第24話


あいつにフラれてから真っ先にしたことと言えば、2人で住んでいたアパートを解約して実家に帰ることだった。


俺らの3年があの狭いアパートの一室に詰まりすぎていて、俺一人であそこに住み続けることなんてどうしても出来なかった。



幸い実家は俺の通う大学からそう離れてはいないし、十分通える距離だ。いきなり帰ってきた息子に、両親と兄は怪訝な顔で「何かあったのか」と聞いてきたが、彼氏にフラれたからなどと勿論言えるわけもなく、曖昧に誤魔化した。



あいつとは、月並みだけどその手のバーで知り合った。俺はその店の常連で、あいつはその日たまたま友達に連れて来られたんだったかで、本当に偶然の出会いだった。


あいつが店に入ってきた瞬間の事を今でも鮮明に思い出せる。なんて綺麗な人なんだと、凄く衝撃を受けたから。


呆然と見つめる俺に気が付いたあいつが俺の隣に座ってくれて、話してみたら同い年だったという事もあってすぐに意気投合した。連絡先を交換してちょくちょく2人で遊ぶようになって、1ヶ月程経った頃だろうか。あいつが俺に付き合おうと言ってきた。


既にあいつにベタ惚れだった俺は二つ返事で了承したが、今思えば好きだとは一言も言われていないし、本当にあいつにとっては性欲処理や暇つぶしの道具くらいにしか思ってなかったんだろうな。


……あー、自滅してどうすんだよ俺。


「やめやめ、もうあんな最低野郎忘れるって決めただろ!」


一人自室で叫んで、余計なことを思い出さないようにと早々に眠りについた。




翌日、あいつが黒髪が好きだというから1度も染めたことがなかった髪の毛を思い切って明るくした。元々あまり長さがなかったから髪型としてはあまり変わらなかったけど、印象はだいぶ変わったと思う。大学の友達にも好評だった。

それに加えて、右耳に一つピアスも開けた。これは兄にやってもらったのだが、ケアが大変なので後々やはりやめておけばよかったと後悔することになる。


イメージチェンジをして1ヶ月ほど経った頃、あの行きつけだったバーに3年ぶりに顔を出してみた。

まだあいつへの想いが燻っていたが、いや、だからこそ早く忘れるために新たな出会いを探しに来たのだ。


店の中に入ると、真っ先にママと目があった。俺のことを覚えてくれていて、再会をとても喜んでくれた。


「いやぁ、変わったわねえ。あのイケメンにすっかり変えられちゃって。アタシ前の地味~なあんたも好きだったわよ」

「いや、これはあいつと別れてからやったんで、あいつの趣味ではないですよ」

「あらそうなの!?ごめんなさいねアタシったら!」


美形なのに残念なママは3年前と全く変わっておらず、出会いを探しに来たことも忘れて随分と話し込んでしまった。

会話に華を咲かせていると、今まで空席だった俺の右隣の席に誰かが座ったのが視界の端に入った。


あの日も丁度右側の席が空席で、そこにあいつが座ってくれたんだっけ…。

未練がましく思い出してしまい、慌てて首を振って掻き消す。



「ママ、彼のこといい加減解放してよ。俺が喋りかけられないじゃない。」


「あらやだ、あんたこの子のこと狙ってたの」

「え?」


隣を見れば、スーツを着た好青年風の男の人がニコニコしながら俺を見ていた。

「ひとり?だよね?今夜、どうかな」


あいつとはタイプが違うが、紛れもなく美形だ。そんな人が俺のことを誘っているだと?

本当はセックスする相手を探しに来たのではないが、俺は自分が思っているよりも面食いだったらしい。


「俺で、よければ」


もうこんな機会ないかもしれないと、彼の誘いに乗ってみた。ヤケになっていたというのもある。

ママの「ズルいわあ」という言葉に苦笑を返して、2人で店を出た。






朝目覚めると、彼は仕事だったようで既にベッドはもぬけの殻だった。

ベッドサイドに、彼の携帯番号だろう11桁の数字と、「連絡して」という走り書きのあるメモがあった。


寝ぼけ眼でそれを散乱していたズボンのポケットにしまい、取り敢えずシャワーを浴びに浴室へ向かったのだった。

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