かのじょとかれ


「・・。」


「・・。」



双方無言のまま、

動かない。



一方は大混乱中。


もう一方は相手の出方待ち、

だからだ。


・・しばらたがいを見つめていたが、

混乱のけた彼女が思い切って相手に話しかける。


「あ、あの、貴方、は?」


いまにぶる口でたずねると、

相手はまたしても溜息をついた。


「いつまでほうけてるつもりなんですか?

説明は、1回で済ませたいんですが。」


後頭部をガシガシきながら、

彼は溜息と共に呟く。


「説明って、一体何を、

・・って、もしかして!」


明るい表情で、

彼女が期待きたいに満ちた声で言うと、

相手は軽く頭を下げてきて


「どうも。死亡フラグ折り屋です。」


と、

非常に緊張感の無い声で挨拶あいさつを返してきた。


「死亡フラグ、折り屋さん?」


聞いた事の無い職業に内心首をかしげつつ、

取りえず相手を観察してみる。



黒い短髪に黒い目の、

どちらかというとととのっている容姿に、

黒のネクタイとスーツ。


くしで固い印象を受けるはずが、

彼からは一切そういう雰囲気ふんいきは感じられなかった。


おそらく、

表情が全面的に彼が先程さきほどから言ってるように


面倒めんどうくさい)


という感情一色だからだろう。


どちらかというと少々ぼんやりした印象で、


(大丈夫だろうか?)


という不安が頭をよぎった。


値踏ねぶみの方はもう、

よろしいですか?

早く説明に入りたいんですが。」


相手からの言葉に、

そこで初めて自分が不躾ぶしつけに見つめていた事に気が付き、

あわててうなづく。


「それでは、

依頼いらいを受けるにあたっての契約内容けいやくないようと、

注意事項じこうを説明します。」


そう言うと、

彼はジャケットのポケットから、

多少くしゃくしゃになった一枚の紙を取り出し、

それを片手に咳払せきばらいした。


「えー・・」


と言いかけ、

紙を見た彼の眉間みけんしわる。


何事かと思いながら見つめる自分と、

紙から顔を上げた彼の視線が合った。


「・・暗くて読みづらいですね。」


「この館、

あかりになる物が何も無いですから。


雨戸まで全部閉められてて、

外の光も入ってきませんし。」


困った表情を浮かべる彼女を見て、

彼は


「なるほど。」


と呟きながら、

上を見上げる。


このホールにも、

ほこり蜘蛛くもの巣をかぶってはいるが、

巨大なシャンデリアがあった。


しかし、

彼女が調べてきた二つの部屋のランプと同じで、

明かりがく気配はない。


彼は見上げたまま溜息をつくと、


面倒めんどうくさいですね。」


と一言呟いた。


「これだけ暗いのも、

考えものですね。


こういう雰囲気ふんいきには効果的な演出ですけど、

探索たんさくの邪魔にしかなりません。


・・取りえず、

明かりを全部けてしまいましょうか。」


「え?」


あっさりと言った彼の言葉に、

頭が反応するよりも早く、

口から言葉がこぼれた。


再び混乱におちいる彼女をよそに、

彼は右手をシャンデリアに向かって上げる。


すると、

一瞬で何事もなかったようにシャンデリアに明かりがともった。



それだけではなく、

館全体が明るくなった事からさっすると、

彼は本当に全ての場所の灯りをけたらしい。



おどろきで固まる彼女を気にする事なく、

彼が書かれた内容を読み上げるために視線を紙に向け、

口を開いた時、だった。



くすくす、



と笑う声が、

彼の真後ろから聞こえてくる。


今度は違う意味で固まった彼女とは逆に、

またもや中断させられた事に

彼は嫌そうな表情を浮かべながら、

後ろを振り返った。



2階に通じている大階段からゆっくりと、

人影がゆらゆら揺れながらホールに向かって降りてくる。


意志があるのか、

無いのかわからないたよりなげな足取りの女性は、

所々茶色の汚れが付着したボロボロのメイド服を身にまとっていたが、

靴下くつしただけは何故なぜか白くて新品だった。


笑い声を立ててはいるが、

その顔は無表情で、

瞳は彼女の姿とらえたまま、

一切視線をらさない。


下手なあやつり人形のようれながら、

こちらの方へ一歩一歩近づきつつ話し出した。


「ああ、いた、

イたね、白雪姫。


見つケタ、ミツケタ。

行こう、イコウヨ。


ミンナ、待ってル、待ッテルヨ。」


「行こう」



「待ってる」


の2つの言葉を、

笑い声を上げたまま、

譫言うわごとのようにり返し呟いている。


おびえて震えだす彼女をよそに、

彼は気にした様子ようすもなく、顔を正面に戻すと


「それでは、説明に入ります。」


と紙に視線を戻して、

書かれた内容を読みだした。


「『その一。


依頼者いらいしゃは、

返信をした時点で契約けいやく了承りょうしょうした物とし、

その後は俺と行動を共にしてもらいます。


その際、

貴方あなた様と俺の立場は対等たいとうなので、

命令や指示しじは受け付けません。


ただし、

貴方あなた様の命を守るために、

こちらの言う事にはしたがってもらいます。


そのさい

文句は一切いっさい受け付けません。』


よろしいですね。」


「え、あの」


「『その二。


依頼いらい貴方あなた様の死亡フラグを全て折り、

命の危険がった時点で終了とさせてもらいます。


その際にどうされるかについては、

俺は今後一切いっさい関与かんよはしません。


どうぞ、

お好きなようになさって下さい。』」


後ろから近づいてくる、

不気味なメイドへの注意をうながすべきか。


棒読みで淡々たんたんと、

げられる契約内容けいやくないように突っ込むべきか。


恐怖よりも戸惑とまどいが大きくなり、

取り乱す彼女を気にすることなく、

彼は相変わらず面倒めんどうくさそうに気の抜けた様子で続ける。


「さて。


ここから報酬ほうしゅうの話になりますけど、

よろしいですか?」


「あ、はい。

-って、そうじゃなくて!」


「何か質問でも?」


「いえ、その、後ろ・・。」


やはり注意を促そうと、

背後に近づきつつあるメイドに向かい、

指を指しながら口を開くが。


その言葉が完全に形になる前に、

向こうの方から先に言葉が返ってきた。


「おマえ、ナんだ?

ダれだ、キさま?


姫にナにいってる?


・・ハなレろ、姫かラ、はなレロ。」



くすくす笑っているのは変わらないが、

彼の存在に気付いたメイドからはっする雰囲気ふんいきが、

瞬時におどろおどろしいモノに変わる。



今度は彼女ではなく、

背を向けて立つ彼に目標をさだめ、

ただ


「離れろ」


と繰り返しー、異様な気配をはなちながら、

近づく速度をはやめてきた。


「ああ。、ですか?」


ちらと横目だけでそちらを確認した彼の言葉に、

彼女はメイドがはなつ気配におびえながらも、

何度もうなづいて肯定こうていする。


しかし、

彼は溜息をつくと


「で、報酬ほうしゅうの事ですけど。」


と、特に何ら変わる事無く、

そのまま話を続け出した。



「え?!

で、でもあの人、こっちに近づいて・・!」


「放っておいても大丈夫です。で、」


彼が話し出そうとした途端とたん

メイドがげらげらと笑い叫びながら、

今までとは違った素早い動きでその背に飛び掛かる。


「危な」


い、と彼女の言葉が出るより先に、

彼は視線を手元の紙に落としたまま・・


軽く上半身をひねって、

素早い後ろ回しりをメイドの鳩尾みぞおち

向かって放っていた。


りが胴体どうたいにぶつかり、


ドン、と、


にぶい音が響いた次の瞬間にはもう、

その体はすさまじい勢いで後方に飛んでいく。


・・彼女の目に映ったのは、

階段にたたきつけられたメイドの体が、

黒いけむりを上げて消えく所だけ、

だった。


「・・え?」


展開に頭がついてゆかず、

ほうける彼女の前で彼は紙をたたみ直し、

溜息をつきながら言う。


「『待て』もできないとは、

しつけがなってませんね。


・・何度も中断されて面倒めんどうくさくなったんで、

もう調べ始めましょう。」


同意をためなのか、

彼がこちらを見つめてきた。


その言葉にまだ多少混乱したままだが、

彼女は小さくうなづく。


「では、何処どこからにしますか?」


「えっと、

右の廊下はまだ調べてないんですけど・・。


左の廊下の方は、

一番奥の部屋だけドアが開きました。」


「そうですか。

で、何かありましたか?」


「そ、その。」


言葉をにごす彼女の態度に、

彼は不思議そうな表情をかすかに浮かべた。


「どうしました?」


「いえ。

かぎらしき物は全然無かったです。


でも・・机の引き出しに、

変な詩が書かれた紙が入っていました。」


少々暗い表情の彼女の言葉に、

彼は


「変な詩、ですか。」


と呟いた後、


「他には?」


と先をうながす。


「私が最初にいた部屋に、

あだ名が書かれた本がありました。


そこに紙がはさまっていて、

複数人の名前と死亡した日時が書かれてたんです。


・・読み比べたら、内容が一致いっちしてました。」


「そうですか。


それは後で調べに行くとして、

先に変な詩というのを見に行きましょうか。」


「は、はい。」


・・自分の感情に正直になるのなら、

あの部屋には行きたくない。



でも。



(今は一人じゃないだけ、マシだよね。)


そう頭を切り替えると、

歩き始めた彼のとなり小走こばしりでけ寄り、

一緒にあの部屋に向かって歩き出した。


誰かが共に居てくれるという現状に、

安心感と嬉しさが込み上げてきて、

彼女は小さく微笑む。


・・ただ、

その時に同時に浮かんできたさびしさと、

羨望せんぼうの気持ちはー・・


心と頭のすみに、

隠しておく事にした。


(だって今は、

あの時とは同じじゃない。)



優しい雨音を聞きながら、

彼女はそう思う。

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