彼と小人


「オブジェの前のこの部屋が、

納屋なやです。」


彼は目を輝かせながら、

そうげる。


「う、嬉しそうですね。」


少々引き気味に尋ねる彼女に、

Sは


「そんな事ないですよ。」


と答えた。


納屋なやには、

重要なアイテムがありそうだとは思ってます。


ですが、

楽しんではいないですよ。

こんな所で、

不謹慎ふきんしんじゃないですか。」


俺は仕事で来ているんですから。


口ではそう言っているが、

やはりまとう空気が新しい玩具を前にした子供のそれと、

全く同じである。


(この人、

好き嫌いがはっきりしている気がするなぁ。)


何だか少し、微笑ましい気持ちになるマナミをよそに、

大きな少年はドアを開けていた。


「やはり、色々ありますね。

・・早く入って下さい。


ここは、下の物置に通じる階段もあるので、

一時的にかぎを掛けておこうと思っていますから。」


彼女が中に入ると、

Sはその言葉の通りにかぎを掛けてしまう。


「え、どうしてですか?」


早速近くの棚を調べ出す彼の背中に問いかけると、

手を止める事なく返事が返ってきた。


「念の為、です。


下の物置を調べている間に、

〈狩人〉や〈女王〉が来るかもしれないので。


・・2体同時に背後から襲われたら、

驚くじゃないですか。」


「驚く、ですか?」


「はい、ものすごく驚きます。


さっきも言ったように、

出て来るとわかってても驚くから嫌なんですよ。


怖いのは、苦手なので。」


(絶対嘘だ。)


口から出そうになった事実は、

一応飲み込んでおく。



それが、思いやりという物だろう。



自分も何かしなければと頭を切り替え、

マナミも側の棚を調べ出した。



○    ○    ○    ○    ○



しばらく色々な棚を調べていると、


「お。」


と彼が呟く。


「何かありましたか?」


彼女が振り返って聞くと、

Sは手にした物を見せてくれた。


「プラスドライバーがありました。

これは、使えますね。


そちらはどうですか?」


「えっと。」


彼の問いかけにさらに手を動かすと、

奥の方で何かが光るのが目に入る。


手に取って見てみると、

にぶく光る小さな金属だった。


「これ、なんでしょうか?」


てのひらの上に置いたそれを見せると、


「お。」


と彼がまた反応する。


「これは、螺子ねじ巻きですよ。

柱時計や、

オルゴールといった物の螺子ねじを巻くための物ですね。


これも、使えるものです。」


ほこりで汚れた手を払いながら言うと、


「さて。」


とSは奥にある、石でできた階段を見た。


「それでは、

物置を調べましょうか。


俺が先に降りて安全を確認しますから、

貴女は後から降りてきて下さい。


いいですね。」


「は、はい。」


「では、いきます。」


石の階段を降り始める彼に続いて、

マナミは指示通りに少し離れてついて行く。


冷たく響く2人分の足音が、

不気味な静寂せいじゃくの中で妙な緊張感を連れてきた。


少しして、Sが先に階段を下りきり、

一足早く部屋に入る。


まだ完全に降りきっていない彼女からは、

彼の頭だけが見えていた。


辺りを軽く見渡したSが、


「そのまま、ゆっくり降りてきて下さい。」


と、こちらを見上げながら呼びかける。


何もなかった事に安心したマナミが緊張感を解き、

そのまま足早に降りようと2、3段降りた、


その時。


突然、

彼の左右と背後の物陰から、

ボロボロの燕尾服えんびふくを着た男達が、


ゆらり、と姿を現しー


クスリと笑い声をこぼした次の瞬間にはもう、

一斉いっせいに彼に向かって飛び掛かって来た。


「危ない!!」


彼女が叫んで警告を発したのと、

彼が動いたのは同時で。


右から向かってきた男は、

左の側頭部そくとうぶ


左から向かってきた男は、

あご


背後から向かってきた男は、

鳩尾みぞおちを彼の右足にとらえられ、

3つの打撃音がほぼ同時にその場に響く。


そのまま三体は同時に吹き飛び、

重い音を立てて左右の壁と天井に激突した。


体から黒い煙を出し始める三体を、

Sは軽く一瞥いちべつし、変わらぬ調子で言う。


「バレてますよ、最初から。


そんなに殺気をまき散らしていれば、

上の納屋なやに居たって気が付きます。


不意打ちならもっと、うまくしてくれないと。」


「ググ・・。」


彼はうめき続ける三体をそのまま無視し、

階段でほうけるマナミに向かってげた。


「もう大丈夫ですよ。

はもう、動けないんで。


もう少しゆっくり降りてきて下さっても、

よかったんですけどね。」


「わ、かってたんですか?」


「はい。

隠れている鬼が、下手だったので。


念のために後から降りてきてもらったんです。」


警戒しつつ降りてきた彼女が彼の側に立つと、

二体は完全に消え去っていて、

残りの一体も体が半分消えかかっている。


残っていた男がうめき声を上げつつ、

Sの方を無表情で見つめながら、

その口を開いた。


「ナ、ンダ、オ前、ハ。イッタイ。」


「さあ?なんでしょう。」


それだけ返すと、

彼は興味を無くしたように側の棚を調べ出す。


ほとんど消えかかっている小人は、

ジッとその背中を見つめていた。


その様子を見て、

どうしたものかと悩む彼女の耳に


「ソ、ウカ。」


と小人の声が入ってくる。



見ると、

小人はほんの少し目を見開き、

驚いているようだった。


「ソ、ウカ、オ前は。ソウカ。」


ソウカと繰り返す小人の方を、

Sは少し振り返る。


「何か?」


その不機嫌さを隠す事無く、

低い声でき返す彼に向かい、

小人はー・・


ふ、と、


穏やかな微笑みを浮かべた。


たのむ。」


しっかりした声でそう言うと、

その姿は完全にき消えてしまう。


Sは軽く溜息を吐き、

再び棚の探索を開始した。


「笑えたんですね、アレ。

全く必要のない情報ですが。


邪魔者も消えたので、

ここの探索を続けましょうか。」


特に気にする事も無く、

彼は彼女に向かって声を掛ける。



が、

相手からは一向に返事が返ってこなかった。



「マナミさん?」


怪訝けげんな表情を浮かべて振り返った彼の目に入ったのは、

警戒心をあらわにして、

自分をにらみ付けるマナミの姿で。


それを見たSの心情は


面倒めんどうくさい)


という感情だけだった。


「・・はぁ。」


隠す事無く深い溜息を吐いた彼は、

静かにひそかに決意する。


(次に会った奴はる。)


後、あんなモノを造り出した奴も。


頭の中で計画を立て、

気は進まないが彼女の気を静めるために、

向き合う事にした。


・・自分は面倒めんどうな事は嫌いだが、

仕方がない。



この先のための、

我慢がまんなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る