彼と館


「なんですか、これ。」



ドアを見た彼の第一声はこれ、だった。



○    ○    ○    ○    ○



例の部屋に辿たどり着き、

恐怖を思い出しておびえる彼女とは対照的に、

彼は興味深そうにドアを見つめる。


「この部屋を調べている時に、

その、耐えられなくなってしまって。


気を失う前に、

叫び声を上げてしまったんですけど・・。」


「ああ。

その声を聞きつけて、何か来たんですか。」


「はい。」


「この館に丁度いいオブジェになってますね。


特に害も無いんで、

無視していいですよ。」


「ええっ!」


思わず大声で叫んでしまい、

彼女はあわてて自分の口をふさいだ。


しかし、

そんな相手にかまう事なく彼は


「行きますよ。」


とだけ言うと、

さっさと部屋の中に入ってしまう。



○    ○    ○    ○    ○



後に続いて中に入ると、

彼が詩の書かれた紙をひろい上げている所だった。


「これが、変な詩ですか?」


「はい。


ここにあるどれもが古いのに、

この紙だけ新しいから変だなと思って。」


「なるほど。


・・『棺の中の白雪姫』ね。」


彼は書かれている詩を静かに読んでいたが、

突然、紙を丸めてその辺に投げ捨ててしまう。


「え?!

あ、いいんですか?」


その行動に驚いた彼女が、

ひろうべきか悩みながらたずねるが、

彼は辺りを見渡しながら無く言った。


「こんな趣味の悪い詩、

もう必要ないです。


ただの説明書みたいな物で、

内容も覚えましたから。」


「説明書、ですか?」


彼女が不思議そうにくと、

彼はそこで部屋を見渡し終えたらしく、

こちらを向いて言う。


「貴女の現状の説明、ですね。


『白雪姫』は、

閉じ込められている貴女の事で、

硝子ガラスひつぎはこの館の事ですよ。


丁寧ていねいに、

ここに居る敵の事も書かれてますね。」


「敵?」


「ホールに来たみたいなのが、

他にもいるという事です。


ドアをオブジェに変えた奴以外に、

何か見ませんでしたか?」


その問いに、

あの存在を思い出して思わず身震いし、

彼女はやや暗い気持ちで口を開いた。


「2階の廊下を、

歩いていたのがいます。


ボロボロのローブを着て、

変な人形を持った、女の子の声の・・老人でした。


笑顔で黒い涙を流しながら、

『手を繋ぎたい』って、呟いてて・・。」


「なるほど。

それは〈女王〉ですね。」


「女王、ですか?」


彼の言葉に反応すると、

相手はこちらを見たまま続ける。


「さっきの詩に、


『女王はなげく』


ってありましたよね?


詩の中の『登場人物』は、

ここにいる敵とその特徴ですよ。


それに当てめれば、

敵の呼び名がわかります。」


「そうなんですか・・。」


「はい。

ホールに来たのは〈小人〉でしょうね。」


「それじゃ、

この部屋に来たのは・・。


冷静な話し方だったから、

〈狩人〉でしょうか?」


「それであっていると思いますよ。

・・それにしても」


彼はそこで言葉を切り、

彼女を見つめー・・そして次に、

深く溜息を吐いた。


「なんですか?」


その態度にムッとした彼女がたずねると、

彼は後頭部を軽くきながら言う。


「いえ、特に他意は無いです。

・・ただ。」


「ただ?」


随分ずいぶんと、

厄介やっかいなモノに目を付けられているな、

と。」


厄介やっかい、ですか?」


怪訝けげんそうにき返す彼女に向かって、

彼は悲壮ひそう感をただよわせる事は一切いっさい無く、

平然と絶望的な宣告せんこくをした。


「奴ら、貴女あなたをここから出すつもり、

無いですよ。」


「え・・。」


言われた内容の衝撃しょうげきに、

頭の中が白くなる彼女に向かって、

彼が少々真面目な表情で言う。


「詩の最後に


『目覚めを望む王子は来ない』


って、書かれてましたよね?


・・物語を完結させる王子が来ないという事は、

姫は永遠に眠り続けたままです。


つまり、


『永遠にここから出さない』


って言ってるんですよ、

奴らは。」


「そ、れじゃ」


「奴らにつかまれば、

貴女あなたは終わりです。


完全な、

DEAD・ENDとBAD・ENDしかないですね。」


その言葉に、

絶望感と悲しみが込み上げてきて、

彼女の瞳に涙が溜まってきた。



・・いやだ。

自分は帰りたい。



行かなければならないのに。

行かねば、あの場所へ。



「いやだ」



「帰りたい」



「行かなければ」


の文字が頭の中をめぐりだし、

思考が白くなり始めた瞬間、

耳に


「つまらない。」


と言葉が飛び込んでくる。


すると、

遠くなっていた思考と五感が戻ってきて、

その言葉を言ったのが彼なのだと認識できた。


「つ、まらない、ですか?」


少し震える声で反射的に言葉を返すと、

彼は軽く溜息を吐きながら言う。


「つまらないですよ。


俺、本でもゲームでも、

BAD・ENDとDEAD・ENDは嫌いなんです。


『やり残した事がある』


『お前が出来なかったのが悪い』


って物ばかりで、


話が中途半端ちゅうとはんぱに終わるじゃないですか。

解けてない謎が残って気持ち悪くなります。


それに」


そこで初めて彼は、

小さく笑った。


その瞳に好奇心を浮かべ、

勝気に、不敵に。


「思い通りになるのはしゃくですから。


奴らに逃がす気が無いというのなら、

絶対に貴女を脱出させてみせます。」


彼の笑みにつられて、

彼女も落ち着いたように微笑んだ。


「ありがとうございます。」


そう言って頭を下げると、

彼は元の表情に戻り、後頭部をきながら言う。


「仕事はきっちりするんで、

安心して下さい。


・・そういえば、

俺の自己紹介がまだでしたね。」


彼はそのまま軽く会釈えしゃくし、

いつもの面倒めんどうくさそうな声でげた。


「どうも。


死亡フラグ折り屋をやっている・・えーと、

偽名ぎめい考えるの面倒めんどうなんで、

S(エス)と呼んで下さい。」


偽名ぎめい、ですか。」


引きった笑みを浮かべる彼女を気にする事無く、

彼は気だるげに言う。


「はい。

本名を人に教えるの嫌いなので。


Sにした理由は、

何となく頭に浮かんだからです。


AとかBだと、

雑魚ざこみたいなのでやめました。」


「は、はあ。」


「それで、貴女あなたは?」


「あ、はい。」


何となくスカートのほこりを払い、

彼女は軽く頭を下げた。


「初めまして。

私、マナミっていいます。


ここから出られるまで、

よろしくお願いしますね。」


少し緊張した面持おももちでげると、


「はあ、どうもご丁寧ていねいに。」


と気の抜ける返事が返ってくる。


「それで、

マナミさんはどうしてこんな所へ?


学生さんみたいですが、

ここに連れて来られる前は何をしていたんですか?」


Sがたずねると、


「あ、私はー、」


と言いかけて、

マナミは口をつぐんでしまった。


「マナミさん?」


怪訝けげんな表情でうながしても、

彼女からは言葉が返ってこない。


それどころか、

顔色が真っ青になってきた。


「どうしました?」


彼が声を掛けると・・彼女はSの顔を見上げ、

戸惑とまどった様子で呟いた。


「わ、判らないんです。

名前以外の事が、全部。


他の大切な事が、何も、思い出せない。


私、私は・・。」


震えた声で取り乱すマナミに、

彼は静かな口調で語りかける。


「落ち着いて下さい。


多分、奴らが貴女の記憶をうばうか、

封じるかしたんでしょう。」


「どうして・・。」


弱り切った声で問う彼女に、

Sはそのままの調子で続けた。


貴女あなたの記憶が邪魔なんでしょうね。


閉じ込められている人の中には、

記憶を奪われたり封じられている人が結構けっこういるんです。


その場所にいる原因や、

脱出する方法などに関係している事が、

よくあるので。」


「そうなんですか?」


「はい。


元凶を倒すか、

先に進むうちに戻る事が多いですから、

あまり気にむ必要はありません。


・・さ、探索に戻りましょうか。」


それだけ言うと、

彼は机の方に向かって歩き出す。


「はい。

ごめんなさい、取り乱したりして。」


マナミは落ち着いた口調で言うと、

静かに深呼吸し、

後に続いて歩き出した。



○    ○    ○    ○    ○



「なんですか、これ。」


机の上を見たSの第一声も、

これである。


「これはまた、

なかなか雰囲気ふんいきを盛り上げる小道具ですね。」


「その割には、

すごく嫌そうな顔してますけど。」


眉間みけんしわを寄せつつ言う彼に、

そうマナミは指摘してきした。


すると、

Sは溜息をつきながら答える。


「当たり前です。


まともな神経の持ち主なら、

こんな物に触りたいとは思いませんよ。


仕掛けた奴の顔面に、

これをぶち当ててやりたいですね。」


「あれ?怒ってます?」


彼から不穏ふおんな空気を感じて、

多少距離きょりをとりつつたずねてみると


「怒ってるというより、

気色悪いと思っているだけですよ。


こんな事考えた奴の、

神経と頭と趣味を疑っているだけです。」


という毒に満ちた返事が返ってきた。


(やっぱり、怒ってると思うけどな。)


心の中で呟く彼女をよそに、

机を観察していたSは


「なるほど。」


と一人で納得すると、

机に向かって静かに右手をかざした。


すると、

ゆっくりと紙が浮かび上がり・・その下、

机の中央に液体の無い場所があり、

かぎが一つ置いてあるのが見える。


「あ!」


驚くマナミの目の前で、

かぎは磁石に吸い寄せられるように、

自ら彼の手の中に納まった。


「これでいいですね。


ここにはもう何も無いので、次に行きましょうか。」


どこかスッキリとした表情で、

Sはそのまま部屋を出る為にきびすを返す。


彼女もその後に、

あわてて続こうとして


「ストップ。」


と止められた。



「えっ?」


驚いて動きを止めるマナミの足元を、

彼は指さしながら言う。


「踏まない方がいいですよ。


先程さきほどの机の上の液体も、

この足跡に残っている液体も。


これ、わなですから。」


わなっ?!」


思わず体がね、

意図いとせずその上を飛び越えた彼女に、

Sは歩きながら説明を始めた。



「この液体は、奴らの体液です。


付着した相手の位置が、

把握できるみたいですよ。


趣味は悪いですが、

頭の中身はありますね。」


マナミがとなりで自分の話を聞いている事を確認すると、

彼はそのまま真っ直ぐ歩き続ける。


その、

あまりにも迷いのない足取りに、彼女は


「あの。」


と声を掛けた。


「何か?」


「そ、その、何処どこへ行くんですか?」


その言葉にSは


「は?」


まゆすがめて聞き返す。


「迷いなく歩いていくから、

大丈夫なのかなーって、思いまして。」


おどおどしながらもたずねると、

彼は先程手に入れたかぎを見せながら言った。


何処どこって、

かぎを使う所ですよ。


このかぎはホールの側の、

別の使用人の部屋の物ですから。」


「わかるんですか?」


彼女が目を見開きながら聞くと、

彼は


「はい。」


うなづく。


「大体、

何処どこで何を使うのかわかりますよ。

この仕事を始めて長いので。


・・それにこの館の見取みとり図なら、

頭に入ってますから。」


トン、と自分の米神を指さす彼の言葉に、

彼女はとうとう絶句した。



あまりにも、

規格きかく外すぎる。



「ここに来る前に、調べときました。


1階の左側の廊下は、

使用人の部屋と納屋なや


右の廊下には食堂、

晩餐室ばんさんしつ、調理室、控室ひかえしつ


2階の左廊下はゲストルーム、

ギャラリー、応接室。


そして、

右廊下は夫人の部屋、主の部屋、図書室、

書斎しょさい執事しつじの部屋、です。


後、地下室や隠し部屋なんかもありますよ。

探し甲斐がいがありそうですね。」


よかったです。


と呟く声と、

楽しそうに輝く瞳の意図いとは無視する事にした。


自分の精神の安定と、

心の平穏へいおんのために。




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