Sと館


取り敢えずかぎを使い、

ホールの側の使用人の部屋を開けた。


部屋の中は先程と似たような家具が置かれていて、

違いといえば、

クローゼットの中身がボロボロの燕尾服えんびふくになっていた

ぐらいである。


ちなみに、

ここの探索は早く終わった。


部屋に入るなりSが、

真っ直ぐクローゼットに向かいその前に立つと、

下についてる引き出しが勝手に開き、

黒い腕が彼に向かって襲い掛かろうとした。


が、

その腕が完全に引き出しから出る前に、

彼はそれを足でり、

引き出しを閉めてしまう。


物凄ものすごく痛そうな音と共に悲鳴を上げ、

はさまれた黒い腕は消えてしまった。


マナミが同情のこもった眼差しで引き出しを見ている間に、


「いきなり出てくるの、

めて欲しいですよね。


わかっていても驚いてしまうので。」


と言いながら燕尾服えんびふくのポケットからかぎを取り、

Sはさっさと部屋を出てしまう。


なので、

この部屋にいた時間は大体3分ほどだった。


ちなみに、

かぎ納屋なやの物だったらしい。



○    ○    ○    ○    ○



納屋なやといえば、

いろいろな物がありそうですね。


面白い物があるといいんですけど。」


「はあ。」


気の抜けた返事をしつつ、

マナミは彼の少し後について歩いていた。


すると、突然彼が立ち止まる。


「どうしたんですか?」


彼女が声を掛けるが、Sは何かを考え込んだまま、

その場に立ち尽くしてしまった。


「あの、どうしたんですか?

どこか、怪我けがでもしたんですか?」


心配になって声を掛け続けていると、


「いえ。」


とようやく返事が返ってくる。


怪我けがなんてしてませんよ。

ただ」


「ただ?」


そこで彼は溜息を吐き、

後頭部を軽くきながら言った。


面倒めんどうだな、と思いまして。」


「え?」


「こういう所って、

部屋のかぎを手に入れるため何時いつ

たらい回しにされるんですが、

イライラするから嫌いなんですよ。」


なので。


と言葉を切ると、

また右手を高くかかげる。


すると、

あちこちからカチャカチャと何かの音が

一斉いっせいに聞こえてきた。


体を震わせ辺りを警戒する彼女に、

少々あきれた声でSは言う。


「そんなに緊張してたら、

身が持ちませんよ。


もっとリラックスしたらどうですか?」


「そ、そんなこと言われても・・。」


「今の音なら大丈夫ですよ。


この館にある部屋のかぎ

全部開けただけなので。」


これも、

もういらないですね。


と手に入れたかぎを取り出し、

側にあった豪華ごうかな花瓶に捨ててしまう彼に対して、

マナミの中に大きな疑問が浮かび上がった。


(この人・・。)



やっと普通の人に出会い、

その人物が自分を手助けしてくれる事に対して、

無条件に信用して行動を共にしていたが。



(でも、本当にこれでいいんだろうか?)


頭の中にぽかりと浮かんだそれは、

片隅かたすみにずっと隠していたものだった。


ここまで一緒に居たが、

彼は色々とあやしすぎる。


圏外のこの場所にメールを送ってきた事といい、

館の明かりを全てけてしまった事といい。



今、この館にある部屋のかぎさえも、

全て開けたという事も。



自分の様に普通の人間が、

こんな事を出来るのだろうか。



・・答えは否、だ。



それにあの時、

異質なメイドの件で最後まで聞けなかったが、

彼は報酬ほうしゅうの事を言っていない。


自分を助けて彼にメリットがあるかどうかは、

記憶の無い自分にはわからない。


が、彼の存在はあまりにも怪しすぎた。


だって彼は、本名さえ言わないのだから。


(少し、警戒した方がいいのかも、しれない。)


小さく両手をにぎめ、

マナミはひそかに決意した。


こんなに異質な場所なのだから、

疑い深い位が自分の身を守る事につながるはず。


(なるべく、近づきすぎないようにしよう。)


そう決心していると、


「行きますよ。」


と彼から声が掛けられた。


ハッとした表情でそちらを見ると、

Sはすぐ側のドアを開け、

中に入る体制のままこちらを見つめている。


「そこで待ってますか?

いいですけど、気を付けてくださいね。


全ての部屋のかぎを開けたので、

敵も出入りが自由になっていますから。」


その言葉にたった今固めた決意も吹き飛び、

あわてて彼に続いて部屋に入った。



○    ○    ○    ○    ○



ーのだが、

やはり探索はすぐに終わってしまう。


中に一歩入るなり、

数枚の紙が彼の手の中に飛んできた。


その内容をジッと読んでいたが、

舌打ちすると紙をまた丸め、

部屋の中に向かって思い切り投げ捨てると、

多少乱暴にドアを閉めてしまう。



・・その際、

中から悲鳴が聞こえたような気がしたが、

考えない事にした。


「ここはハズレ、ですね。」


そう言って彼が歩きだすと、

ドアから音がして、今度はかぎが閉まったことをげる。


「あの紙、何か書いてあったんですか?」


少々不穏ふおんな空気をただよわせた彼に向かって、

思い切っていてみた。


チラッとこちらを見るが、

その視線をすぐに前へと戻し、

Sは歩き続けたまま答える。



「ただの日記の切れ端ですよ。

色々書いてありましたが、

興味が湧かなかったので捨てました。


大体、毎日書くようなマメな人が、

簡単に破れる日記帳に書いたりしませんよ。

わながある所に誘導するための、

えさですね。


無視して忘れるのが一番です。」


此処ここから出る事だけ、

考えて動きましょう。


それだけ言うと、

彼はまたすぐ側のドアを開けたが、

即座そくざに閉めてしまった。


「ここもハズレです。」


さっさと歩き出してしまう彼がドアを閉める前に

何かをったような気がするが、

きっと気のせいなのだろう。


ドアの向こうから何かがぶつかった派手な音と、

悲鳴が聞こえたような気もするが、それも気のせいだ。



そう、

全部気のせいで何もなかった。



彼女はそう思って、

同じくさっさとその後を追う。


・・悲しい事に、

彼女自身が少しづつ彼の言動にれつつある事も、

おそらく気のせいなのだろう。



楽しそうな雨音が、廊下に響いていた。

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