

つい納得しそうになる。


しかし、

頭を左右に振って思考を戻し、

マナミはさらに続けた。


「この館の事に、

貴方あなたくわぎると思います。


他にも、

明かりを何もしないでけたり、

かぎや紙が手の中に向かって飛んでくるなんて、

おかしいです。


それに、

さっきの〈小人〉は、

貴方あなたの事を知っているみたいでした。


・・全部まえて考えると」


と、言葉を切り、

彼女はSを敵意に満ちた目でにらみ付ける。


貴方あなたが、

奴らの仲間だという事になるんです。


・・違いますか。」


「・・。」


彼は反論せず後頭部を軽くき、

黙ってしまった。



主に彼女からはっする空気が、

物置の中の空間を刺々とげとげしい物に変えていく。



マナミが彼の行動を注意深く見つめる中、

後頭部をいていた手が下ろされーその口から、

深い溜息が落とされた。


「面倒くさい人ですね。


貴女あなた、年の割に頭固いとか言われません?」


「なっ!


・・確かに父と母からは、

頭が固いって言われてましたけど!


どうして貴方に言われなくちゃいけないんですか!」


何度か両親に言われはしたが、

赤の他人に言われるとさらに腹が立つ。


怒りで顔が赤くなる彼女をよそに、

Sは


「おお。」


と呟いてパチパチと気のない拍手をした。


「なんですかっ!」


今度は違う意味でにらみ付けるマナミに、

彼はあっさりと言う。


「おめでとうございます。

記憶が少し、戻られたんですね。」


「記憶?・・あ!」


確かに、

今まで名前の漢字も思い出せなかったのに、

今、はっきりと両親の顔が思い出せた。


誕生日に笑顔でいわってもらった事、

喧嘩げんかをして怒らせた顔や、

次の日には仲直りをした事など。



沢山の笑顔や色々な思い出が、

ひどく遠く、なつかしく思えた。



じわり、と目に涙が溜まって、


(あの時、だけかな。

あんなに2人が泣いたのを見たのは・・。)


と考えた所で、

ぷつりと思考が黒くまる。


「思い出せたのは、ご両親の事なんですね。」


「はい。」


「やはり、

奴らが記憶を奪っているようですね。


おそらく、

〈小人〉を全て倒したので戻ってきたんでしょう。


〈小人〉だから7人だと思ってたんですが、

合ってましたね。」


予想が当たるって気持ちいいですね。


そう明るい声で言うと、

彼は何事も無かったように再び後ろを向き、

棚の調査に戻った。


その背中を見て、

彼女も側の棚を調べ出す。



少しの間2人が棚を調べる音だけが響いていたが、



「そうじゃなくて!」


と、手を止めた彼女が大声で叫び、

あわててSの方へ向き直った。


「今は貴方あなたの事を聞いてたんです!

誤魔化さないで下さい!」


「あれ?流されませんでしたか。


そんなに睨んでばかりいると、

皺になりますよ。


皺が増えたら、

面白い顔がさらに面白くなるじゃないですか。」


その言葉を聞いた彼女は、

頭の中でゴングが高らかに鳴った音を聞く。


(この人、私に喧嘩売ってるよね?

絶対売ってるよね?)


ほほ米神こめかみが引くつくのを感じながら、



(この失礼な人をどうしてくれよう)と



今の現状も忘れ、物騒な事を考えてしまった。



そんな彼女の心情を無視するように、

彼は深い溜息をつく。


「もうこの話、止めませんか。

俺は早く先に進みたいんですけど。」


「だったら、ちゃんと話を」


面倒めんどうくさいです。


彼女が言い切る前にSは、

溜息と共に切って捨てた。


「誰が敵とか味方とか、

どうでもいいんです。


必要なのは、知りたいかどうかなんですよ、

俺が。」


貴方あなたが、ですか?」


「俺が、です。」


(この人は・・!!)


疑心よりあきれや、

別の苛立いらだちを感じて頭が混乱する彼女に、

この会話に飽きてきたらしい彼は、

また棚の方へと視線を戻す。


「重要なのは、

貴女あなたが閉じ込められ記憶を奪われた事と、

相手に逃がす意思がないという事実です。


それ以外は、

どうでもいい事なんですよ。」


それに。


と、Sは彼女の方を少し振り返り、

何時もの面倒めんどうくさそうな視線を向けた。


「人をおとしいれるなんて、

面倒めんどうくさい事したくないです。


自分で動く方が、

早くて楽じゃないですか。」


それだけ言うと、


「さ、早く調べて次に行きますよ。」


とだけげて、

そのまま棚の調査を再開する。


(この人は。)


敵じゃない。


と、頭と心の両方が判断した。



確かに、

異質で怪しくて、その上失礼な人だが、



(今の所、嘘だけは言ってない。)


それだけは、本当で。


(それに)


彼の方を見ると、

何も無かったのか溜息を吐き、

別の棚に向かってまた調べ出す所だった。


その瞳は、

上の納屋なやに入る前と同じで、

好奇心に満ちた子供のように純粋な眼差しをしている。


(取り敢えず、悪い人ではなさそうだし。

・・まあ、いいか。)


彼女も一区切りつける為に大きく息を吐き、

側の棚の調査を開始した。


その表情はあきれたものだったが、

疑心と敵意はもうどこにも無い。


(疑うだけ、無駄だったのかもしれない。)


苦笑をしつつ、

棚の調査を続けながら、彼女は思った。


(疑う事は、もう止めよう。)



でも、

さっきの喧嘩けんかは買っておこう。



手に思わず力が入り、

つかんだ缶がミシリ、と不吉な音を立てる。


彼女が両親に、


「マナミって、結構根に持つね。」


と言われていた事を、

彼は知らない。

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