第17話

ポチ内順位変動 3


イライラする。

体は怒りで燃えるように熱いのに、心は正反対に冷え切っていた。

目の前で顔を青くしながらもナイフを向けてくる雑魚に、思わず冷笑が込み上げた。




*********




偶然だった。

副が、あのうざったいストーカーに話しかけているのを聞いたのは。


『ポチくんってさあ、総長のこと好きだったんじゃないのー?』


副がストーカーに対してそう言ったのを聞きながら、なんで過去形なんだと思った。




あいつは近頃、恋人のみずきに手を出すようになった。

みずきにちょっかいをかければ嫌でも構ってもらえると思ったんだろう、俺はそう察した。


その証拠に、俺が教室で飯を食いだしたら頻繁に俺のクラスに顔を出すようになった。俺の気を引こうとしてるのバレバレだっつの。


ああいう輩は構えば構うだけ調子にのるからな。お前の思い通りにはならねえよ。そんな風に考えて、あえてあいつに対して何も言わなかったし、何もしなかった。


ただ、あれだけいつも俺の事を見続けていたあいつの目が、1度も俺を見ないというのはなんだか気分が悪かった。見るくらいなら、許してやるのに。


『みずきさん、おはようございます!!!』


(そーちょー、おはようございます!!!)


俺に対する挨拶も、したいならすればいいのに。

日に日にモヤモヤしたものが胸に溜まっていくのに気付かずに、俺はあいつを見続けた。



そして、この副の質問だ。

俺は当然、あいつの口からは俺への愛の言葉が飛び出すと思っていた。久しぶりにあいつが俺の事を好きだと言うのを聞けると。


『好きだったけど』


…、だった?

なんで、お前まで過去形なんだ。副なんかに誤魔化す必要など無いだろう、この馬鹿。イライラしながら続きの会話を聞く。

ハッ、何が純粋にみずきに惚れただ。もう少し相手が納得する言い訳を考えろよ。


どんどんイライラが募って、早く俺の事が好きだと認めろと怒鳴りそうになった時。



『そりゃあ総長も美形だけど、みずきさんの美しさには負けるよ』


『好きなのは顔だけだけど?』



さも当たり前のように、そうあいつは口にした。俺の事が好きだとやっと言った。


そう、俺の、顔が。


なんだそれ?あんだけ俺の事好きだ好きだ言い続けておいて、顔しか興味なかっただと?そんなわけあるか。あいつの尽くし様は、俺に完全に惚れてただろう。

心の中であいつの言葉を完全に否定する。強がってるだけだ、構ってやらなすぎたからムキになっているんだと自分に言い聞かせて、異常に早く動く心臓を鎮めようとした。


だけど、次の言葉が決定打だった。


『顔はイケメンだとしても、暴力を振るう恋人は嫌だよ』





静かにその場を離れた俺は、無意識に自分の教室に向かった。

「棗!?どうしたの、珍しい!」と驚くみずきを見て、いまさら猛烈な怒りが襲ってきた。

激情のままに自分の机を蹴り飛ばして、悲鳴をあげるクラスメイトを一瞥すらせず学校を後にした。




あいつは、最初から俺の顔しか見ていなかったんだ。パシろうが殴ろうが変わらず俺に尻尾を振っていたあいつは、俺自身をこれっぽっちも好きではなかった。俺の気を引きたいとかでは全くなく、俺の顔よりみずきの顔の方が好みだった、ただそれだけの事。


冷静に考えてみたら更に体が怒りで熱くなった。なんでこんなにも苛つくのか自分でもわからない。

みずきより顔が劣っていると言われたから?

あいつが俺を騙していたから?

恋人には絶対したくないと言われたから?


どれも違う。ピンとこない。


路地裏に屯していた雑魚に憂さ晴らしに喧嘩を吹っかけながら自分で自問自答する。

雑魚共を殴れば少しはスッキリすると思ったが、全くだった。雑魚の中の一人が苦し紛れにナイフを取り出すのを冷静に見た。このまま刺されたらもしかして激情が治るかもしれないと考えて、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑いが込み上げた時。



「そーちょー!!危ないです!!」



必死な顔でナイフを持ったやつに体当たりする、お前を見た。


「総長!綺麗なお顔に怪我はありませんか!?」


ナイフを持ってた奴は壁に勢いよく激突して気を失ったようで、あいつの下で伸びていた。

急いでこちらに駆け寄って俺の顔に傷がないかを確認する姿を見て、俺はやっと何かが満たされた気がした。


こいつの目が、俺を、俺だけを見てる。


「…ポチ」


「!なんですか総長!」


「お前、ずっと俺だけ見てろ」


そう言うと首を傾げてから「いや、俺は世の中の美形さん全員見たいです。特にみずきさんはずっと見てたいです」と生意気なことを言ったので、こいつの口を無理矢理自分ので塞いだ。


「ん"んーーっ!?んんんう!?!?」



(やっぱり監禁が一番確実だよな。)



暴れるポチを全力で押さえつけて、こいつが俺だけを見るようにするにはどうするのが一番いいかを、じっくりと思案した。




end.

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