やかたとかのじょとなにか



薄暗い廊下を、

あてもなく歩き続ける。



ここが何処どこかはわからないが、

自分が目を覚ました場所は、寝室のようだった。


それにベッドをふくめ、

家具が全て豪華ごうかな造りの物ばかりだった事を考えると、

使用していたのは重要な人物だったのだろう。



そんな存在の寝室なら、

1階にあるはずがない。



なので、

ここは2階かさらに上の階だと当たりをつけ、

下へ降りる階段を探していた。


「こっちでもない。

・・あっちにも、無い。」



注意深く辺りを見渡しながら歩き続けるが、

この館はどうやらかなり広いらしい。



部屋の数が多い上に廊下も長いので、

同じ所を果てしなく歩き続けている錯覚さっかく

とらわれそうになった。


「この廊下、どこまで続くんだろう・・。」


不安から、

本当は全速力でけ出してしまいたいのだが。


(自分をここへ連れてきた誰かが、居るかもしれない。

見つかったら、連れ戻されて閉じ込められるかもしれない。)


という静かな恐怖心が、

あせる体と心にブレーキをかけている。



ゆっくり、静かに、慎重しんちょうに。



はやる心と心臓を落ち着けようと何度も唱え、

足音を立てないように歩き続けた。



○    ○    ○    ○    ○



歩いている内に、

この場所にも少しはれてきて、

警戒心けいかいしん随分ずいぶんと薄くなってきた。


それでも時折ときおり

かざられている花瓶かびんかげなどに身をかくし、

そっと顔をのぞかせ辺りをうかがう。


誰もいない事を確認かくにんし、

小さく安堵あんどの息を吐くこの作業も、

何度目の事か。


隠れていた花瓶かびんかげから体も出し、

再び辺りを見渡していると、

少し先に下へと降りる階段があるのが目に入る。



廊下の中央にある事と、

大きな絵がかざられている事からさっするに、

おそらく中央ホールという場所なのだろう。



「外へ出られるかもしれない!」


不安にりつぶされていた胸の中にあかりがともり、

今度は隠そうともせずに足音を立てながら、

階段に向かってけ出した。



今、

彼女の心の中は喜び一色にまり、

頭の中には帰れたら何をするのかという事ばかりが

浮かんできてー・・



「・・え?」


今、確かに・・そう深く、考えようとした時だった。



ひた、と。



雨音にまぎれ、

自然の物とはことなる音が耳に入ってくる。


「な、に?」


口から出た声はかすかに震えていて。


それを認識にんしきした途端とたん

体も同調したように小刻こきざみに震えだした。


耳をよく澄ませてみると、

雨音に混ざって、


ひた、


ひた、と。


人が裸足はだしで歩くような音がゆっくりと、

ホールをはさんだ向かいの廊下の奥から響いてくる。



(誰か来る!!)


あわてて辺りを見回し、

すぐそばにあったドアに手をかけると、

運よく鍵は掛かっていなかった。


素早すばやく部屋の中に入り、

音を立ないように気を付けながらドアを閉め、

鍵も静かに掛ける。


全てを終えると、

そのまましゃがみ込んだ姿勢しせいで息を殺し、

ドアの前で外の様子ようすうかがった。


「・・。」


さわ鼓動こどうおさえるように胸に手を当て、

呼吸音もおさえるために細く息をする。


(見つかりませんように!

・・見つかりませんように!)


心の中で何度も唱えつつ注意深く外の音を聞いていると、

足音の他にもずるずると布を引きずるような音や、

歌うような声も聞こえてきた。



それらは段々こちらへと近づいてきて、

やがてはっきりと聞き取れるようになる。



「・・い。・・よ。・・な・・よ。」



・・どうやら、

歌声だと思った物は、

足音を立てる人物が呟く声だったらしい。



その内容を聞き取ろうとさらに耳を澄ませると、

高い少女の声が聞こえてきた。



「ない。

ないよう。

いないよう。


オイラの友達、

いないよう。


どこ?どこにいったの?」



呟く声が涙交じりの声音に変わり、

鼻をグスグスとすする音がする。



ひたひたと歩く音が丁度ちょうどドアの前で止まると、

そこで本格的な泣き声に変わり、

今度はやや大きな声でしゃべりだした。



「いないよう!

友達が、いないんだよう!

悲しいよう!つらいよう!」



その悲痛ひつうな泣き声に、

何だかこちらも悲しくなってしまって、

なげき続ける少女の様子をドアの隙間すきまから

そっとのぞいてみる。


細い隙間すきまから見えたのは、

所々に茶色の濃淡のうたんの汚れが付いたボロボロの白い服と、

引きずられている何かだった。


(あれ?)


服につつまれた体は背が高く、

顔はここからは見えない。


明らかに、

今現在もこの耳に届いている泣き声とは、

釣り合いが取れていなかった。



あまりにも異質な存在の正体を探るべく、

今度は引きずられている何かに目をらしー・・



「っ!!」


咄嗟とっさに口から飛び出しかけた悲鳴を、

両手でおさえてすんでのところでえる。


代わりに、

涙が次々と音もなくほほを流れていった。



だって、涙まで、おさえられない。

そんな事、できる訳がない。



だって、そんな、あれは。



ずるり、と音を立てて、

廊下に引きずられていたが、

ゆっくりと持ち上げられる。


恐怖感しか感じないその物体と、

それを平然とつかむぼろきれをまとう腕からも、

なぜか目が離せなかった。



だらり、

れ下がった両足は女の子の人形の物で、

肌の色は薄汚れてすすけている。


だが、

そのくつだけはみがかれたように綺麗きれいで、

廊下の闇の中で真っ白に輝いていた。


頭部は、

おそらくクマのぬいぐるみの物だろう。


それは持ち上げられた事で、

可愛かわいらしく小首をかしげているようにも見える。



しかし、

つぶらであろう両目が存在していないのだ。



その不気味な頭は胴体どうたいに、

乱雑らんざつに赤く太い毛糸で止められているだけで、

グラグラと今にも落ちそうにれている。


しっかりとにぎられているその右手は、

関節が動く成人の人形の物らしい。


が、腕の取り付け方が逆な事で、

ひじいびつな方向に曲がり、

時折ときおりゴキンと不吉な音を立てている。


そして、

それらをまとめ上げている胴体どうたいは、

ぶよぶよとした正体のわからない真っ黒のかたまりだった。


そこから、

コールタールのような黒い粘度ねんどのある液が、

静かに床にしたたっている。


その、

人形とは呼べない禍々まがまがしいモノを

平然と持ち上げるぼろきれをまとった腕も、

また異様でー、



(あ、の腕は、人間の物じゃ、ない。)



にごった灰色の肌には紫の斑点はんてんが浮かび、

爪は欠けたり折れ曲がったりしていて、

その色は毒々しい赤い色をしていた。


その異質な腕が高く上がり、

つかんでいた人形を自身の顔に近づけた瞬間ー・・



ずるり、と。


皮がはががれるように、

頭部をおおっていた布がずれ落ちる。


「ヒ・・ッ!」


思わず小さい悲鳴が、

口からこぼれてあわててふさぐ。


何とか落ち着こうとしても、

強くなる体の震えや、小刻みにぶつかる歯の音は

おさえられなかった。



なぜなら 



「ああ!

悲しいよう!つらいよう!

友達がほしいんだよう!


手をつなぎたいんだ!

手をつなぎたいだけなんだよう!」



ドアの前で激しくなげき続ける少女の声は、

黒い涙をとめどなく流す・・穏やかな微笑を浮かべた、

老人の頭部が発しているのだから。



(見つかっちゃ、いけない!

ダメだ!見つかったらっ・・!)


必死に心の中で叫び続ける。


止められない体の震えと、動揺どうようする心とは反対に、

頭の中は冷静にせせら笑った。



(見つかれば、全ての終わり。

・・ただで済む訳が無い。)と。



血の気が引いて寒気のする体と、

嫌になるほど冷静な思考しこうのせめぎ合いに、

意識を手放てばなしてしまおうかと思った時だった。



ひた、と。



再び足音と、

ずるずると布を引きずる音が聞こえてくる。


ハッと遠退とおのきかけた意識を戻し、

慎重しんちょうにドアの向こうに耳を澄ませると、

不気味な存在は再びどこかへと移動を始めたようだった。


いまなげくような声で、

何かをしゃべってはいるが。


その声から、

涙が止まりかけている様子がうかがえる。



「ああ!ああ!

手をつなぎたいよぅ。


悲しいよう。

寂しいよう。


手を、手が、手、て・・。」



最後はただひたすら「手」とくりり返し呟き・・

鼻をグスグスすすりながら、遠ざかっていった。



「・・。」


ひた、


ひた、


という足音とずるずる布を引きずる音が、

自分が歩いてきた廊下の方へと、

歩き去っていく気配を感じる。


(早く、早く行って!

戻ってきませんように!

・・戻ってきませんように!)


いのりながら目を閉じ、

ただただじっと、

耳を澄まし続けた。



・・雨の音は、聞こえない。

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